仲良きことは美しきかな
南方戦線に旅立つ前にかなり手間取ったが、それでも出立の日はやってくる。
ただ俺自身は特にやることはなかった。
新兵の訓練はヴィクトールとナインが。
兵站の準備はシスレイアがしてくれた。
特にシスレイアは有能で、俺に口を出させる余地はなかった。
兵糧の準備、それの輸送ルートの確保、万が一の際の別ルートの選定、すべて完璧にこなす。兵に配備される武具や火器の準備も適切にこなし、有能であるところを示す。
いくさとはとかく、戦闘が重視されがちであるが、実はいくさをする前の準備で勝敗は決まっているとさえいえる。
少なくとも勝ち負けの「負け」は色濃く反映される。
兵士たちの真新しい武具、それに服装を見ると、少なくとも負け戦確実ということはないだろう。
あとは俺自身の作戦能力にすべて掛かっているのだが、その前に姫様の館におもむき、「彼女」を迎えに行かなければいけない。
彼女とはシスレイアではなく、そのメイドを勤めるクロエなのだが。
俺はクロエのもとへまっすぐ向かうと、彼女に先日の件、つまり、バナの森に着いてきてくれる気があるか尋ねた。
逡巡する彼女に重ねて請う。
「君の力が必要なんだ、付いてきてくれ」
「夜のお世話のほうが必要なんですか?」
と茶化すのは、稀に俺が際どいジョークを言う意趣返しだろう。軽く反省すると首を横に振る。
「先日も言ったが、南方にバナの森が広がっている。その森は広大で、太古の呪いも掛けられているんだ。その呪いに詳しい人物を連れて行きたい」
「それだけですか?」
「君がドオル族の少女であることも理由のひとつだが」
「族長の説得に協力してもらいたい、と?」
「そういうことだ」
クロエは「ふうむ……」と、あごをさする。
「……おひいさまの下僕である私としてはレオン様の願いを断る理由などないのですが、ひとつだけ問題がありまして」
「問題とは?」
軽く聞き返すと、彼女は満面の笑みで言った。
「わたし、バナの森もドオル族の人たちも大嫌いなんです」
にこり、という擬音が付きそうなほどの会心の笑顔だったので、思わず聞き逃してしまいそうになったが、クロエの表情に人を騙そうとする成分はなかった。
(……なるほど、色々と事情が複雑そうだ)
そんな感想を抱いたが、それでもクロエには付いてきてもらう。バナの森を案内してくれる知り合いは彼女くらいしかいなかったのだ。
無論、彼女は付いてきてくれる。姫様が広大なバナの森で迷うのは彼女にとっても不都合なのだろう。
ただ、クロエは言う。
「案内まではいたしますが、頑固なドオル族を動かすのは不可能に近いです。それでも構いませんか?」
「構わないよ。説得は俺と姫様の仕事だ」
「なるほど、分かりました。それでは旅立ちの準備をしてきます」
と自室へ戻るが、四〇秒で戻ってきた。
俺ではないのだから準備が早すぎる。女性はもっと掛かるものだろう、と尋ねると彼女は平然と言い放つ。
「メイドの正装はメイド服です。服を選ぶ時間がないので早いです。それに私はいつでもおひいさまのお供をできるよう、旅行鞄に旅行用の道具を詰めています」
「なるほど、合理的なメイドさんだ」
そう褒め称えるとそのまま館を出て、出立する。
天秤師団の連中と合流するとシスレイア姫は微笑む。
「まさか、クロエと一緒に遠征する日がやってくるとは思いませんでした」
「私もです。長生きはするものですね、おひいさま」
花々が風に舞うような笑顔を浮かべる女性陣。なかなか絵になる光景だが、男性陣はうざったい。
「お姫様の侍女を口説いてくるとは、さすがエルニア一の色男」
「五月蠅い。そういうんじゃないよ」
それに追随するものもいる。
「なにか深慮遠謀があるのは分かるが、戦場に女連れというのもなあ」
ナインの言葉は正論ではあるが、クロエは普通の女性ではない。
ドオル族の女戦士なのである。
少なくともか弱いという要素はなく、足手まといという言葉とも無縁だろう。
と説明をしたが、イマイチ納得いっていないようだ。
そりゃそうか。
クロエという少女を見て、「無双」とか「武芸」とかいう単語を思い浮かべるやつはよほどの変わり者か慧眼のものとなる。
かくいう俺も何度か彼女の戦闘技能を目の前にし、助けられていなければ、一介のメイドさんという感想しか持たなかったであろう。
というわけで至極当然の感想なのだが、ふたりにはちゃんとクロエがドオル族の戦士であり、今回の作戦に欠かせない人材であると伝える。
「この可憐なお嬢ちゃんがねえ、人は見た目に寄らないものだ」
という感想を頂くと、そのまま軍を動かす。
ちなみにクロエは姫様の馬に乗ってもらう。
馬に乗れないわけではないらしいが、それほど得意でもないらしい。
普段は姫様と馬車移動をするし、エルニアの王都にやってきて以来、馬車移動になれてしまったようだ。
「おひいさまといるとドアトゥドアの生活に慣れてしまいます。いけませんね」
自嘲気味に言うが、姫様は気にしていないようだ。
「大好きなクロエと密着できて嬉しいです」
本当に嬉しそうに言った。
仲良きことは美しきかな――。




