休息
オーガ討伐が決まると、数日、休養期間が設けられる。
理由としてはエキュレートがエルフの村に向かっている間、暇だったということもある。
その間、ドオル族の戦士たちを訓練してもよかったのだが、彼らは歴戦の猛者、俺たちが教えることなどなにもなかった。
「逆にこちらのほうが教えてもらいたいくらいです」
とはシスレイアの言葉であった。
彼女はエルニア陸軍の少将であるが、武芸がちと苦手なのである。
なので本当にドオル族のものから武芸を学ぼうとする。
よたよたとした手つきで、慣れぬ大剣を振り回そうとする姫様を見て、ドオル族の戦士も苦笑を浮かべている。
可愛らしいのでそのまま見守りたくなるが、クロエが心配そうにしているので止める。
当の姫様は不満をあらわにするが。
「レオン様は過保護すぎます。わたくしはこれでも剣の鍛錬をしています」
「細身のレイピアだろう。君の得意武器は」
「レイピアでは限界を感じていました」
「だからって無理に大剣を振るう必要はないさ。そもそも指揮官は剣を振るう必要はない」
「指揮官こそ陣頭に立ち、敵に胸を晒したほうがいいのではないでしょうか?」
「逆だ。指揮官が味方の後ろで堂々としているほうがいい。指揮官が前線に出れば思うように指揮ができないし、もしも指揮官に万が一があれば指揮系統が混乱し、大敗する」
「……理屈は分かりますが」
それでも兵士にだけ過大な責任を押しつけるのをよしとしない信条があるのだろう。納得いっていないようだ。
「戦うのは俺たちだけでいい。姫様は将の中の将になってくれればいい」
「将の中の将?」
「そうだ」
「こことは違う世界。地球と呼ばれる世界に『ハン』と呼ばれる大帝国を築いた皇帝がいた。彼は自らが軍を率いれば必ず負けるという無能な男だった」
「まあ、そのような皇帝が。しかし、そのようにいくさに弱かったのになぜ、大帝国を築き上げることができたのでしょうか」
「それは自分がいくさによわいと知っていたからさ。己のことをよく知っていた」
「……己のことを」
「そうだ。ハンの皇帝、リュウホウと呼ばれた男は、部下の忠言を受け入れた。
彼の部下、天下無双の士、カンシンは言った。
陛下は将の将でございます。
と――」
そこで一拍置くと説明をする。
「つまり名将カンシンは主リュウホウの性質を見抜いていたんだ。主が前線の勇者ではなく、後方から将軍を指揮する才能があったことを。有能な人物を取り立てる才能があったことを。逆にカンシンは言っている。自分は兵士の将に過ぎないと」
「……」
「つまり俺がなにを言いたいのかと言えば、姫様には将に愛される将になってくれということだ」
「将に愛される将…」
「そうだ。姫様はすでに兵士には愛されていると思うんだ」
周囲を見る。廻にはドオル族の戦士がいた。
「初めて訪れる亜人の村人にこんなにも親切にされているのがその証拠だ」
シスレイアは周囲を見回す。「ありがたいことです」と言う。
「ドオル族の戦士はなんの約束もないのに助っ人を買って出てくれた姫様に一目置いているんだよ。さらに言えば貴重な砂糖を使って焼き菓子を焼き、子供たちにお菓子を振る舞う姫様に感謝しているんだと思う」
遠くから姫様を見つめる子供たち。
姫様は戸惑っている。当たり前のことをしているだけなのに、という顔をしている。
しかしその当たり前のことを当たり前にできる人間がいかに少ないか、俺はよく知っていた。どんなときも他人を、弱きものに優しくできる人の貴重さを俺は知っていた。
姫様の思い描く優しい世界はこの森だけではない。王都にも広がっている。
貧民街で炊き出しをする姫様。
負傷する兵士を治療する姫様。
傷痍軍人に優しい声をかける姫様。
ときに守るべき対象に罵倒されるときもある。剣を向けられることもある。
しかしどんなに傷つけられても姫様は相手を恨むことはない。相手を憎むという感情がないのだ。
それは素晴らしい才能であり、輝かしい個性でもあった。
是非、その長所を伸ばし、将の中の将、――いや、王の中の王になってほしかった。
あらためてシスレイアを見つめる。
金色の髪を持った美しい娘。
生命力の根源のような力強い瞳。
たしかな意志に裏付けされた清い心。
それらはすべて彼女を形作っているものであり、彼女の魅力の源泉でもあった。
俺は、レオン・フォン・アルマーシュはそんな可憐な少女に惚れたのだ。その身命を賭して仕えたいと思ったのだ。
俺は彼女の夢に協力する。その王道に付き合う。
そう決めていた。
もっかのところは彼女の決めた指針に従うべきだろう。
その指針とはこの森を救うことである。
(……オーガを倒しても、はい、そうですか、と兵を貸してくれることはないだろう――普通ならば、だけど)
しかし姫様は普通ではない。すでにドオル族のものの心を掴みかけている。
意図的ではなく、その人格によって。
これならばもしかしたらオーガを討伐すればドオル族は味方になってくれるかもしれない。
俺はそんなほのかな期待を感じ始めていた。
(……お膳立ては整った。あとはオーガを駆逐するのみ。これは俺の仕事)
俺はできる限り味方の被害を少なく、短時間にオーガを駆逐できる策略を考え始めた。




