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邪教徒の企み

 剣呑さと呑気さを同居させながら歩く一同、その光景を遠くから見守るものがいる。


 上質だが、陰気さを隠せないローブをまとった男。

 彼の名はエグゼパナ。

 終焉教団という組織で導師と呼ばれる役職に就いている。

 終焉教団とはこの世界に終焉をもたらすことを夢見る邪教の一団である。


 各国に根を張り、諸王同盟とアストリア帝国の争いを煽り、終わりの見えぬ戦いにいざなっている張本人たちである。


 この世界の住民から見れば悪そのものだが、当然ながら本人たちにはその自覚はない。


 ただただ教義のため、この世界のために活動をしている。

 まさしく狂信者である。


 それを証明するかのように、エグゼパナの周りにいる司祭級のものたちの目は虚ろだった。濁っていた。


 ただ、不思議なことに導師エグゼパナだけは違った。

 その目は澄み切っており、輝いてすらいた。

 打算的なものを感じるが、奇妙に澄んだ目をしていた。


 もっともそれは司祭たちと比較すればの話で、エグゼパナの目も十分、濁っているのかもしれないが。


 その濁った目を持つもののひとりが口を開く。


「……導師エグゼパナ、バナの森にはなっていたハイ・オーガの一体が死にましたとの連絡が」


 その報告を聞いてもエグゼパナは不機嫌にならなかった。それどころかあらかじめ知っていたかのような口調で答える。


「気にするでない。大義を達成するのになんら犠牲を払わず、というほうが虫が良すぎるだろう」


「さすがは導師様です。しかし、部下に詳細を調べさせましたところ、我らが眷属を殺したのはとても厄介な人物のようで……」


「天秤の魔術師か?」


 エグゼパナの即答に目を見開く司祭。この情報はたった今、入ったものなのだが……。


「終焉の神の預言――といいたいところであるが、これは簡単な推理よ。天秤師団が巨人討伐を命じられた。巨人はバナの森の南部で争っている。このふたつの情報があればやつが森に現れるのは十分予見できる」


「さすがは導師様です。ご慧眼をお持ちで」


「慧眼は持っているかもしれないが、それを活かすことはできなかった。天秤師団が討伐を命令された時点で手を打っておくべきだったか」


「ハイ・オーガを増援しましょうか?」


「それがよいだろう。エルフ族とドオル族を争わせるのも大事であるが、今は天秤の魔術師を始末しておきたい」


 そう言うと司祭はエグゼパナに改めて敬意を表し、その場を下がった。命令を実行するのだろう。


 それと入れ替わるようにもうひとりの司祭がやってくる。


「導師エグゼパナ、教団本部から連絡があったのですが」


 その言葉でエグゼパナは始めて顔をわずかに歪める。


「……上層部の老いぼれどもが」


 と口にするが、無論、他の司祭には聞こえない音域で言った。


「大主教様とそれに連なる方々は重要な手駒であるケーリッヒを失ったことを怒っています」


「ケーリッヒを国王に仕立て、意のままにあやつる計画が水泡に帰したからな」


「左様です。今後、どのようにエルニアを混乱に陥れるか、大主教様は答えを聞きたいそうです」


 大主教は病に伏せている。実質はその横にいる大導師どもが聞きたがっているだけだろう。いや、エグゼパナを失脚させたいだけだろう、そう思ったが、口にはせず続ける。


「ケーリッヒを王にすることは叶わないが、エルニアを混乱に叩き込むことはできる。我らの目標はこの世界を騒乱に導き、混沌の中から新たな秩序を生み出すことだ。ケーリッヒに王位をくれてやることではない」


「たしかにそうですが、ならば長兄のマキシスにくれてやるのですか?」


「それも考えたがな……」


 とエグゼパナは尖ったあごに手を添えるが、否定した。

「マキシスの狭量な器ではエルニアを滅ぼす恐れがある。さすれば諸王同盟とアストリア帝国とのバランスが一気に崩れ、我らの宿願が成就できぬ」


「……難しゅうございますな」


「そうだ。しかし、その難しいバランスをなんとしてでも取りたい」


「なにかお考えが?」


「ある」


 と言うと王族の写真が写った新聞を指さす。


「現国王には六人の子がいる。ひとりは先日死んだ。ひとりは王位に相応しくない」


「シスレイア姫が王位に就かれたら困りますな」


「ああ、有能で正義感豊かだ。だからこそ王位に就かれたら困る。となると――」


 エグゼパナの視線はケーリッヒ、マキシス、シスレイア以外の王族に向けられる。


 シスレイアの異母姉ふたりと、異母弟だ。異母姉ふたりは気が強そうな性格をしていたが、顔かたちはシスレイアに似ていた。異母弟のほうが逆に温和で柔和な笑顔がシスレイアと共通していた。


「どのものも軍事的な才能も政治的な才能もない。ゆえに傀儡にするのにこれ以上の適材はあるまい」


「なるほど、それでは次期国王の選定、しておきますか?」


「そうだな。近く、マキシス殿下も戦場で倒れられるだろう。そのとき臣下のものが混乱されないように後継者を一本化しておかねばな」


 にやりと笑うエグゼパナ。


 自身の中では誰を次の後継者にすべきか、明確なビジョンがあるようだ。


「ともかく、準備は入念に。有力貴族と軍部の支持は欠かせない。あと、大商人たちの支持もだ。彼らに我ら教団の存在を感じさせずにこちらに都合の良い後継者を選ばせたい。それが理想だな」


「エグゼパナ導師ならば可能かと」


「そうしたいものだな」


 と言うとエグゼパナはサイドテーブルに置かれたワインに口を付ける。



 レオンたちがバナの森を進みながら、悪党どもはそのような策を巡らせていた。

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