オーガの巣穴
オーガの第一陣を倒すと、想像通り、第二陣がやってきた。
彼らは手に武器を持っている。
「オーガたちがやってきたようだな」
ふん、と鼻を鳴らすルルルッカ。
「やってまいられた、と言うべきかもしれないぞ。ハイ・オーガがいる」
「……たしかに強そうなのが一匹いる」
明らかに普通のオーガとは違う個体がいた。
筋骨隆々、角もやたらと立派だ。
「ハイ・オーガが敵の指揮官。倒しておきたいところだが……」
「そんな時間はないか」
「ああ、さすがにやつらは一撃というわけにはいかない。――というわけで目をつむってくれないか? 君たち」
「こんなところで誓いの口づけをするのか? 嫌いではないが……」
本当に目をつむり、むちゅうっと唇を突き出すルルルッカ。
誤解であるし、そんな場合ではないので、げんこつをぐりぐりとする。
「痛い」
「そりゃあ痛くやってるからな」
「我は亭主関白な男が好きだが、暴力は嫌いだ」
「役に立つとは思えないが、覚えておこう。まあ、ともかく、俺を信じて目を閉じてくれ」
そう言うとルルルッカはもちろん、クロエも目をつぶる。
クロエまで戯けられたら困ったところだった。
有り難く彼女たちの連携に報いる。
俺は彼女たちが目をつむり、オーガが怒りで目をひんむいているのを確認すると、簡易魔法を紡ぐ。
《閃光》
閃光の魔法は魔術学院で初めに学ぶ初歩的な魔法。
光を放つ魔法。
これを持続して放てば《照明》となるが、この初級魔法はとかく軽視される。
一瞬だけまぶしくしてもなににもならない。敵を倒すことはできない、と雑魚魔術師から軽視されている。
しかし、分かっている魔術師、本当の賢者はこの魔法の威力を知っていた。
俺の師匠筋は、
「魔王すら足止めできる最強の初級魔法」
と言っていた。
たしかに火を付ける《着火》やぷかぷかと浮かぶ《浮遊》では魔王を止めることはできない。しかし、《閃光》の出力をアップさせれば、魔王の目を眩ませることはできるのだ。
俺ほどの魔力の出力があれば、その光はちょっとした太陽だった。
オーガ程度の視力、余裕で奪うことができた。
俺の放った魔法によって、悶え狂うオーガたち、目を覆う悪鬼たち。
敵はまともに光を受けたようだ。
気持ちいいくらいのくらいようだったが、その光景を眺めている暇はなかった。
閃光を免れたオーガが数匹いたのだ。
彼らを引き受ける役目が必要だった。
そう思った瞬間、ルルルッカは曲刀を振り回しながら言う。
「我が名はルルルッカ! ドオル族の族長ウルマイットが娘! ドオル族最強の戦士!」
と宣言するとオーガを一匹斬り伏せ、ハイオーガに剣戟を加えていた。
曲刀と棍棒がつばぜり合いする仲、俺はノロシの木を持つ部下を通し、クロエとふたり先に進んだ。
「ルルルッカ様をひとり置いていくのですか?」
そんな質問をするものはひとりもいない。
この場にいるもの、皆が戦士である証拠だった。
ここで彼女を気遣ったり、時間を浪費すれば、それこそ彼女の決意が無駄になることを知っていたのだ。
ルルルッカも心得たもので、
「我を置いて先に行け!!」
などと舞台俳優のような臭い台詞はいわず、黙々と剣を振るっていた。
ただ、最後にちらりと彼女の顔を見ると、わずかに白い歯を見せる。
その不敵な笑みで不安を払拭した俺は、心置きなく彼女を残し、走り去った。
オーガの巣を疾走する魔術師風の男とメイドの少女。
珍妙な取り合わせだが、やってくるオーガを次々と駆逐する。
道中、俺は見慣れた『印』に目を奪われる。
「どうかされましたか? レオン様」
オーガの脳漿にまみれた懐中時計を拭うと、クロエが尋ねてきた。
彼女には正直に話す。
「……いや、オーガの巣穴にそぐわないものがあってな」
「と申しますと?」
「……終焉教団の印がたくさんある」
「終焉教団!?」
彼女が驚愕するのも無理はない。
終焉教団とはこの世界の終焉を願う邪教徒。
彼女の愛するおひいさまも邪教徒たちの妨害に遭ったり、殺されそうになったこともある。
つまり彼らはお姫様の、いや、この国の不倶戴天の敵であった。
「ここは終焉教団のアジトでもあるのでしょうか?」
