司書とメイド
俺は30の兵で300の兵を打ち破るという戦功を上げた。
姫様を救い出すという大功も。
ひとつの功績で一階級昇進だとすれば、中佐になってもおかしくないのだが、出世することはなかった。
姫様に念を押したからである。
「今回の作戦はすべて姫様の功績としてください。戦目付レオン・フォン・アルマーシュはなにもしていません」
無論、姫様は反対する。
「しかし、今回の功績はすべてレオン様のもの。その実力と知謀を軍上層部に伝えて、然るべき立場になってもらいたいのです」
「そうなれば俺は出世ですな」
「そうです」
「いや、それは駄目だ。俺の人生の目的は宮廷図書館の一司書として人生を終えること。軍で出世することではない」
「先ほども言いましたが、レオン様ほどの賢才が世に出ないのはおかしいです。なにとぞ、わたくしの下で働き、その知謀と武勇をお貸しください」
「有り難いお言葉ですが、それはできかねます」
俺は深々と頭を下げると、重ねて戦功のことは上層部に報告しないよう釘を刺した。
さて、このような経緯があったから、その後、戦場から帰還しても昇進の辞令がもたらされることもなく、無事に図書館勤務に戻される。
上司は開口一番に、「また給料泥棒が戻ってきた」と溜め息を吐いたが、それは最高の褒め言葉だった。
俺は戦争などという非生産的なことをするよりも、本に囲まれた生活がしたいのだ。
多くの文豪が残した名著を読みたかったし、偉大な魔術師が残した異世界の研究論文も読みたかった。
もしも戦場に出ればそれが読めなくなる可能性もあるのだ。ならば軍人になるなど、愚かしいことであった。
俺は自分の魔術師としての実力、軍師としての実力が最高であることを知っていたが、だからといって過信はしていなかったのだ。
どのように偉大な魔術師も不死ではいられない。最高の軍師も失敗を犯すことがある。
自分の実力を過大評価しない。
だからこそ今までに死ぬことはなかった。
だからこそ亡命後の地獄のような子供時代も生き残ることができたのだ。
そのように改めて自分のことを再確認すると、今日も埃の舞う図書館で本をめくっていた。
カウンター業務をろくにこなさず、好みの作家の新刊を読みふけっていると、メイド服姿の女性がやってきた。
色素の薄い髪と皮膚をもつ女性である。
とても無表情で、感情を感じさせない動作をする。
―― 一言でいえば人形。
そのような印象を抱いた。
彼女はこくりと頭を下げると、10冊ほど本をカウンターに置く。
「――同時貸し出し数はお一人様3点になっています」
事務的な会話をするが、彼女は軽く微笑みながら言う。
「存じております。この本は借りにきたのではありません。レオン様に見せにきただけでございます」
「司書をからかうのは感心しないな」
「まさか、そのような意図は。ですが、司書さんの知識を借りたく思っています」
と言うと彼女は目の前に置かれた本を披瀝する。
「ここに十種の本があります。皆、小説です」
「それは見れば分かる」
「この小説の題材は分かりますか? すべてに共通点があるのですが」
俺はちらっと表紙を眺める。
すべて一度は目を通したことがあるものだ。
ひとつはエルハンスという作家のもので、姫に恋に落ちた騎士がドラゴンを殺す話。
もうひとつは姫と王子が恋に落ちて駆け落ちをする話。
もう一冊は庶民と姫様の身分違いの恋愛ものだった。
さらに言えばすべてが「お姫様」が出てくる小説だ。
そのことを指摘すると、メイドは「まあ」と驚く。
「さすがはレオン様です。一瞬で気が付かれましたか」
「こんだけこれ見よがしだとな」
「ならば私がシスレイア様のメイドであることもご存じでしょうか?」
「この前、姫様がきたとき、ちらっと見たよ」
「ご存じということですね。ならばこの本に隠されたメッセージにも気が付かれていますか?」
「…………」
俺は吐息を漏らしながら、無造作に並べられた小説を並び替える。
そして小説のタイトルの頭文字を順番に読み上げる。
「ご、しょ、う、た、い、し、ま、す」
そう言うとメイドは「さすがですわ」と言った。
「なににご招待するかまでは分からんがな」
「ご招待するのはおひいさまの主催する食事会です」
「なるほど、それは光栄だな」
「いらしていただけるという意味ですか?」
「ドレスコードがなければね」
と自分の服の袖を摘まむ。俺はこのローブしか持っていないのである。
「おひいさまは服装など気にされません」
「それは助かる」
「それでは本日、仕事が終ったらすぐに来ていただけますでしょうか?」
「いいよ。住所は?」
「王都の目抜き通り、蒼の噴水前にあるアルソニア商会の建物の隣です」
「姫様は王宮に住んでいるわけではないのか?」
「姫様は軍人です。一人前の王族として扱われています。そのため館を持っているのです」
「それは建前で王宮から追い出されたのでは?」
「ご存じでしたか」
「有名な話だからな。――まあいい。あそこにある建物ならばさぞ立派だろう。一度、中に入ってみたいと思っていた」
そう言うと俺はメイドに本を元あった場所に戻すように命令した。
メイドは7冊だけ棚に戻すと、3冊、カウンターに持ってきた。
どうやら借りるつもりらしい。
ちなみに彼女が残したのは、姫様に忠実なメイドがいる作品ばかりだった。
これまた分かりやすいメイドだな、そう思いながら、貸し出しの書類にサインをした。