森を出た理由
大森林の奥底で恋愛喜劇のようなやり取りをしていると、それ邪魔するものが現れる。どうやら俺とクロエのやり取りを覗き見していた人物がいるようだ。
そのものは顔を真っ赤にさせ、藪の中から出てくる。
「は、破廉恥だぞ! 貴様ら! 未婚の男女がハ、ハグなど」
たしかにその通りなのでクロエの肩を掴み、距離を置くと覗き見していたものの名を呼ぶ。
「これはこれはドオル族の次期族長のルルルッカ様ではないですか。こんな夜分に珍しい」
見ればそこには先ほど出会ったドオル族の次期族長がいた。
どうやら彼女はクロエに夜這いをしようとやってきて、先ほどの光景を見てしまったらしい。右手に握られていた花がクシャクシャになっている。
どうやら相当、クロエのことが好きなようで、先ほどの場面はショックだったようだ。なのでその衝撃を和らげるため、弁解しておく。
「言っておくがさっきのハグとかいうのは、クロエ流の冗談だからな」
確認を求めるようにクロエを見つめ、同意を求めるが、彼女は空気が読めない。きょとんとした表情で「私は常に本気の女ですけど」と言う。
(く・う・き・よ・め)
声に出ない声でそう言うとクロエはさすがに察してくれた。
「あ、ああ、そうです、そうです。冗談ですよ。ハグなんてとんでもない」
私が抱きしめるのは大木くらいです、と近くにあった大木を抱きしめ、めきめきとへし折る。
(力持ち過ぎるだろ……)
と心の中でツッコミを入れるが、ルルルッカ様の気分は収まらないようだ。
「ゆ、許さない。我のクロエをこのような破廉恥な性格の娘にしおって」
「俺が彼女を悪の道に誘ったみたいな言い方はやめてほしい」
「森にいたとき、クロエは森一番の淑女だった。しかし、都会から帰ってみればこうだ。きっと都会で悪い男に騙されたに違いない」
「騙すもなにもまだあって数カ月だぞ」
「たったの数カ月で我の愛しい女を激変させおって」
ルルルッカは目を真っ赤にさせながら、腰から曲刀を抜き出す。
「それは俺を斬り捨てるという意思表示かな」
「違う。決闘をし、愛するクロエを取り戻すという意味だ」
「面倒だなあ」
と思っているとクロエは余計なことを言う。
「レオン様が負けるとは思えませんが、負けたとしてもルル様の嫁にはなりません」
その言葉でルルルッカの決意は固まったようだ。
血管を浮き上がらせながら曲刀を抜き出す。
「……なにもかもがもうどうでもいい。今、この瞬間、我は悪鬼羅刹となる。目の前にいるもの、すべてを斬る!!」
血の涙を流しながら、彼女は音速に近い速度で剣を振るう。
その一撃は素早く、力強い。
刹那の速度の曲刀を俺は右手に持っていた杖で受ける。
その一撃はやはり重く、強かった。
しびれる右手で彼女の実力を察した俺はつぶやく。
「……まったく、面倒な展開になったもんだ」
これならばクロエを連れてこないほうが幾分ましだったか、と思わなくもないが、今さら後悔してもなにも始まらない。
この期に及んでは覚悟を決めるしかなかった。
俺は右手に持った杖に魔力を込めると、ルルルッカの曲刀を押し返す。
彼女を押しのけた瞬間、左手に溜めていた魔力を放出する。
ルルルッカはそれを颯爽と後方へのステップでかわす。
見事な動きであった。魔力の一撃の威力を知っているものの動きだった。
さすがは次期族長、あらゆる戦闘を体験しているようだ。対魔術師用の動きになっている。
それに先ほどまでの怒りに任せていた動きがない。冷静で冷徹な戦士の動きになっていた。
確実にこちらの攻撃をかわし、確実にこちらに一撃を入れる隙きを狙っていた。
まるで猫科の肉食獣のような動きであった。
そのように感心していると女豹は言う。
「女だからといって甘く見るなよ。我はドオル族の中で一番の曲刀使いぞ」
その言葉を証明するかのように無数の連撃が襲ってくる。
袈裟斬り、突き、十文字斬り、二段斬り、あらゆる軌道でやってくる彼女の曲刀、こちらもステップや魔力の盾などでかわすが、白兵戦は彼女のほうに一日の長があった。
劣勢になり、後退を余儀なくさせられる。
中央広場から後退しながら隙をうかがうが、なかなかにそのときは訪れない。
それは彼女も同じなのだろう。必殺の一撃が放てず、やきもきしているのが伝わる。
基本方針として彼女は常に白兵戦を挑み、俺に魔法を使わせない。俺は彼女と距離を取り、魔法を使う隙きをうかがう。
単純な駆け引きのみが繰り返されたが、それは見た目よりも高度な駆け引きであった。わずかばかりの隙が命取りになるのだ。
――つまり、わずかばかりの隙を作ったほうが負けだ。
そう思った俺は左手に魔力を込める。
そしてほんのわずかな隙、刹那の瞬間を作り上げる。
具体的には杖の魔力を50パーセントほど出力アップしたのだ。
さすればいきなりのことにルルルッカは動揺する、という計算のもと、行った奇策である。ちなみにこれは手を抜いていたわけではなく、少ない出力であえて戦っていたのだ。
敵の虚を突くため、ほんのわずかな隙を作るためだけに張った伏線である。
この伏線を成立させるために文字通り死線をさまよっていたのだ。
俺は思う存分伏線を回収させてもらう。
ルルルッカがわずかに怯んだ隙、俺は左手に溜めていた魔力を解放する。
《爆砕》
爆発力に特化した呪文。鉱山に所属する魔術師たちが採掘のため使う魔法。
直接的な破壊力はないが、岩や地面を砕くことに関してはこれ以上ない魔法である。
俺はそれを己の足下、村の広場の中心で放った。
ゴゴゴ!
