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婚約者

 森をひたすらに進む。

 エルフのエキュレートが聖域と呼ばれる森で一番の難所を案内してくれる。


「聖域は私も通ったことはありません」


 とはメイドのクロエの言葉だ。


「聖域を使えば数日分、時間的距離を短縮できるでしょう」


「ありがたいことだが、そろそろドオル族に会ったときの対策を話しておかないとな」


 俺がそう提案すると、同行した女性はすべてそれがいいと同意してくれた。

 エルフのエキュレートは言う。


「前にも言ったけど、ドオル族は頑固だから、ドオル族の村に入る前に手荒な歓迎を受けるかもね」


「その辺はクロエを立てれば回避できそうだと思っているんだけど、その辺はどうなんだ?」


 クロエに視線を向けるが、彼女は申し訳なさそうに言う。


「私はこの森から、いえ、ドオル族から抜け出た娘です。もはや部外者と変わりありません」


「なぜ、抜け出たか聞いていいか?」


「構いません」


 毅然と言い放つクロエ。


「私は幼き頃から古き因習に囚われるドオル族が苦手でした。文明と隔絶し、外部との接触を拒否する前時代的な文化が苦手でした。ですから旅の商人の話を聞いたり、長老が秘蔵している人間界の本を隠れて読んだりし、外の世界に憧れを持っていたのです」


「典型的な都会に憧れる田舎娘だった、というわけか」


「平たく言えば」


 と微笑むクロエ。


「それで家出をしたのか?」


「正確にはそれは動機のひとつですが、きっかけではありません」


「きっかけは別にあるのか」


 と言うとクロエはうなずき、なんの躊躇もなく教えてくれた。


「実は私は次期族長から求婚を受けていたのです」


「…………ぶほ」


 気管支に唾液が入りそうになる。


 情けないことではあるが、彼女の主であるシスレイアも似たようなものであった。両目を大きく見開き、ぽかんと口を開けている。


 数秒間、沈黙し、互いに視線を交差させると、シスレイアは尋ねた。


「そ、そのような話、初耳です」


「それはそうでございます。今まで一度も言っていませんから」


「そんな秘密、ぽろっと言っていいのか?」


「もちろんでございます。おひいさまに隠し立てすることはありません」


 それに、と続ける。


「もう二度と戻ってくることのないバナの森に戻ってきたのです。一軍の運命も掛かっていますし、黙っておくわけにはいきません」


 クロエはそう前置きすると、事情を説明する。


「繰り返しますが、私は次期族長に求婚を受けました」


「次期族長の妻になる予定だったのか」


「はい。ですが、それが厭で森を飛び出したのです」


「若くして将来を決められるのは厭だと思うが、族長の妻になるというのはドオル族の娘にとっては好ましいことではないのか?」


「大半の娘にとっては。ですが、私は変わった子供でしたので」


「なるほど。ちなみに族長はどんなやつなんだ?」


「ドオル族一の勇者、バナの森の麒麟児と呼ばれていました」


「それはすごいな」


「弓を持てば数百メートル先の鹿の眉間を射貫き、熊と相撲を取れば負かし、義に厚く、礼節も重んじるお方です」


「……結婚を厭がる要素がないような。不細工なのか?」


「いえ、無骨な長老ではなく、母上によく似た方で、エルフのように見目麗しい方です」


「…………」


 首をひねっていると、シスレイアが補足してくれる。


「レオン様、人は見た目ではありません。熊さんのように豪快な男性が好きな女性もいるはずです」


「なるほどな。全員が全員、美形好きではないよな」


 と感想を漏らすと、先導をしてくれているエルフのエキュレートの足が止まったことに気が付いた。


「恋バナで盛り上がっているところ悪いんだけど、ドオル族の村の近くまで差し掛かったわよ」


「さすがはエキュレートだ。思ったよりも早い」


「お褒めにあずかり恐縮なのだけど、先に謝っておきたいことがある」


「なんだ?」


「近道を使いすぎて思ったよりも早く聖域を抜けていた」


「つまり?」


「ここはもうドオル族の村ってこと。無断で立ち入っているから、いつ攻撃されてもおかしくない……」


 と言うとエキュレートの足下に弓矢が刺さる。

 びゅん、という音を発した先を見ると、そこには鬼のような男たちがいた。

 牙こそ生えていないが、皆、勇壮な角を持っている。


 彼らがドオル族であろう。それは知識として知っていた。ドオル族の男は頭に角があるのだ。


「なかなかに格好いいが、それにしても手荒な出迎えだな」


「外してはくれたみたいだけどね」


 苦笑を浮かべるが、「これだから野蛮な鬼は……」と皮肉も忘れないエルフ。

 俺は魔術学院時代に覚えたドオル族の挨拶を口にする。


 意味はこんにちは程度のものであるが、挨拶は基本である。するにこしたことはなかったが、そのたどたどしい挨拶にクロエは苦笑している。


「ならば君が代わりに話してくれ」


 と返すが、彼女は首を横に振るう。


「お伝えしましたとおり、私はすでに部外者。それにドオル族は標準語が通じます」


「なるほど、でもそれでも同族のほうが話が通じると思うのだが」


「たしかにそうかもしれませんが、私もですが、向こうにも私に対し、虚心ではいられない人物が混じっているようです。私が先頭に立って交渉すれば、事態が混迷してしまうかも」


 そう言うとクロエは一歩下がる。



 なぜだろう、とドオル族の武装集団を観察するが、その理由は推察できなかった。――できなかったが、その理由自身が自分から名乗り出てくる。


 鬼の武装集団を率いていると思われる女性は、一歩前に出るとこう言い放った。


「そこにいるのは我が婚約者のクロエだな。勝手に森を出ていきなり戻ってくるとはいかに。返答次第では愛する娘とはいえ、容赦せぬぞ」


「…………」


 沈黙してしまったのは俺だけでなかった。

 おそらく驚いている理由も同じである。


 目の前にいるのはドオル族の次期族長のようだ。さらにいえばクロエの婚約者だという。


 まあ、そこまではよくある展開なのだが、そこからが斜め上の展開だった。

 先ほども言及したが、目の前にいるのは美しい女性だからである。


 毛皮と革の鎧を折衷したかのような勇壮な格好をしているが、それ以外は男性性を感じさせない。流れるような美しい髪を腰まで束ねている。


また女性らしい胸の膨らみや腰のくびれもある。顔の形もかなりの美形に分類された。


 声も凜としており、艶やかさと張りを感じさせる。

 つまりどこからどう見ても女性なのだが、そうなると疑問が湧いてくる。


「……次期族長が女で、その婚約者がクロエで……。え……? え……?」


 どんな大軍や強敵の前でも混乱などしたことがない俺であるが、さすがにこの事態は即座に把握できない。


 頭に「え? え?」という文字を刻みつけながら、次期族長とクロエの言葉を待った。

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