メテオ・スマッシュ
歩くと走る速度の中間で木々の間を駆け抜ける。
走らなかったのは慣れぬ森道だったこともあるが、到着する前に息を切らせたくなかったからだ。
白兵戦のプロであるメイドのクロエもそれを徹底していた。優雅に可憐に歩いてる。スカートひとつひるがえらないが、道中、表情を引き締める。
ある程度距離が近づくと、彼女の耳にも戦闘音が聞こえてきたようだ。
「……五匹。――いえ、六匹でしょうか。大柄な魔獣と小柄な種族が戦っているようです」
「正解だ。小柄な種族は三人かな。劣勢のようだ。ひとり、倒れている」
「小柄な種族はおそらくエルフでしょう」
「根拠は?」
「先ほどから弓を放つような音がします。彼らは皆、弓の名手ですから」
「ドオル族も使うだろう?」
「使いますが、ドオル族は金属も好みます。愚直に弓で戦うのはエルフ族の証でしょう」
「なるほど、名推理だ。ドオル族でないのは残念だが、助けるか」
「ドオル族とエルフは仲がよくないですが、だからといって見捨てる気もありません」
と言うとクロエは懐から懐中時計を取り出す。
時間を見るのではない。
彼女は懐中時計を武器に戦うメイドさんなのだ。
きらり、と目を光らせると。懐中時計の鎖を指でなぞり、魔力を込める。
すると青色の魔力が懐中時計を包み込む。
魔力を得た鎖は「斬」属性になるそうだ。クロエはそう主張すると実演する。
「斬!」
短く漏らすと、クロエは巨木を切り裂く。
自然破壊主義者に目覚めたわけではない。
クロエが巨木を切り裂いたのは相手の虚を突くためだった。
彼女は巨木ごと、エルフを襲っている魔物を切り裂く。
大きな木の幹と魔物の身体の胴を斬り裂いた。見事な一撃であるが、クロエは血で汚れた鎖を拭うと、一言言い放った。
「我が故郷バナの森で暴れているのは薄汚いオーガか……」
彼女がさげすむようにオーガの死体を見下ろすと、その横に頭部を喰われたエルフが横たわっていた。
「バナの森のオーガは数百年前にドオル族とエルフの共同作戦で駆逐されたはず」
クロエは疑問を呈するが、気にしている暇はない、と諫める。
「詮索はあとだ。生き残ったエルフを救いたい」
その提案にうなずくクロエ。
二匹目のオーガの駆逐に掛かる。
「脳髄をぶちまけてやる!!」
そう叫ぶと懐中時計の時計部分に魔力を込め、それをぶん回し、オーガの頭蓋骨を破壊しようとする。
クロエの懐中時計は大岩さえ破壊する。
オーガとはいえ、頭蓋骨など簡単に破壊することは可能だった。
――懐中時計が当たれば、の話だが。
二匹目のオーガはクロエの存在を感知すると、彼女の攻撃の挙動を読み切り、大きな右手で懐中時計を受け取る。
がしりと時計を握ると、にやりと笑う。
どうやらこいつがオーガたちのリーダーのようだ。
握りしめた懐中時計をぐいっと引っ張る。
わずかな動作で数メートルほど引き寄せられるクロエ、圧倒的に体格が違うのだが、彼女はそれをものともせず大地に両足を付ける。
するとそこで均衡が取れ、懐中時計の鎖がぴんと張り詰める。
それどころかオーガもずずっとクロエに引き寄せられる。
オーガは驚愕の表情を浮かべながら口を開く。
「……その馬鹿力、小娘、人間ではないな」
「ご名答です。私はドオル族の娘」
「ドオル族の娘がメイド服だと!?」
「たしかに我らドオル族は自然を愛する一族、人間の街に行ってメイドをしているなど、私くらいでしょう」
自嘲気味に笑うクロエ。
「しかし、ドオル族すべてが同じわけではない。中には森の外の広い世界を知り、剣ではなく、心を持って仕えるべき主を見いだすものもいる」
と言うと彼女は後方に控える主であるシスレイアを軽く見る。
「貴きお方、この世界を変える宿命を背負われた主に魅入られるものもいる」
クロエはそう言い切ると、
「それが私!!」
と声を張り上げ、両手に力を込める。
すると巨体であるオーガがさらにずずっと引き寄せられる。
「馬鹿な、10倍近く体重が離れているのだぞ!?」
「無駄に太っているだけでしょう。私の身体は筋繊維と魔力繊維だけで構成されている!!」