と、うなり声を上げる地面、鳴り響く地響き。
解き放たれた魔力は大地を穿ち、砕く!
爆発した地面は土と石を周囲に四散させる。
バナの森の土はあっという間に周囲に飛び散り、ルルルッカの視界を奪う。
視界を奪われたルルルッカは一瞬だけ、唖然とするが、すぐに曲刀を振り回し、対処する。
周囲に剣の結界のようなものを張る。
死角からの襲撃を恐れているのだろう。
それは正しい戦術に思えたが、彼女は魔術師を甘く見ていた。
たしかに前後左右、頭上からの攻撃にはそれに耐えられよう。
しかし、魔術師というやつは人間の想像のおよぶことならば大抵のことは実現する。
その実現力と俺の小賢しさが交われば、このような芸当をすることも可能であった
。
心の中でそう漏らすと、俺はルルルッカの足首を掴む。
「なっ!?」
声にならない声を上げ、驚愕の表情を浮かべる美しい次期族長。
そう俺は前後でも左右でもなく、ましてや天からでもなく、『地』から彼女の虚を突くことにしたのだ。
魔法で地面に潜り込むと、彼女の足下へ移動、彼女の真下から現れる。
一流の戦士でもなかなか読むことができない奇襲に彼女は面食らっていた。
俺はそのまま地上に出ると、彼女の足を離さない。すると彼女は逆さとなる。
剣で反撃を試みるが、俺は彼女の手首に蹴りを入れ、曲刀を手放させる。
こうなればもはやなにもすることはできない。
今、目の前にいるのはただ、上下が逆転した娘だった。重力のくびきに囚われている娘だった。
さらにいえば逆さにされ、スカートがめくれている娘だった。
下着が丸見え――、ではなく、なにも履いていない娘だった。
目のやり場に困っていると、クロエが説明してくれる。
「ドオル族には下着という文化がありません。私が出奔した理由のひとつです」
「……なるほどね」
皮肉気味に漏らすと、視線を膝下にし、ルルルッカに問う。
「形勢は定まった――、と思うのだけど、まだ抗戦するかね」
「舐めるな、我はドオル族の戦士、負けたときは素直に負けを認める」
「降参してくれるのか。それにしては勇ましいな」
「今まで一度も負けたことがないからな」
「なるほど、人生初の敗北か」
「そうだ。正直腹立たしい。むかつく」
「正直だ」
「ああ、本当に腹立たしい。これで我の人生計画は大いに狂った」
「どういう意味だ?」
と言うとルルルッカは頬を染めながら言った。
「……これで我はお前の子を産まなければいけなくなった。ドオル族の女戦士は初めて敗北した相手の子を産まなければいけないのだ」
「…………」
あまりにもな風習に度肝を抜かれる。驚愕のあまり思わずルルルッカの足首を離してしまう。
彼女は空中でくるりと回転すると、両足を地面に付けた。
「よっ! はっ!」
と着地すると、服の乱れと埃を取る。
彼女は怒った様子もなく、右手を差し出してくる。
「――というわけで、これからお前の子を産むことになる女だ」
そう前置きすると、にかり、と白い歯をみせ、俺の手を無理矢理握る。ぶんぶんと振り回してくる。
きょとんとするしかないが、「このまま暗がりにいって子供を仕込むか?」と尋ねてくる気が早い娘を抑える。
「いや、男にも心の準備がある」
「男は畑に種をまくのが仕事だろう。あとは全自動だ」
「クロエが好きなのだろう」
「好きだぞ。今も愛している。だが、ドオル族は妻も夫も複数持っていいことになっているのだ」
「俺は夫のひとりか」
「我に勝てる男はドオル族にひとりしかおるまい。女ならばクロエがわずかに可能性があるかな」
軽くクロエを見るルルルッカ、「恐縮です」と頭を垂れる。
「というわけでお前が子作り担当、我が産む、クロエが育てる。黄金パターンを築きたい」
ルルルッカは真面目な表情で言うが、とにかく、今宵はもう引き下がってもらう。
先ほどの戦闘音でドオル族の人たちが集まり始めていた。
皆、なにごとか、という顔をしている。
そんな中、ルルルッカは俺と腕を組んでいるのだから堪らない。ともかく、明日、陽が上がったら、エルニア国の使節として話をさせてもらう約束を取り付ける。
彼女は渋々了承すると下がっていった。
途中、側近のものに嬉々として決闘の結果を伝え、
「負けた負けた、気持ちのいい負けっぷりだった」
と笑っている辺り、豪胆な性格と気っぷの良さを滲ませている。
その姿を見て俺は困ったものだな、と漏らすと、クロエは言った。
「……これが私がこの森を出た理由のひとつです。おわかり頂けましたか?」
「……痛いほど分かったよ」
そう言うと俺とクロエは同時に溜め息を吐き出し、宿へと戻った。
エキュレートの部屋からは豪快な寝息が聞こえる。
シスレイアの部屋は静かだった。クロエは主を起こさぬよう静かに部屋に入る。
時計を見るといい時間だった。あくびを抑えながら部屋に戻ると、そのまま眠った。昼間の疲れ、それに決闘の疲労、決闘後の気疲れで身体が悲鳴を上げていた俺は、ぐっすりと眠ることができた。それだけが唯一の救いだった。




