タイタン攻略
このようにして軍の上層部から死刑宣告代わりに無茶な命令を仰せ使った俺たち天秤師団。宮仕えのものは上司に逆らえない。
「公務員のいいところは給料の遅延がないところくらいだな」
魔術学院を卒業してから、民間会社に勤めたことはないので、民間には民間の苦労もあることを知らない俺は適当な愚痴を叩くと、さっそく幹部連中を召集した。
天秤師団はシスレイア姫を頂点に完全なトップダウン――、ということになっているので彼女の口から概要を発表してもらう。
ヴィクトール以外の幹部連中は概要を聞いた瞬間青ざめる。
当然だ。たったの一師団でタイタン部隊を撃破しろなど、自殺をしろといっているようなものだ。もしもこの場で動揺していないものがいれば俺はそいつの精神と能力を疑う。無能ものの烙印を押し、さっさと天秤師団から消え去ってもらう。
幸いなことにこの師団には無能なものも異常者もいなかった。誰ひとり退出させずに済む。
ただ、彼らを安心させるのも俺の仕事だった。
姫様に魔法で耳打ちをする。
彼女はこくりとうなずくと、彼らに説明する。
「アストリア帝国のタイタン部隊は最強です。無敵と言っていいでしょう。しかし、古来より無敵と呼ばれた軍隊は必ず破れます。それはなぜか分かりますか?」
士官たちに問うが、誰も返事することはできない。
「理由は単純です。最強だからです。最強の軍隊というものは慢心します。己の力を過信し、敵軍に虚を与えます」
「我らはその虚を突くのですか?」
「その通りです」
「側面を突くのでしょうが、それだけで倒せるでしょうか?」
当然の疑問であるが、姫は流麗に答える。
「倒せます。倒してみせます。わたくしには秘策があります。それに従ってくれれば」
その言葉は自信にみなぎっていた。俺への信頼だろうが、士官たちには頼もしく見えるようだ。それでいい。あくまで俺は影の軍師、表に立つのは姫様でよかった。
姫様はわずかな手兵で難攻不落の要塞を落とした実績、悪魔に魂を売った兄を倒した実績もある、と士官たちからは思われている。名将として崇拝されているのだ。そのような姫将軍が自信たっぷりに言えば彼らも信頼してくれるというもの。
このようにしてタイタン部隊討伐の準備は調ったが、軍議の終わり間際、ヴィクトールが声を掛けてくる。
「てゆうか、レオンよ、お前は余裕綽々みたいだけど、俺は不安でしょうがないぜ」
「だろうな」
「でもお前のことだからなんかいい策があるんだろう」
「ない」
きっぱり言うとヴィクトールは青ざめる。
「ちょ、待てよ」
俺の肩を掴むが、そんなことをされてもないものはなかった。
「俺が自信満々にしていないと姫様が心配するだろう」
「たしかにそうだが」
「だがまあ、本当に無策なわけじゃない。今、タイタン部隊はエルニアの南方の都市を攻略中だよな」
「ああ」
「そこの近くに大森林があるのを知っているか」
「知っている。バナの大森林だろう」
「そこにドオル族と呼ばれているものたちが住んでいる」
「ドオル族ってあれか、世界各地で傭兵として重宝されている戦闘民族の」
「そうだな。主要な産業は傭兵派遣業と呼ばれているから、戦いに長けている」
「ああ、なんでもひとりで三〇人を倒すこともあるとか。あと男は角が生えてるんだっけ」
「ああ、だから鬼の末裔と呼ばれている」
「鬼?」
「東方に伝わる悪魔のことだ」
「ほう、てゆうか、そのドオル族を仲間に付けるってわけか」
「ああ、タイタン部隊もまさか大森林の中を突っ切ってきて挟撃されるとは思わないだろう。それにドオル族ならば巨人とて対抗できる」
「たしかにそうだが、どうやってドオル族を動かす。やつらは金でしか動かないのだろう。部族ごと動かしたらいくら掛かるか」
たしかにドオル族すべてを買収したら、師団の会計係は顔を青ざめさせるだろう。それにバナの大森林に残っているドオル族は頑固者のはずだ。金で動くような連中はすでに各国で傭兵をやっている。
ヴィクトールは心配するが、その杞憂を振り払ってやる。
「安心しろ、実はこの師団にはドオル族の関係者がいる」
「なんだと? うちにドオル族の傭兵などいたか?」
「傭兵じゃない。それに正確には師団員でもない。ただのメイドさんだ」
「ただのメイド?」
と言うと先ほど士官たちにお茶を配っていた麗しいメイド長を見るヴィクトール。
その視線に気が付いたクロエはにこりと微笑み返す。
「まさかあのお嬢ちゃんがドオル族なのか」
「ドオル族の女には角がない。見た目はほとんど人間と変わらない」
「だがあんなに愛らしいとはなあ」
「ドオル族の娘は美人で有名らしいぞ。それにクロエはドオル族の娘らしく力持ちだ」
と言うと士官たちが立ち去った部屋で椅子をまとめている。ひょいとひとりで五脚は持ち上げていた。
ヴィクトールは率直な感想を述べる。
「へえ、人は見た目によらないもんだ」
「腕相撲をしてもお前に勝つかもな。それに彼女の懐中時計は岩をも砕く」
「見てみたいものだ」
「そのうちチャンスは訪れる」
と返すとクロエを呼ぶ。
「クロエ、クロエ」
二度ほど彼女の名前を連呼すると、彼女はうやうやしくやってくる。
「なんでございましょうか。レオン様」
「いや、今の軍議の話なんだが」
「私はメイドです。軍属ではないので聞かないようにしていました」
「メイドさんの鑑だな」
「ありがとうございます」
「ならばかいつまんで説明するが、俺たちは王都南方に展開しているタイタン部隊を駆逐する」
「天秤師団だけでですか?」
「ああ」
「それは難しいかと」
麗しのメイドさんも正常な感覚を持っているようだ。
「まあ、その辺はなんとかするんだが、なんとかするにはバナの大森林に住まうドオル族の力を借りたい」
「…………」
沈黙するクロエ。一瞬、愁いに満ちた顔をする。
「つまり私にバナの大森林への道案内をしろと?」
「そういうことだ。無論、君は軍属ではないし、戦えとは言わない」
「この懐中時計さえあれば巨人の頭蓋骨でさえ砕けます」
「だろうが、君の繊細な指はおひいさまの紅茶をいれるために使ってくれ」
「……分かりました。と言いたいところですが、少しだけ考えさせてください」
なにか思うところがあるのだろう、と思った俺は、出立するまで十分考えてくれと彼女に言った。彼女はにこりと頭を下げる。
軍の編成に入る。
師団の規模は二〇〇〇まで膨れ上がっていた。
やっと増員して貰えたのである。しかし、まだ装備が貧弱だったり、老兵や新兵が多かった。つまり訓練や工夫をしなければものの役にも立たないのである。
タイタン部隊討伐に旅立つまでまだ数日ある。その短い間で彼らを鍛えねばならなかった。




