戦士としての力
クロエの事情を聞いた俺だが、そのことはお姫様には話さなかった。
彼女の個人的な事情でもあるし、話したところで解決できるような問題ではなかったからだ 。なので何事もなかったかのようにエルフとドオル族の混成部隊を行軍させると、 オーガの巣穴に到着した。
「これがオーガの巣穴……」
シスレイアはぽつりと漏らす。
物珍しげに見つめるが、確かに王都に住んでいればオーガの巣穴など、一生目にする機会などないだろう。かくいう俺も実物は初めて見る。
実物を見た感想であるが、書物の中で描かれている挿絵と大差がない。それにゴブリンやオークの巣穴と似ている、というのが率直なところであった。
要は自然の洞穴にただ住んでいるだけなのだ。
入り口に怪しげな飾りを飾ったり、なにかしらの動物の皮を敷いていたりするだけだった。
ただ、オーガには掃除という概念がないようで、入り口付近は散らかり放題だが。
「……それに人骨のようなものが転がっているのは気のせいでしょうか」
「気のせいじゃないかと。オーガは食人の風習がある。――もっとも人間の肉は不味いらしいから、好んでは食べないそうだが」
「その代わりエルフが被害に遭っているのかもな。草食の個体は美味い」
際どい冗談を言うルルルッカ。もしもエルフのエキュレートが聞いていればさぞ気分を害していたであろうが、幸いなことに彼女はここにはいない。
ただ、数刻後には合流したいところである。
「というわけでオーガを巣穴から出したい。なにかいい方法はないか?」
ドオル族とエルフ族の戦士たちに尋ねる。
彼らのひとりが挙手をする。
「ノロシの木を使うのはいかがでしょうか?」
「ノロシの木?」
「バナの森に自生する木です。その名の通り狼煙の代わりに使っています。一本で天高くまで煙が伸びるので、森の端と端にいても確認することができる」
「相当、もくもくと煙を出すのですね」
シスレイアは言う。
「なるほどな。それを使ってやつらをいぶし出すのか。……いい作戦だな」
即採用、と告げる。
進言したエルフは嬉しそうに相好を崩す。
その様を見ていてシスレイアは言う。
「さすがはレオン様です。部下の直言を聞き入れ、即作戦に取り入れます」
「自分ひとりではなにもできないよ。ノロシの木の知識があったとしてもこのバナの森のどこで生えているか知らない。絶対に彼らの力が必要だ」
散開し、ノロシの木を探しに出るエルフ族たちの後ろ姿を見つめる。
皆、俊敏な動きだ。
次にドオル族の兵士を見つめるが、彼らもなにもしないわけではない。数刻後、エルフ族が見つけたノロシの木を伐採し、ここに運ぶのが彼らの役目だ。
彼らは木こりや人足としての腕もピカイチなのである。
「適材適所、適材適所」
うむうむ、と、うなずくルルルッカ。
忙しなく働く部下たちの手伝いをしたいようだが、我々にはやることがあった。
「ノロシの木でいぶり出すのはいいが、問題なのはどうやってノロシの木を中に放り込むか、だな」
「そうだな。できるだけ深いとこで火を付けたい。入り口では効果が薄いだろう」
「となると侵入することになるが、部下たちを危険な目に遭わせたくない」
「狭く暗い場所での戦闘になるし、オーガは手強いです、犠牲はさけられないかと」
「となれば少数精鋭でオーガの巣に潜入し、ノロシを焚いてくるのが一番効率的かな」
「効率的ですが、誰がそのような危険な任務を――」
そう言い掛けて口をつぐむのはシスレイア姫。
俺が柔軟体操をしているのに呆れたのだろう。
「わたくしの記憶が確かならばレオン様は宮廷魔術師で軍師だったはずですが」
「宮廷魔術師で軍師がオーガの巣穴に入ってはいけない、なんて法律はない」
「しかし天秤師団の核ともいえるあなた様が危険に身を置くのはどうかと」
「部下を死地に立たせて、のうのうとしていられるほど肝が据わってはいない」
と言うと俺は杖の手入れを始める。
シスレイアは呆れたものの、俺の性格を承知していたのだろう。
結局はその作戦を許してくれる。
しかもわたくしも付いていきます、などという子供のようなことは言わなかった。
「わたくしはわたくしの実力をよく分かっています。オーガの巣穴に行っても役に立つどころか、足を引っ張るでしょう」
こういうところは姫様らしい。姫様の己を知っているところ、謙虚なところ、頭がいいところはまさしく彼女の才能であり、財産であった。
というわけで彼女には留守役を任じる。
「承りました」
と微笑むが、留守役とて簡単なものではない。
残ったエルフ族とドオル族を衝突させず、その場にじっと留まるだけでもかなりの指揮力が要求される。――が、姫様はこう見えて歴戦の指揮官。そこまで心配していなかった。
俺が心配しているのは、あのオーガの巣穴に一緒に飛び込んでくれる勇士探しである。
ドオル族の娘、ルルルッカはやる気満々であるが、彼女だけでは血路は切り開けない。もうひとり、手練れの戦士がほしいところであるが。
そんなことを思っているとクロエが自分の武器である懐中時計の手入れをしていることに気が付く。
「はあ」と息を掛け、布でふきふきしている。
「……もしかして、クロエもオーガの巣穴にきてくれるのか?」
彼女は即答する。
「はい」
「しかし、君はおひいさまのメイドだろう?」
「たしかにそうです。本来ならばおひいさまの陰となり、彼女の身を守りたいです」
「……ならば残って」
「しかし、同時にレオン様の安否も気がかりです。レオン様は最強の宮廷魔術師でもありますが、接近戦、それも狭い場所の戦闘では十全に力を発揮できますまい」
「その通りだが……」
と言うとクロエはにこりと笑いながらジョークを言う。
「それに今、ルル様とふたりっきりにするのは危険かと。ふたりで暗がりに入ったら、『三人』でもどってきてしまうかもしれません」
「それは困るな」
苦笑を浮かべながら同意する。
「ならばやはり君が必要だ。君の戦士としての力が。懐中時計の力が」
「この力、存分にお使いくださいませ」
スカートの端を掴んで貴婦人のように挨拶をするクロエ。
なかなかに可憐だった。




