虚構のパーティー
定時ぴったりに席を立つと当然のように上司に小言を言われる。
「君は日中もサボっていたくせに定時で帰るつもりかね」
「心苦しいです。適当に残業して残業代を稼ぎたいところですが」
と返すと上司は心底呆れながらもそれ以上はなにも言わなかった。
すでに俺はこの職場で地歩を固めており、定時で帰ることが当たり前になっているからだ。
「給料泥棒のレオン」というあだ名は伊達ではなかった。
俺は同僚の視線も意に介すことなく、王都の大通りへと向かう。
王都の大通り、目抜き通りは商業の中心地だが、百貨店や高級店が中心なので一度も訪れたことがなかった。
亡命してからのアルマーシュ家は常に貧乏だったのである。
しかし、俺はそれでも元貴族、落ちぶれても元上流階級なので、気にすることなくシスレイア家の門を叩く。
ドアノッカーを叩くと、執事服の男が出迎えてくれる。
彼は俺のことを足下から頭頂までさっと検分した。即座に不審者だと理解したようだが、通してくれた。
メイドから「風体の冴えない魔術師」がくると聞いていたのだろう。
丁寧に案内してくれる。
この館は王都の目抜き通りにあるが、この辺は高級住宅が密集しているため、広くはない。
広い屋敷を構えたいものは、ここではなく、王都の郊外に屋敷を構えるのだ。
というわけで想像したよりも狭いが、それでも立派な作りをしていた。
壁は大理石だし、至る所にある調度品は明らかに高級品であった。
道中、それらの芸術品で目を癒やしながら食堂まで案内されると、そこではすでにパーティが始まっていた。
綺麗に着飾った幾人もの男女がいる。立食形式のパーティーで、グラスを片手に話している。
皆、貴族か商人なのだろう。貴人独特な装いをしているか、とても裕福そうだった。
ていうか、食事会はふたりきりではないのか、と溜め息を漏らすと、先ほど俺の職場にやってきたメイドが現れる。
「レオン様、本日はよくお越しくださいました」
「お招きにあがったよ。――ええと」
「そういえばまだ名乗っていませんでした」
不躾で申し訳ありません、と頭を下げると、メイドは言った。
「わたくしの名前はクロエです。ただのクロエです。 平民ですから」
「なるほど、いい名前だ。それに可愛らしい」
「お褒めにあずかり恐縮ですが、その言葉は主に」
「そうしたいところだが、彼女は人気者だから」
とシスレイアを見ると、複数の人々に囲まれていた。男女問わず人気なのだろう。
「たしかにおひいさまは人気者ですが、本日の主賓はレオン様にございます」
「俺がねえ。どう見ても貴族と商人の懇談会に見えるけど」
「これはレオン様に貴族の現実を見てもらうための余興だそうです」
「余興というと?」
「例えばですが、あの方を見てください」
と言うとメイドのクロエは指をさす。
「あそこにいるふくよかな商人の方です」
「デブのヒヒ親父か」
「…………」
クロエは沈黙をもって肯定すると、続けた。
「あの方は愛人をダース単位で持っています。性的な奴隷も多数所有している。しかし、それに飽き足らずおひいさまを狙っています」
「お盛んだね」
「いつかペンチで逸物をねじきってやりたいですが、それでもこの国の有力商人。味方にしたいのでこのような席には呼ぶようにしています」
「大変だ」
「大変です」
即答するとクロエは続ける。
「あそこにいる軍服の男性は女性にはたんぱくですが、その代わりお金に汚いです。軍の金を横領し、私腹を肥やしています」
「軍人の薄給じゃ宝石は買えないしな」
極楽鳥のように宝石を飾り立てる軍人の妻を見る。
さらにクロエは会場の人々を紹介するが、8割くらいは俗物の中の俗物で、物語に出てきそうな小悪党ばかりだった。
こいつらを税金で養っていると思うと、腹が立つ。
「これがおひいさまの見せたい光景です」
「大分堪能できたよ。明日から給料明細を見るのが厭になりそうなくらい」
「それならば効果てきめんですし、おひいさまの意図通りです」
「それで君のおひいさまは俺にこの光景を見せてどうする気だ?」
と言うとテーブルの端にあるクラッカーのキャビア添えを口の中に入れる。キャビアなど子供のとき以来だが、なかなか美味かった。
キャビア・クラッカーをもぐもぐ、ぷちぷちと嚥下し終えると、俺の疑問に答えてくれるものが現れる。
シスレイアその人である。
やっと招待客から解放されたようだ。
彼女は少し疲れた表情で言う。
「お久しぶりでございます。レオン様」
「久しぶりだね、姫様」
「はい、本当はもっと早くコンタクトを取りたかったのですが、色々とやることがありまして」
面倒な上にあまり役に立たなそうな会場の連中を眺めると、「大変そうだ」と同情する。
彼女は苦笑いを漏らすと、俺の手を引く。
「ここはダンスパーティーの会場ではないようだけど」
「ですね。でも、レオン様がお望みならば音楽なしで踊ってもいいですよ」
「……やめておこう。目立ちたくない」
「美男子ですから注目されてしまいますね」
「そうじゃないよ。踊りが下手なんだ。君の足を踏みたくない」
気にされなくてもいいですよ、と笑いながらシスレイアはパーティー会場から出ようとする。
「客人を残してどこへ?」
「レオン様に本当に見てもらいたい光景がある場所へ」
シスレイアはそそくさと館の外へ出る。そこには馬車が用意されていた。
「手際がいいな」
「時間は有限ですから」
と言うとそのまま馬車へ乗り込み、俺たちはとある場所へ向かった。