そう言うとクロエはオーガを空中に浮かせる。
そのままぐるぐると回し始める。
クロエはそのままオーガに遠心力を加え続けるとタイミングを見計らい、オーガを投げつける。
まっすぐ巨木に向かうオーガ。
ものすごい勢いで巨木にぶつかると、巨木はめきめきと悲鳴を上げ、オーガより一回り大きい穴ができる。
普通の生物ならばこれで背骨が折れて終わりなのだが、このオーガはなかなかにタフな魔物であった。
ただ、それが彼にとって幸せかは分からないが。
戦闘モードに入ったメイドさんは容赦がない。
逡巡する間もなく追撃を始める。
オーガを解き放ったと同時に自分も前進し、木にめり込むオーガに容赦なく攻撃を加える。
無数の拳がオーガに突き刺さる。オーガはそれを回避できずすべて受け止める。
要は全身をボコボコにされているわけである。
百本の手を持つ女神が怒り狂っているようにも見える姿であるが、その怒りは続く。
クロエはぐったりし始めているオーガの頭を掴むと、そのままオーガを横に投げる。
それを追撃するために目にもとまらぬ速度で移動すると、オーガを蹴り上げる。
空中に浮かんだオーガをさらに追撃し、最高点に達した瞬間、両手を思いっきり振り下ろし、地面に叩き付ける。
クロエはその一連の連撃を、
「空中連撃」
と口にした。
格好いい技であるが、喰らったほうはひとたまりもないだろう。
事実、攻撃を食らったオーガは物言わぬ死体になっていた。
一瞬だけ哀れに思ったが、転がっている死体、頭部を潰されたり、はらわたが飛び出ているエルフを見ると、その考えは消し飛ぶ。
優しいシスレイアですらその考えに至ったようで、オーガのことは気にせず、傷ついたエルフたちを介抱している。
「相も変わらず優しいおひいさまです」
と声を掛けてきたクロエは多少、息が上がっていたが、先ほど鬼神のような活躍をした娘とはとても思えなかった。
彼女を称賛し、いたわる言葉を掛ける。
「見事な戦いぶりだ。それにお疲れ様」
「どういたしまして」とスカートの裾を持ち上げ、返礼をするクロエ。ついでにスカートの埃を取っている。さすがはおひいさまのメイドさん。身だしなみに五月蠅い。
そのような感想を持っていると、彼女が語り掛けてくる。
「バナの森にオーガが出るのは珍しいです」
「なん百年も前に駆逐されたと聞いたが」
「はい、仲が悪かったエルフ族とドオル族が共闘して駆逐しました」
「へー、珍しい。当時の詳細は知っているのか?」
「私は花の乙女ですよ」
「ドオル族は戦闘民族だから、若い時期が長いと聞いたが」
つまりドオル族の娘の年齢は不詳だ、と言いたいのだが、さすがにクロエはむっとしたようだ。
「レオン様、女性に年齢を尋ねるのはマナー違反でございます」
頬を膨らませるクロエ、なかなかに可愛らしいが、見とれていると彼女は言う。
「レオン様、先ほどから私のことをまるで化け物でも見るかのように見つめますが、私に言わせればレオン様のほうが化け物にございます」
「そうか? 俺はただの司書だぞ」
「ただの司書があの一瞬でオーガを全滅させますか?」
クロエは呆れたまなざしで周囲を見渡す。
そこには複数のオーガの死体が転がっていた。
「私が一体のオーガを倒す間にレオン様は残りのすべてをかたづけました。しかも汗ひとつかいていない」
クロエは化け物でも見るかのような目つきで俺を見る。
たしかにそこらに転がっているオーガの死体は俺が殺したものだ。
クロエがオーガのリーダーと戦っている間に倒したものである。
「……まったく、レオン様は化け物でございます」
クロエはそう言い切ると、エルフたちの介抱をしているシスレイアの手伝いを始めた。
一応、俺も回復魔法の心得はあるからその列に加わる。
このようにしてオーガたちに襲われていたエルフを救い、彼らとの接点を得たわけであるが、数分後、エルフたちがとても誇り高い種族であることを思い出すことになる。
「面白かった」
「続きが気になる」
「更新がんばれ!」
そう思って頂けた方は、下記から★ポイントを送って頂けると、執筆の励みになります。




