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悪鬼

 燃え上がる悪鬼。


 俺の放った《火球》の魔法は勢いよく燃え上がり、オーガを火葬する。


 一撃でオーガを葬りされる魔力に自画自賛するが、うぬぼれはしない。どんな強大な火力を持っていても魔力と体力に限界があることを知っているからだ。


 この前、姫様に伝えた言葉を思い出す。



「姫様は将の中の将になってください」



 あの言葉に偽りはない。


 さらに言えば俺自身も兵士の中の兵士、魔術師の中の魔術師になるつもりはない。

 小賢しく魔力と智謀を使い。効率よく敵を打ち倒したかった。


 なので魔力をセーブしながら戦うが、すぐにそれどころではないことに気がつく。


 20体のオーガを倒すめどをつけた瞬間、後方からさらに20体現れたからだ。さらに前方からもオーガの影が見える。


「……くそっ……しまったな」


 思わず毒気づく。


 格好良く足止めしたつもりだったが、どうやら俺はオーガの巣の中枢にいるようだ。各区画からオーガが現れる。


 このままでは四方八方を囲まれるだろう。


 そうなればどのような賢者とて生き延びることはできない。ましてや貧弱な司書である俺など八つ裂きにされるだけだった。


「…………」


 一瞬、後方に下がるか、と視線を動かしてしまうが、すぐに首を横に降る。


(……今、俺がここから引けば、先に行っているドオル族の戦士たちは間違いなく孤立するだろう)


 さすれば蹂躙されるのは彼らになる。


 彼らは俺を信じてここまで来てくれた。木を運搬する大役を引き受けてくれたのだ。


 彼らの信頼を裏切ることはできない。


 もしも俺がここで臆病風を吹かし、彼らを見捨てればどうなるか。容易に想像がつく。


 俺は彼らをオーガの犠牲にするためではなく、勝利をもたらすためにやってきたのだ。


 彼らの信頼を得るためにやってきたのだ。

 ――そのためならば自分の命を犠牲にするのも仕方ない。

 ここで力尽き果てるのも仕方ないと思った。

 なので俺は自分の身体にありったけの魔力を込める。


 最悪、その魔力を爆発させ、オーガを地獄に道ずれにするためであるが、その覚悟は試されることはなかった。



 プシュッ――

 


 黒い影が現れるなり、ハイオーガの両肩に乗る。

 黒い影は右腕に仕込んだ仕込み剣でオーガの頭部を刺す。


 ハイオーガは一撃で絶命する。見事な手際であるが、黒い影の攻撃はそれだけに終わらなかった。


 ハイオーガを一匹倒すと次の獲物に移る。


 残像が見えるかのような動きで他のオーガの懐に入ると、そのオーガの喉笛を切り裂き、土煙だけ残すと、別のオーガの腹を突き刺していた。


 八面六臂の活躍である。ひとりで十数人分の活躍であるが、俺は黙ってその活躍を観察しているだけではなかった。


 杖に『斬』属性の魔力を付与すると、彼の横に並び、一匹のオーガを切り裂く。


「ぐぎゃあ!」


 というオーガの声を無視すると、黒装束の男に尋ねた。


「助太刀感謝する。黒衣の戦士よ」


「……これは助太刀ではない。たまたま通りかかったら、剣の切れ味を試せそうな獲物を見かけただけさ」


「なるほど、お前さんはツンデレなのか」


「……その言葉の意味は分からない」


「へそ曲がりってことさ」


「それならばよく分かる。その通りだ。幼き頃から周囲からそう言われて育った」

「自覚はあるのか。いいことだ」


 と言うと魔力のエネルギー波をオーガにぶつける。


「貴殿は軍師かと思ったが、魔術師としての才もあるのだな」


「本来はただの本好きだが、今は仕方なく軍師と魔術師をしている。戦乱が終わったら、図書館司書に専念したい」


「いい夢だ。少なくとも血まみれの覇王になりたいと希望するよりはいい」


「お褒めにあずかり恐縮だ」


「返礼代わりに一助つかつまる」


「それはありがたいが、貴殿の名前を聞きたい。黒衣の戦士では呼びにくい」


「ではコクイで」


「いい加減だな」


 明らかな偽名に溜め息を吐くが、彼は意味ありげに口元をほころばせる。


「そうでもないさ。自分なりに意味がある」


「そうか。その意味と仮面の下を覗かせてほしいが」


「それはオーガを駆逐、いや、タイタン部隊を蹴散らしてから」


「……」


 沈黙したのはこのコクイという男が色々とこちらの事情を察していると分かったからだ。


 一瞬、警戒をしてしまうが、すぐにそれを解く。


 コクイの目に悪意がないことを察したからだ。それどころか義心に満ち溢れたまっすぐな目をしている。


(……この男は信用できる)


 目的も素性も分からないが、ひとつだけ分かっていることがある。それはこの男の腕が凄まじいということだ。


 俺とコクイの会話を遮るように一匹のオーガが棍棒を振り上げる。

 それを無言で切り裂くコクイ。


 一刀両断とはこのことだろう。これを剣一本でやってのけるコクイはたしかに一流の戦士だった。


 俺はその余光に預かるため、同じようにオーガを切り裂く。

 太ももから頭部まで一刀に斬られるオーガ。

 二匹のオーガが同時に倒れると、さすがに彼らも動揺する。


 一部、後退を始めるオーガ。いや、それどころか恐慌に駆られ、武器を放棄するものまでいる始末。


「――勝ったな」


 とはコクイの発言であるが、それは具現化することはなかった。

 逃走を始めるオーガの首をひょいと掴み、それを投げるものがいる――。

 オーガの身体は二メートル近い。それを片手で持ち上げるなど、尋常ではない。


 まさに化け物じみた能力であるが、すぐに「それ」が尋常ではない生き物だと分かった。


 ハイオーガよりも一回り大きく、勇壮で凶暴な化け物がそこにいた。

 激しく呼吸しており、目も血走っている。

 筋肉もまるで雄牛のように膨れ上がり、血管も浮き出ていた。

 頭部には三本の角がある。


 景気づけの為だろうか、彼は側にいたオーガの首を引っこ抜くと、胴体から流れ出る血で口を潤す。


 まさにオーガの残忍性を体現したかのような化け物であるが、後方から声が聞こえる。


 真っ黒なローブを着た魔術師風の男が言う。


「古代から続くオーガ族の中でも一際残忍なエビル・オーガよ。役に立たぬオーガどもを喰らい尽くせ! 我らが終焉教団に仇なす一味のはらわたを引きずり出せ」


 ――なるほど、やはりこのオーガたちの裏には終焉教団が蠢いているようだ。

 まったく、想像通りの連中であるが、自分の観察力を誇ることはない。

 今はただ「この化け物」を始末することを考えるしかない。

 それは軍師としての考えというよりも「生物」としての本能であった。


 この化け物と対峙するには、自分の全身全霊を賭けなければいけない。生き物としての勘がそう告げているのである。

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