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最強の娘

 血路を切りひらく三人の戦士は決まった。

 族長の娘ルルルッカ、メイド戦士クロエ、そして宮廷魔術師の俺。


 端から見るときれいどころのお嬢さんふたりと、青びょうたんの魔術師という凸凹コンビと見えるが、その実力はこの森でも屈指である。


 ルルルッカとは一度手合わせしたが、白兵戦ならば俺をも超える技量を持っている。


 クロエとは戦ったことはないが、あの馬鹿力はオーガとて凌駕するだろう。

 だから血路を切りひらく役目はなにも心配していない。


 問題なのはノロシの木を運ぶ連中である。


 ドオル族の人足にさせる予定であるが、彼らは武器も持たずにオーガの巣穴に飛び込まなければいけない。


 無論、俺たちが必ず守ってやるが、とても勇気がいる行為だろう。

 しかし、ドオル族に臆病者はいない。

 我こそはその大任を果たす!

 と多くの者が挙手をしてくれた。

 その姿を見てエルフ族のものは驚嘆し、感動している。

 かくいう俺もだ。


「これがこの世界で一番の傭兵部族と称される一族か」


 かつてこの大陸のとある王が窮地に立っていた。隣国の大国に攻められていたのである。


 そこで王は宮殿にあるすべての財宝を手放し、ドオル族の戦士を一〇〇名ほど雇った。


 最強の傭兵たちならばこの窮地を救ってくれると思ったのだが、集まった一〇〇人を見てとある大臣が言った。


「たかが一〇〇人の傭兵になにができるか」と。


 その言葉を聞いたドオル族の戦士は笑いながら言った。


「大臣、お前たちは我々が寡兵だと侮るが、お前の国に兵士は何人いるのだ?」


「我が国の兵士は二〇〇〇はくだらない」


「そうか。しかし、そのものたちは本当に戦士か?」


「なにを!?」


 侮辱されたと思った大臣は一歩前に出るが、ドオル族の戦士は悠然と続ける。


 その場にいた兵士を指さし、彼に尋ねた。


「お前は立派な槍を持っているが、普段、なにをしている?」


「……普段? 徴兵される前の仕事ですか?」


「そうだ」


「パン職人をしていました」


 その答えに「うむ」と、うなずくドオル族の戦士。


「それではお前はなにをしていた?」


 別の兵士に尋ねる。


「宿屋のせがれでした。毎日ベッドメイクを」


「ほう」とあごひげを触るドオル族の戦士。


「最後にそこのもの、お前はなにをしていた?」


「僕は農夫です。畑を耕していました」


「なるほどな、つまり、ここには『ひとり』も戦士はいないということだな」


「…………」


「我々、ドオル族の男は皆、戦士だ。幼き頃から鍛錬に明け暮れ、戦場を駆け巡った。一〇〇人全員が誇り高い戦士なのだ。貴殿らを愚弄する気はないが、パン職人が二〇〇〇人集まろうと『戦士』とは呼べない」


 ドオル族の戦士はそう断言すると、それを行動としても示した。

 彼らはたったの一〇〇人で大国の大軍を相手にすると宣言する。


 彼らはその言葉を有言実行し、襲いかかる大軍一〇〇〇〇兵を切り裂き、戦局を一変させるのだが、詳細は省く。


 つまりドオル族はとても勇敢であると分かって貰えればいい。


 その逸話、そして今現在の行動を見て、改めてドオル族の勇猛果敢さを知った俺は、彼らの勇気を前提に作戦を立てる。


 一方、エルフの力も無視はしない。

 彼らにも策を与える。


 彼らには森にある落ち葉を集め、余ったノロシの木を俺の言うとおりの場所に配置して貰う。


「オーガをいぶり出したあとの処置ですね」


 勘のいいシスレイアは口にするが、詳細まで尋ねてこない。

 俺の知謀を心の底から信頼してくれているようだ。

 黙々と残ったエルフとドオル族の兵士を率い、地味な作業をしてくれる。

 その姿を見送ると、俺は杖を出す。

 そこにルルルッカの曲刀、それにクロエの懐中時計が加わる。

 改めて心を高ぶらせ、オーガの巣穴に侵入する決意を固めたのだ。


 三人の心がひとつになったと確認したとき、俺は《音》の魔法を洞窟の入り口周辺に掛ける。


 そこにはオーガの見張りが二匹いた。

 怪しげな音を聞いた彼らはそこに近寄る。

 すると待ち構えていたクロエとルルルッカが彼らの後方から忍び寄る。


 クロエは魔法の鎖によってオーガを締め上げ、ルルルッカは短剣によってオーガの首を切り裂く。


 音もなく見張りを殺すとふたりはあうんの呼吸でオーガを茂みにやる。ドオル族が死体を隠してくれる。


 そのまま流れるように行動しながら洞窟に入る。

 洞窟の入り口は思ったよりも広かったが、中は不気味だった。

 まるで地獄の底にでも通じているかのような陰気さを感じた。

 俺たちは雰囲気に飲まれぬように留意しながら、風のような速度で洞窟を潜った。



 洞窟を潜ると、さっそく、オーガの群れと出会う。

 正面衝突であったので、今さら隠れて回避することもできない。


 それに後方からはノロシの木を持ったドオル族がやってきている。もはや戦闘は不可避であった。


 俺は開幕一番に《魔力の矢》を放つ。


 まっすぐに解き放たれたエナジーボルトは、緑色のオーガの右目に当たる。

 のたうち回るオーガ。黄色いオーガが介抱しようとするが、クロエは有無を言わさず攻撃をする。


 懐中時計に魔力を込め、それを力一杯振り回す。


 まるで巨大なフレイルのような一撃、それを側頭部にまともに受けた黄色いオーガの眼球は飛び出す。脳漿をぶちまける。


 それを見て感心するがドオル族の族長の娘。


「さすがはクロエ。怪物に『も』容赦はない」


 ルルルッカは感心するが、それは彼女も同様だった。

 きょとんと立ち尽くしている青いオーガに剣閃を加える。


 喉、

 腹、

 太もも、


 人型の生物の急所になんの躊躇もなく横なぎの一閃を加えていく。

 飛び散るオーガの血液。緑色の血が洞窟を染める。

 あっという間にオーガの集団は駆逐される。

 その姿を見て思う。


(……俺は最強の娘ふたりを剣と矛としているのかもしれない)

 と。


 それは軍師としてとても有り難いことであるが、油断はしなかった。


 ここにいるオーガはごくわずかであったし、先日、対峙したボス格のオーガは見られない。


 それに彼らは奇襲を受けたからこのように大人しく殺されたに過ぎない。

 誰も剣も棍棒も取っていないのだ。

 彼らの反撃、魔物としての恐ろしさはこれから存分味わうことになるだろう。

 しかし、クロエもルルルッカも不思議と落ち着いていた。

 いや、むしろ強敵と出会えるとわくわくしている節すらある。

 これは度しがたい性だな、と思ったが、彼らを笑うことはできない。

 なぜならば俺も心の奥底ではわくわくと胸を弾ませていたからだ。


「……まったく、これでは軍師失格だな」


 そんな台詞を漏らすと、二撃目の弓を絞り始めた。


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