「もしかしたらそうかもしれない。――厄介だな。ただの凶暴なオーガだと思っていたら、邪教徒の尖兵だったとは」
「ドオル族とエルフ族を仲違いさせたかったのでしょうか」
「おそらくは。そしてたぶん、自分たちの眷属にし、エルニアで反乱でも起こさせたかったのだろう」
「邪教徒の考えそうなことです。しかし、その野望も軍師レオン様によって阻まれます」
「そうなればいいが、そうなったらなったで、やつらの恨みを買うな。本格的に俺を暗殺してきそうだ」
「ならば見過ごしますか」
「まさか。お姫様の内憂外患は取り除くのが俺の役目だ」
「素晴らしい軍師様でございます」
「さらに言えば終焉教団は自分たちの教義に反する思想や勢力を許さないだろう」
「でしょうね」
「となればやつらが権力を握れば、言論の弾圧、思想の制限が行われるだろう。そうなれば確実に焚書もするだろうな」
「焚書とは書物を燃やす行為ですね」
「そうだ。人間が行う悪徳の中でも最上位の悪が焚書だ。先人の教えを、人類の歴史を消し去る最悪の愚行」
かつて焚書坑儒を行ったという王の名を思い出す。
皆、悲劇的な最後を迎えている。
本を燃やしたものは必ず報いを受けるのだ。
たとえば東方の「スィン」という国。そこで史上初の「帝国」を築き上げた皇帝は焚書坑儒と呼ばれる悪行を行った。
書物を燃やし、先人の教えを弾圧したのだ。
するとどうだろうか。史上最強の覇者と呼ばれたその皇帝の次の時代には、その国は滅びていた。
――知識をないがしろにしたからだ、と俺は思っている。
他にも異世界と呼ばれる世界、そこでとある独裁者が焚書を行った。彼の思想に反する書物、彼の憎悪する民族に関連する書物をすべて燃やしたのだ。
当然であるが、彼も滅んだ。自身が燃やした本と同じように自身も燃やされたのだ。
因果応報――という言葉が頭に浮かぶ。
そのように思考していると、クロエがまとめてくれる。
「つまり終焉教団は許せないし、オーガどもに手加減は不要ということですね?」
「正解」
と言うとクロエはにこりと微笑み、勢いよく懐中時計を投げる。
くるくると回る懐中時計は、複数のオーガを巻き付ける。
彼女は一瞬で彼らの懐に入り混むと、そのまま怪力でオーガを締め上げる。
懐中時計は「斬」属性の魔力も付与されているのだろう。クロエの怪力と合わさった魔力は一瞬で敵の胴体を二分する。
その光景を見ていて戦慄する。
(彼女が味方でよかった)
心の底からそう思うと、この場を彼女に託す。
クロエもまたルルルッカと同じように味方を先に行かせる道を考えていることは明白だったからだ。
ルルルッカと同じ志を持つクロエに改めて尊敬の眼差しを向けると、彼女の心意気に報いる。
つまり彼女をひとり残し、ノロシの木を持つドオル族を先に行かせるのだ。
ドオル族の戦士たちもわきまえているようで、クロエに気を取られることなく、地下を進む。
ただ、すれ違う際、ひとりの男が言う。
「お前の兄はドオル族の試練から逃げ出した卑怯ものだが、お前は勇気に満ちている。もはや誰もお前のことを非難するものはいないだろう」
その言葉は素直に称賛を込めたものであったが、兄のことに触れられ、微妙な表情をするクロエ。やはり思うところがあるのだろう。
しかしそれを表情にも戦闘にも出さず、ただ悪鬼を殺す機械と化すクロエ。さすがはドオル族の戦士である、と思いながら俺も洞窟の奥に進むと、魔力を開放する。
ルルルッカ、クロエ、とくれば次は俺の番であると察したからだ。
ドオル族の戦士たちもそれを分かっているのだろう。俺の横を通り過ぎる。
彼らの後ろ姿を見送ると、ため息を漏らす。
俺を取り囲むオーガたちの数が思いの外多かったからだ。
「……おいおい、俺はルルルッカのように部族一番の勇者でも戦闘系メイドでもないんだぞ」
その愚痴に「ウォォォオオン!!」と返答するオーガ。その数20。数匹のハイ・オーガもいる。
「ただの軍師、いや、司書なのになぜこんな苦労をしなければいけないんだ……」
やれやれ、と漏らすと挨拶代わりの《火球》をオーガにぶつけた。




