サン・エルフシズム新聞
サン・エルフシズム新聞に王太子のケーリッヒ死亡のニュースが掲載されたのは、その日の夕刊であった。
「ケーリッヒ殿下薨去」
大きな見出しに死因が書かれていたが、死因は病死としか書かれていなかった。
姫様の館の談話室で大きく新聞を広げている大柄な男――、ヴィクトール少尉は新聞を広げながら溜め息をついている。
「本当の死因を発表しないのはジャーナリズムとしてどうかと思う」
その問いよりも、筋骨隆々なお前が新聞を読んでいる姿のほうが奇異に映る、と言うと、彼は「余計なお世話だ」とへそを曲げた。
シスレイアにも軽くお叱りを受ける。
「レオン様、人を見た目で判断されてはいけません。ヴィクトール少尉は意外とインテリなのですよ」
「……インテリね」
トゥスポと呼ばれるゴシップ誌のエロ記事が大好きな男のどこがインテリなのかと思ったが、姫様に反論する気は起きなかったので、ヴィクトールに解説をしてやる。
「お前はジャーナリズムの公平性、真実性に難癖を付けたが、この記事は俺らにとってとてもいいものなんだぜ」
「と言うと?」
「この記事は俺らが無罪放免になることを示している」
怪訝な表情をするインテリ様に説明をする。
「現在、俺たちは処分保留で謹慎中だよな」
「だな」
「理由は?」
「王太子ケーリッヒ殺害容疑」
「しかし、この新聞では病死とある」
「あ……」
「つまりそういうことだよ。王国上層部は今回の事件を秘密裏に処理してくれるようだ」
「どうしてだ?」
「そりゃ、王太子が家臣に殺害されたなんて書けないからさ。王族殺害は大罪だ」
「そらそうだ」
「しかし、今回ばかりは俺たちのことを世に晒すわけにはいかない。なぜならば俺たちを捕縛し、裁判に掛ければケーリッヒの悪事が世に露見するからだ」
「まあな、やつが今までやってきたこと、炭鉱街でしてきたことが世間にばれたら、王室の権威に関わるよな」
ヴィクトールが言うとシスレイアは真剣な表情でうなずく。
「しかも兄ケーリッヒは終焉教団の邪器を使って悪魔化までした。聖教会に属する諸王同盟の一員であるエルニア王国としては看過できなかったのでしょう」
冷静に分析するが、わずかに声が沈んでいる。悪党とはいえ血縁を殺す罪悪感からは逃れられないようだ。だがそれでいい。俺は彼女のその優しさに惚れたのだ。ただ、この世界の厄介ごと、不条理はすべて俺が背負うつもりでいた。
なので新聞を畳むと総括する。
「一言でまとめると俺たちは無罪放免だ。ケーリッヒは病死、やつは悪魔化しなかった。世間ではそうなっている。つまりやつを殺した犯人など存在してはならないわけだ」
「なるほどな、運がいいな、おれたちは」
「だな、最悪、姫様を担いで帝国に亡命しなければならなかったかもしれない。それを思えば幸せだよ、おれたちは」
「だな、ただ、完全に無罪放免というわけにはいかないが」
「というと? 奉仕活動でもさせられるのか?」
「そうじゃないが、似たようなものだ」
と言うとこの国の陸軍総司令官の署名が書かれた命令書を忌々しく見つめる。
まったく、面倒な命令だ、とヴィクトールに見せる。
「ん? なんだこの命令書は?」
「公的には罰せないから、回りくどく俺たちを消したいのだろう」
総司令官殿の心の内を忖度する。
命令書の内容を見てヴィクトールはぎょっとする。
「おいおい、こりゃなんだ。安楽死の処方箋か」
「一三階段へのホップステップジャンプの教練書かもな」
と言うとシスレイアが指令書を覗き込む。
彼女は蒼白になりながら指令書の内容を読み上げる。
「一ヶ月以内にアストリア帝国の巨人部隊を殲滅せよ」
シスレイアはそう言った後に絶句する。
ヴィクトール少尉も、メイドのクロエも、似たような顔をしている。
この場で冷静というか、のんきな表情をしているのは俺くらいではなかろうか。
まあ、俺のほうが異端なんだが。
彼ら彼女らが驚くのは当然だ。アストリア帝国のタイタン部隊といえば泣く子も黙る精鋭部隊である。彼らは巨人のように強い連中ではなく、本当に巨人で構成された部隊なのだ。
一つ目の巨人サイクロプス、丘の巨人ヒル・ジャイアント、炎の巨人ファイアジャイアント、多種多様な巨人で構成されているのがタイタン部隊であった。
「……タイタン部隊を一師団で壊滅させろって、上層部はとち狂ってるのか。以前、旅団ひとつで要塞を落とせといわれたときよりもひどいぞ」
「タイタン部隊は帝国最強の部隊の呼び名もあると聞きます」
シスレイアは一際深刻そうに言う。
「だろうな。普通の人間の三倍はあろうかという巨人たちで作られたエリート部隊だ。そう簡単には倒せないだろう」
「そう簡単どころか一師団では不可能だろう。おれたちの部隊は戦略級魔術師も配属されていないんだぞ」
「ここにひとり、戦略級魔術師がいる。あと準戦略級もな」
俺と先日入ったナイン・スナイプスのことだが、たったふたりの魔術師で戦局を覆すほど甘くはないだろう。そんなことは自分でも承知していた。なのでヴィクトールの心配はもっともなことだが、この空間には俺のファンがいる。――いや、俺の信者か。彼女は先ほどから真剣な表情をしているが、その瞳は希望に満ちていた。
彼女はその希望を言語化する。
「レオン様ならば必ず勝ちます、タイタン部隊をも駆逐するでしょう」
「信頼は有り難いが、過信はしないでくれ。もはやそれは信頼ではなく信仰だ」
その言葉を聞いてシスレイアは反省することなく、にこりと笑う。
「わたくしにとってレオン様は神様と変わりません。己が信じる神を信奉するのはそんなに変でしょうか?」
「そんなこといわないでくれ、自分が偉いやつだと勘違いしてしまう」
冗談めかして笑うが、笑いに答えてくれたのはメイドのクロエと、ヴィクトール少尉だけだった。シスレイアはいつまでも俺を尊敬のまなざしで見つめてくれた。




