軍師としての出番
そのように新たな決意を固めていると、エキュレートがエルフ族の戦士たちを連れて戻ってくる。
ぞろぞろと入ってくる戦士の集団を見て、ドオル族は嫌悪感を隠さない。
「耳長め……」
と蔑称を吐くものもいる。
「エルフ族とドオル族は相容れぬものなのですね」
吐息を漏らすシスレイア姫。
メイドのクロエは説明する。
「ドオル族は武の一族、エルフ族は智の一族。同じ森に住んでいますが、なるべく関わり合いにならないようにしておりました」
「同じ宮殿に住んでいて言葉も交わさない兄弟のようなものですね」
自嘲気味に言うシスレイア。
「当たらずとも遠からずです。同じクラスのわんぱく坊主と学究肌の生徒、と例えることもできましょうか。エルフはドオル族を野蛮、ドオル族はエルフを軟弱だと思っています」
そこににょきっと現れたのは族長の娘だった。
ルルルッカは言う。
「思っているのではない。事実だ」
辛らつな言葉であるが、悪意はないように見える。
「見よ、あのエルフたち。ひょろひょろガリガリ。まるで干し芋のようではないか」
エルフの戦士を指さす。
「たしかに筋力が不足していますね。革の鎧を着けていればまだいいほう。ほとんどが防具も着けていません。それに武器も」
「あの様子じゃ、戦力になるとは思えない」
忌憚ない意見を言うルルルッカにエキュレートは抗議する。
「さっきから黙って聞いていれば言いたい放題言って! エルフはドオル族と違って栄養を筋肉に使ってないの。文化的で知的なことにカロリーを使ってるのよ」
エキュレートは眉をつり上げながら言う。
「それにエルフ族にもドオル族に負けない戦士はいるの。今回は連れてこなかったけど」
「なんで連れてこなかったのだ」
「そりゃあ。村を空にするわけにはいかないでしょ。それに軍師様がそうしろって言うから」
「レオンが?」
一同の視線が俺に集まる。
「ああ、俺がオーダーした。エルフ族の援軍は、戦士ではなく、精霊使いを集めてくれとオーダーしたんだ」
「レオン様のことですから、なにか深慮遠謀があるのですよね?」
「そんなに大それたもんはないんだが、楽をして確実にオーガを駆逐できる戦法がある。それを実行するために彼らが必要なんだ」
そう言うとルルルッカとエキュレートはうなずいてくれる。
「この期に及んであなたの知略は否定しないわ。天秤師団で軍師をしているんだし」
エキュレートはツン、と賛同してくれる。
「レオン殿の知略はこの目で見させてもらった。それに我が妻、クロエが信頼するというならば我も信頼すべきだ。家族は信頼しあわなければいけない」
「家族になれるかはわからないが、俺も君を信頼する。君の戦士としての腕前を、君の族長の娘としての気高い心を」
その言葉に「うむ」と、うなずくと改めて握手をする。しなやかだが、力強い握手だった。
このようにドオル族からもエルフ族からもある程度の信頼を勝ち取った俺はその戦略を披瀝する。
「このまま部隊をふたつに分け、オーガの巣に向かう」
「この数をさらにわけるのですか?」
シスレイア姫は怪訝な顔をする。
当然だ。
ここにいる戦士の数は100を超えるくらい。一騎当千の兵もいるが、多くはない。
その少ない兵を分けるのは悪手に思われた。
しかし、一見、悪手に思われる手も、視点を変えれば妙手になることもあるのである。
そのことを結果として見せるため、俺はエキュレートに指示を出す。
「君は引き連れてきたエルフの中から精霊魔法が得意なものを選抜して率いてくれ」
「里に戻る前もそのようなオーダーがあったわね」
「まあな」
「なにをするかは知らないけど、その調子だと遠大な作戦がありそうね。分かったわ、私はなにをすればいいの?」
俺はこっそりとエキュレートに耳打ちする。
こそばゆい顔をするエキュレート、エルフは耳が敏感らしい。なので普通に話す。
「――かくかくこう言う作戦さ」
要は精霊使いを率いて、バナの森にある湖に行き、仕掛けをしてくれ、ということなのだが、彼女はその作戦を聞いたとき、きょとんとした。だがすぐに俺の作戦の意図に気がついたようだ。
「やるわね、レオン。そんな小賢し――あ、ごめんなさい」
「いいさ。実際に小賢しいからな。いや、悪どいって言ってもいいかも」
「敵にとってはね。その智謀はまさしく脅威だわ。だけど味方にとっては逆かも。とても頼りがいがある軍師様」
「その言葉は勝ったときに改めて聞こうか」
「そうね。勝たないとなにも始まらない。逆に言えば勝てば始まるかもしれない。エルフ族にとってのなにかが」
「そうだな。少なくともなにかが変わるだろう。それが良い方向の変化であるように祈るよ」
と言うと俺はエキュレートとも握手をした。
「『湖上』で待っているわ。レオン」
「すぐに再会できると思う」
「ちなみに昔、いい感じになりかけた男の子はその台詞を吐いたあと、再会に170年掛かった」
君はいくつなんだ、と言いかけてやめる。エルフ族は大変、長寿な生き物なのだ。見た目に惑わされてはいけない。それにエルフとはいえ、女性に歳を尋ねるのは失礼な行為に当たると思ったからだ。
彼女は「紳士ね。くすくす」と笑うとそのまま精霊使いのエルフを率いて出立をした。
その後ろ姿を見送ると、ドオル族の編成に移る。
ドオル族は一騎当千の猛者であるが、里に残されているものは老兵と少年兵が主だった。
彼らは経験豊富か、あるいは経験が皆無の極端な兵である。通常の運用法では十全に力を発揮できないだろう。
ここは軍師としての出番であった。
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