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地獄の底の釜の蓋

 夢を見る。

 自分の夢ではない他人の夢を。

 幼き少女、あどけない少女が花畑で花冠を作っている。


 彼女はにこにこと一生懸命に花冠を完成させると、出来上がったそれを宝物のように持ち上げ、それを大柄の男のもとに持っていく。


 それを受け取った男は、嬉しそうに眉を細めながら、少女の名を呼んだ。



「――クロエ、ありがとう」



 そう言うと夢は終わりを告げる。


 意識と夢の合間、今見た光景が、クロエのものであり、クロエが慕っていた男が彼の兄であると気が付いた。


 徐々に意識が戻ると、クロエと兄の考察をしたくなったが、それよりも先に右手に激痛が走る。どうやら火傷をしているようだ。


 身に覚えがありまくったが、それよりも気になることを口にする。


「……煙いな」


 けほけほ、と咳払いをすると、俺の頭を抱きかかえているクロエに現状を尋ねる。


「煙が充満しているということは、ドオル族たちが無事、最深部にたどり付き、ノロシの木に火をくべた、と解釈していいかな」


「その通りでございます。さすがはレオン様」


 目覚めた直後に冷静に状況を判断する俺に賞賛の言葉を贈るメイドさん。返礼をするとそのまま起き上がる。


「君の膝枕は天上のように心地よかったが、いつまでもそれに身を任せていられないな」


 と、うそぶくとそのまま身を起こし、尋ねる。


「コクイは?」


「コクイ?」


「黒衣の戦士だ」


「ああ、彼ですか、彼はなにも言わずに立ち去りました」


「……そうか」


 結局彼はなにものだったのだろうか、頭をひねらすが、すぐに振り払う。

 ドオル族の戦士たちが駆け上がってきたからだ、

「お疲れ様、お前たちの勇気と尽力によってオーガどもを巣の中から追い出せる」

 その言葉にドオル族たちは表情を緩ませる。


「お前が敵を引きつけてくれたおかげだ」


 しかし――、と続ける。


「とんでもない軍師様だ。自ら前線に出て、自ら傷付くとは」


「もっかのところ人材不足なもので」

「ならばこれ以上、人材は減らせないな」


 突入部隊の男のひとりがそう言うと、ドオル族の若者に俺を背負うように命じる。

 子供ではないのだが、と言おうと思ったが、素直に厚意に甘える。

 魔力と体力を使い果たしていたからだ。


 ドオル族の大きな背中に乗りながら、彼らに指示をする。

 その姿を見てクロエはくすくすと笑う。


「レオン様はどんなときも指揮されるのですね」


「貧乏性なんだ」


 そう返すと、ドオル族の背中から、火球を放つ。

 爆炎が上がると、煙の合間を縫ってドオル族たちはオーガの横をすり抜けた。

 数分後、光が見える。

 そこには洞窟の入り口があった。

 地上が見えてきたが、同時に後方から無数の悪鬼の群れが見えた。

 オーガたちが俺たちを追いかけてきたのだ。


「地獄の竈に掛けた鍋が、吹きこぼれるような光景だな」


 冷静に評したが、クロエは笑ってくれなかった。


「文学的な表現ですが、このままでは捕捉されます。――私が残って足止めしましょうか」


「それには及ばない。君のおひいさまが俺たちの窮地を救ってくれる」


「おひいさまが!? もしかしてこの洞窟に入る前に授けた策ですか?」


「その通りだ。俺たちのおひいさまならばやってくれるはずさ」


 そう言うと同時に地上に出る。

 それから遅れて30秒後、地獄の底の釜の蓋が開いた。


 そこから醜悪な悪鬼たちが飛び出てくるが、それに蓋をするかのように姫様の声が響き渡る。



「弓隊、弓を放て!!」



 凜とした声が地上に木霊する。

 それと同時に張り詰めた弓が解放される。

 すると無数の弓矢が悪鬼たちに襲いかかる。



「グガァアア!!」



 オーガたちは悲鳴を上げる。


 しかし、生命力が尋常でない彼ら、それにオーガは無数に湧き出てくるのですべてを倒すことはできない。


 しかし、それでも敵の勢いは削ぐことができる。その間に地上の討伐隊と合流する。


「そのままオーガを駆逐するのだな!」


 とは族長の娘ルルルッカの言葉であるが、それはしない。――というかできない。


「この数のオーガを『普通』の方法で撃退するのは不可能だ」


「しかし、やつらを倒さねば。森に安寧は訪れない」


「それは分かっている。だからやつらを一網打尽にする」


「一網打尽?」


「そうだ。俺を信じるか? トラスト・ミーというやつだ」


「私を信じてか、分かった」


 ルルルッカはこくりとうなずくと、ドオル族の指揮に徹してくれた。

 先日の勝負、洞窟での指揮で完全に俺を信頼してくれているようだ。

 有り難い。それにやりやすくて助かる。

 心の中で彼らに感謝を述べると、シスレイアのほうに向かう。


「麗しの姫君、矢の差し入れありがとう」


「すべてはレオン様の指図の通りにしたまでです」


「ということは俺の言った通りにノロシの木を配置してくれたか?」


「はい、一分の隙も無く。ご命令と同時に順番に発火します」


「さすがは姫様だ。一分の隙もない」


 俺は心の底から感嘆する。


 彼女は平和を声高に叫ぶだけの理想主義者ではなく、人を統率する才にも恵まれている、そう思った。


「では、さっそくそれを利用させてもらおうか」


 そう言うと姫様はうなずき、部下に命令を飛ばす。

 伝令が飛んでいくと次々にノロシの木から煙が上る。

 すると洞窟の内部だけでなく、森一帯が煙に包まれる。

 そんな状態の中、一方向だけ煙がない方角がある。すっきりと晴れた道がある。

 俺たちは堂々とその道を撤退した。

 混乱状態から脱したオーガもそのあとを追う。


 煙にいぶり殺されないために当然の選択であったが、実はそれは地獄へ通じる道であった。


 彼らは知らずに地獄への道を選択してしまったのだ。

 地獄への道を歩んでいるのだ。


 彼らが向かう先には大きな湖があり、そこには俺の策を受けたエルフの精霊使いたちがいた。


 オーガを地獄の底に落とす策を実行していたのだ。

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