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紅茶キノコ

 オーガを倒し、エルフたちと知り合った俺たち。


 彼女たちから信頼を得ることは出来なかったが、敵対行動を起こされることもなかった。


 それどころか一緒に紅茶を飲んでくれるような間柄になることができた。


 喜ばしいことであるが、ただそれでも心が打ち解けたと言い張ることはできないだろう。


 バナの森のエルフ、エキュレートは「ツン」という表現が似合いそうなほどの表情で紅茶を飲んでいる。


 さらに小指を一本ぴんと立ててカップをっ持っているあたり、とてもエルフっぽかった。エルフという生き物は現実でも物語の中でも気難しいと相場が決まっているのだ。


 しかし、気難しいからと言って、これから森を案内してくれるものを邪険にすることはできなかった。


 エキュレートに話を振る。


「バナの森にはもういないはずのオーガが現れた、と言っていたが、その理由については分かっているのか?」


 首を横に振り否定するエキュレート。


「分からないわ。そんなことこの数百年なかったことだし」


「バナの森始まって以来の危機というわけか」


「そうね、半年前からぽつりと現れ始めたのだけど、最近、オーガの被害がひどくて。農作物が荒らされたり、農夫が殺されたり、自警団に所属する若者が惨殺されたり、やりたい放題」


 彼女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら続ける。


「だから討伐隊を組織してやつらを駆逐しようとしたのだけど……」


「返り討ちにあったというわけか」


「…………」


 言いにくいことを代わりに口にすると、彼女は「そうよ」と、つむじを曲げた。

 森の妖精様はプライドが高いようだ。


「しかし、理由が不明となるとな、手の施しようがない」


「……」


 その言葉を聞くと明らかに顔色を変えるエキュレート。どうやら何かを隠しているようだ。


「俺たちは運命共同体ではないが、一緒に剣を交えて戦った仲だ。信頼してくれ、とは言わないが、話してくれれば力になるぞ」


 俺の言葉ではなく、いままでの行動を信じてくれたのだろう。 

 軽くクロエの横顔を見ながらも教えてくれる。


「……これは確定情報ではないし、長老たちの一部が言っているだけなのだけど」


 そう前置きした上で彼女は言う。


「オーガの封印を解き放ったのはドオル族だという噂があるわ」


 ぴくんと、両肩を震わせるクロエ。虚心ではいられないようだ。


「エキュレートはその話、信じているのか?」


「……わからない。あたしもドオル族は嫌いだけど、だからといってなんの証拠もなしに彼らを疑うのはよくないと思っている」


 彼女はツンデレのようだが、意地が悪いわけではないようだ。

 それどころかとても誇り高い女性のようである。

 初見では合わなそうな感じがしたが、少しだけ親近感を持てるようになった。

 なので軽く提案してみる。


「ドオル族はエルフ族と同じくらい誇り高いと聞く。そのような種族が卑劣な真似をするとは思えない。それに本当の敵はドオル族ではなくオーガのはずだ」


「……そうね」


「だからオーガが発生した原因を探りたい。エキュレート、協力してくれないか?」


 彼女は細いあごに手を添えて考え始める。


「……部外者を聖域に引き込んだ上に、ともに探索をする……。長老たちに露見したら自警団の団長は解任ね」


 自嘲気味に言うが、彼女は正義感が厚く、仲間思いのエルフであった。答えは最初から決まっていたのかもしれない。


「……分かったわ。協力してあげる。ううん、協力して。オーガの発生原因を調べるのを手伝って」


 その言葉を聞いた俺はにこりと微笑みながら右手を差し出す。


「ありがとう。君の勇気と決断力に敬意を表す」


 その言葉に感化してくれたのか、エキュレートはぽうっとした表情でこちらを見つめていた。


 そして余計なことを口にするメイドの少女。


「さすがは『後宮』魔術師のレオン様です。旅の先々で妻を見つけます。港港に女あり、です」


 そんなんじゃないさ、と言いたいところだが、反論することはできない。

 温厚なシスレイアのとんでもないところを見てしまったからだ。


 にこり、と女神のように微笑んでいるが、先ほど茶菓子として出されていたクッキーを握りつぶしていたのである。


 もちろん、故意の行為でないことは明白だった。


 シスレイアは食べ物を粗末にするという行為も、無意識とはいえものに当たるという行為も、生まれてこの方一度もしたことがないはずだ。


 つまりそれくらい怒っているということ、嫉妬しているということである。

 俺が困った表情をしていると、クロエがにこにことしていることに気がつく。

 このような状況下でなにを笑っているのだ。

 そう思って小声で抗議するが、彼女は「うふふ」と、のんきに返す。

 彼女の主張はこうだ。


「幼き頃からおひいさまにお仕えしていますが、おひいさまにやっと年頃の少女っぽい行動が見られました。嬉しいです」


「おひめさまには思春期がなかったのか」


「左様でございます。恋も愛も知らない不憫な少女でした。ですが、レオン様という王子様が現れてから、眠れぬ夜を過ごしたり、嫉妬に身悶えしたり、やっと時間が動き出した感じです」


 心底嬉しそうに言うクロエ。おひいさまのことが心配でしょうがなかったのだろうが、そこまで脳天気になられても困る。


 つまり姫様は年頃の少女が通るべき通過儀礼を済ませてこなかったということだ。これからその反動がくるのではないか、戦々恐々としてしまう。


 シスレイアを再び観察するが、力を入れてクッキーを砕いてしまったことを恥じているようだ。


「なぜ、このようなはしたない真似をしてしまったのでしょう」


 と涙目になっている。

 なんだか可愛らしいが、君は嫉妬しているんだ、遅れてきた思春期はどうだい? と言うこともできず難儀しているとエキュレートは空気を読まない発言をする。


「てゆうか、この子、自分が嫉妬していることに気がついてないの? お子様?」


 その言葉に一同は凍りつくが、幸いなことに姫様の耳には届いていないようだった。


 俺は慌てて話題を転じさせるとクロエもそれに協力してくれる。

 二杯目の紅茶を注いでくれたのだ。

 二杯目の紅茶はただの紅茶ではなく、紅茶キノコだった。

 エキュレートが気に入るように秘蔵の食材を提供してくれたのだ。

 エルフは無類のキノコ好き。紅茶キノコは、キノコを発酵させた珍味である。種族としても個人としてもキノコが大好きなエキュレートは俄然くいつく。


「森の外で作られた紅茶キノコ、興味ありまくりです。発酵食品は土地の色が出るから」


 目をキラキラとさせるエキュレート。

 姫様から注意が離れてよかった。

 このようにしてお茶会はえんもたけなわになる。


 その後、紅茶キノコを三杯ほど飲むと、満足した俺たちはテントをたたみ、そのまま森の奥を進む。

「面白かった」

「続きが気になる」

「更新がんばれ!」


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