ピクニック兼ハイキング
薄暗い森を三人で進む。
有史以来、光が差したことがないのではないか、そんな錯覚を覚えるほどほの暗い道を進む。
道と言っても獣道で、この森に住まう一族、エルフ族やドオル族などが使用するためのものなので、本当に簡素なものであった。
この森に詳しいクロエがいなければ、確実に迷っていたことは疑いない。
クロエを連れてきてよかった。
そう思いながら彼女をじいっと見つめていると、シスレイア姫の視線が気になる。
少し不機嫌なような気がする。
なぜだろう――、と考えているとピコンと電球が灯る。
「姫様、トイレか? 申し訳ないがここにトイレはない。そこらで用を足してくれれば……」
と言うとクロエがすごい形相で睨んでいることに気が付く。
デリカシー、という単語を思い出した俺は咳払いをするが、それでも姫様の意図が分からなかった。
きょとんとしているとクロエが横に並び、耳打ちしてくれる。
「先ほどから私ばかり見ているからですよ」
「クロエは道を間違えないからすごい、と思っていただけなんだが」
「それにしては熱視線過ぎたようですね」
これも私の魅力のせいでしょうか、と戯けるが、姫様の機嫌を取ることにする。
女性の機嫌を取るには花と団子が適切だろう。
そう思った俺は、休憩を入れる旨を宣言する。
クロエは「承りましたわ」と切り株の上にテーブルクロスを広げる。
俺は木々の合間からわずかに差す光を糧に成長した小さな花を摘み取る。それをコップの中に入れる。
実用性重視のテーブルクロスが華やかに輝きだしたような気がした。
それについてはクロエが褒めてくれる。
「本にしか興味がないレオン様にしては上出来です」
「光栄です、と、戯ければいいのかな」
「おひいさまにお願いします」
と言われてしまったので、彼女に一礼をすると、シスレイアはにこりと微笑む。
「レオン様は紳士の中の紳士ですね」
そんなことを言われてしまうと照れてしまうが、表情には出さず、お茶を楽しむ。
幸いと綺麗な水は水筒に入れてある。それを沸かせば美味しい紅茶もいれられるはず。
細かな蒸らし方、注ぎ方はプロフェッショナルなメイドさんに任せればいい、とクロエからシスレイアに視線を移す。
相変わらず可愛らしいが、目が合うと意識してしまう。
思わず顔が紅潮してしまうが、それを悟らせないため、話題を転じさせる。
「姫様、軍人になってからは色々と出掛けているだろうが、森の中に入ったことはあるのか?」
「ありません」と首を横に振るシスレイア。
「幼き頃は王都の下町で育ちましたし、軍人になってからもそれほど遠出をしてないのです」
「お姫様時代は、なお宮殿の奥に座していただろうしな」
「はい、というわけで実はわくわくしております」
「というと?」
「森にくるとピクニックやハイキングを思い出します」
「なるほど、たしかに」
優雅にお茶を注ぎ、それを飲む様はまるでピクニックだ。
「美しい花々も見られますし、それに木々の息吹も感じられます。周囲どこからも生命の息吹を感じる」
彼女は目をつむると生命の波動を受け取る。
「……街では得られない感触です。貴重な体験です」
「なるほど、そういう見方もあるか」
学究肌で本好きな俺には、森も街も大差ないが、彼女のように感受性が豊かなものだとそのような考えに至るのだろう。
参考になる、と思いながら、クロエが用意したお茶に口を付けると、俺は渋面を作る。
「もしかして渋かったでしょうか?」
クロエが申し訳なさげに尋ねてくるが、シスレイアが否定する。
「とても美味しい紅茶でしたが」
肯定する俺。
「同感だ。この上なく美味しいお茶だよ」
「ありがたき幸せ」
「俺が渋い顔をしたのは、遠くから厭な音がしたからだ。弓の弦が絞られる音、肉を切り裂く音、木々がへし折れる音」
「そのような音が?」
シスレイアは己の耳に手を当てるが、なにも聞こえないようだ。
「《聴覚強化》の魔法を使ってやっと聞こえるか否かって音だ。つまり、結構、遠い」
「無視されますか?」
「俺たちの目的はドオル族との接触だ。その前にトラブルは抱えたくないが……」
と愚痴るが、姫様は俺の心情などお見通しのようだ。
「――トラブルは抱えたくないが、トラブルを無視することもできないはずです。レオン様はお優しい方ですから」
「…………」
「渋面を作っておられたのがなによりもの証拠。急ぐ旅ではありますが、人助けをする時間くらいはあるでしょう。どうか、レオン様のご随意に」
つまり、トラブルに顔を突っ込んでもいいと言うことだが、俺は苦笑いを漏らす。
「これではどちらが軍師か分からないな」
そう言うとクロエも苦笑を浮かべる。
「そうですね。人生においてはおひいさまのほうが頼りになる軍師となられるかもしれません。戦略には疎いですが、豊かな人生がどんなものか、細胞レベルで知っています」
「違いない。ここで見捨てて今晩の夢見が悪くなるよりも、軽く運動してぐっすり寝る道を選ぶよ」
と言うと俺たちは荷物をそのままに「音」のする方向へ向かった。
「面白かった」
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