従卒
尉官、つまり少尉から大尉と、佐官には大きな違いがある。
尉官は小隊や中隊規模までの指揮権、佐官は大隊から連隊までの指揮権を要しているのである。また佐官になれば旅団を任されることもある。
要は指揮できる兵士の規模が増えるのだが、それだけでなく役得もある。
佐官になると従卒が着くこともあるのだ。
従卒とは士官や将官の身の回りを世話する下士官のことである。
曹長や伍長が選ばれるが、士官学校に通っているものを伍長待遇で雇うこともある。
というわけで俺にもさっそく従卒が配属されたのだが、配属された従卒は「可愛らしさ」や「可憐さ」とは無縁の男だった。
いかにも無骨めいた男で、花崗岩をくり抜いて作ったような顔をしていた。
およそ軍人以外の職業を想像できない男であるが、事実彼は軍人であった。
選ばれた理由は上司の窮地を救える武力を基準にしたらしいが、この男、忠誠心過多というか、やる気がありすぎるというか、俺を閉口させるのが得意であった。
そもそも出逢いからして暑苦しい。
「小官の名は、ブルマッシュ伍長と言います! 以後お見知りおきを!」
ツバと汗がかかりそうな勢いだった。
仕事も熱心すぎた。
朝、軍の宿舎で起き、扉を開けると目の前に彼がいる。
夜、寝る前に扉を開けると彼がいる。
昼、なにげなく食堂から外を見ると彼がいた。
東方の仁王像のように常にこちらを睨んでいるのだ。熱視線を送ってくるのだ。
悪気はないのはすぐに分かったが、俺を警護しようとトイレにまで着いてきたので、さすがに閉口していた口をこじ開けた。
「ブルマッシュ伍長、お前、クビ」
「な、なんでですか?」
ブルマッシュは驚愕を隠さない。大男のくせに冷や汗を掻いている。
「一言でいうとうざいし、暑苦しいから」
あと横で並んで小便をすると、なにが小さく見える、と軍隊らしい下品な冗談を飛ばすが、彼は笑ってくれなかった。
「俺はレオン中佐のことを尊敬しているんです。なにとぞ、側に置いてください」
なんでも俺の初陣の頃から俺のことを見ていたらしいが、記憶にない。
しかし、そのような物言いをされると多少、情のようなものも湧いてくる。
それにただ首と言っても納得しないように思われたので一計をはかる。
「てゆうか、ブルマッシュ伍長、お前は俺の護衛役として配属されたんだよな?」
「身の回りの世話もしますが、基本的にはそうです」
掃除洗濯は得意なんですよ、と腕をまくし上げる。
たしかに俺の部屋はとても綺麗だ。俺がいない間に彼が綺麗に清掃してくれるからだ。
ローブもすべて丁寧に洗濯し、のり付けまでしてくれる。
そしておそらく、護衛としての能力も高いだろう。筋骨隆々の身体は明らかに強そうだ。
「掃除洗濯の能力は認めるが、正直そんなのはいらん」
「なぜです」
「独身が長いからな。自分の世話くらい自分でできるんだ」
「ローブ、皺だらけでしたよ」
「あれでいいんだよ」
「女性に好かれません」
「好かれる気もないよ」
「では護衛として」
「護衛も不要なんだよな」
と言うと軍の宿舎を出る。
ブルマッシュは黙って俺の後を付いてくる。愛用のフレイルを手放さない。
俺は宿舎の庭に出ると、庭にある木を見る。
「ブルマッシュ伍長、あそこにある大きな木は見えるか?」
「はい、樫の木ですね」
「そうだ。あれを砕けるか?」
「折るのですか? 可能ですが、宿舎長に怒られるのでは」
「大丈夫だ、根に虫が巣くっているらしい。どのみち伐採しないといけない」
「分かりました」
ブルマッシュはそう言うとフレイルに力を込める。筋肉が隆起し、軍服が盛り上がる。
気合い値が最大になった彼は、「ふんっ!」とフレイルを振り回すが、鎖に繋がった球状の物体は目にも止まらぬ速さで木をへし折る。
「ずごっ」という音を上げ、巨木にめり込む。
めきめきという音を上げると、崩れ落ちていく巨木。
その様は巨人が焼き菓子を噛み砕くかのようであった。雄々しいまでに勇壮であったが、俺は彼の力に満足していなかった。
そのことを言葉にすると、彼は表情を変え、なぜです? と詰め寄ってくる。
その暑苦しいところだよ、と言いたいところであるが、真実を告げる。
「俺の護衛をするには実力不足だからだよ」
「ご命令通り、巨木をへし折ったではありませんか」
「俺はへし折れなんて言っていない。砕け、と言ったんだぜ」
そう言うと折れた巨木を見つめる。
「砕く……?」
「そうだ。砕くんだ。少し芸を見せてやろう」
「芸ですか?」
ブルマッシュがそうつぶやくと、俺は親指の上に小さな魔力の塊を作る。
「これは《指弾》と呼ばれる魔法だ」
「指弾?」
「初級の魔法だな。魔力を小さな球に固めて放つんだ。殺傷能力が低いから、模擬戦などに使われる。あるいは相手を殺したくないときやナメプのときも」
「なるほど」
「しかし、最弱の《指弾》魔法も使い方によっては強力だ。今からそれをみせる」
と言うと俺は指に指弾を作りながら説明する。
「……通常、指弾の魔法は一個しか作らない。同じ魔法を何個も同時に使うのは面倒だし、そもそもそんなことをするなら《火球》の魔法でも極めた方が強いからだ」
「…………」
「しかし、それではつまらないからと魔術学院に通っていたとき、指弾の研究をした。その結果俺は指弾を同時に一〇二四個作れる」
「……せ、一〇二四個?」
驚愕の表情を浮かべるブルマッシュ。魔術に疎い彼でもその数字に度肝を抜かれるようだ。
「今日は面倒だし、木を砕くだけならば二五六個でいいかな……」
そう言うと手のひらに二五六個の指弾を作ると、それをブルマッシュにみせる。
手のひらの上に浮かび上がる二五六個の指弾はなかなかに力強かった。
「……ごくり」
生唾を飲むブルマッシュに見せつける。
「ブルマッシュ、ショットガンって知っているか?」
「無論知っています。自分は軍人ですから。散弾銃のことですよね」
「そうだ。散弾は小さな弾を広範囲に散らせる。射程距離は短くなるが、命中力と破壊力に優れる。俺の指弾は散弾からヒントを得ているんだ」
そう言うと自身で考えたオリジナルネームを口にする。
「散指弾!!」
そう叫ぶと手のひらの上にあった指弾が一斉に解き放たれ、折れた巨木に向かう。
散布するように巨木に広がった指弾、その威力は凄まじく、巨木を木片に変える。
文字通り、巨木を木っ端微塵にしたのだ。
それを見たブルマッシュは、巨体に似合わぬ声を漏らす。
「……すごい。これがアルマーシュ中佐の力」
俺の散指弾を見たブルマッシュ伍長の感想であるが、その感想は的を射ている。
ブルマッシュは俺に護衛が不要と分かると、敬礼をし、一兵士となる。
その後、彼は勇敢な下士官として名を馳せ、別のものが俺の従卒になるのだが、それはまた別の話――。
今、俺が集中しなければいけないのはエルニアの南方だった。




