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ナイン入隊

 オクタヴィアが気絶すると、俺たちは元の世界に戻る。


 彼女が作り上げた異空間は魔力の供給を断たれると消え去るようになっているようだ。


 ナインは自分よりも大柄(というか彼が小柄すぎるのか)のオクタヴィアをひょいとお姫様抱っこすると医務室へ連れていく。


 そこで治療を受けさせるが、電撃によってダメージは受けていないようだ。あくまで気絶させるためだけに電撃を加えたようである。ナインの優しさを改めて痛感したが、それを言語化しても彼の心は癒やされることはないだろう。


 なぜならば彼の想い人だった図書館司書は、これから当局に行き、罪を償わなければならないのだから。


 そのことを口にすると、シスレイアは悲しそうな瞳をする。


「……このことを黙っているわけにはいかないのでしょうか」


「いかない」


 即答するが、彼女も理性では承知しているようだ。


「法に背いたことは変わらないし、彼女は罪を償わなければいけない」


「……ですよね」


「しかし、彼女の思いを成就してやることはできる」


「え? どういうことですか」


「彼女は自分の夫の灼熱病を治すため、今回の犯行に及んだ」


「はい、それは知っています」


「ならばせめて彼女の願いくらい叶えてやるのがせめてもの情けってものだろう」


「レオン様が?」


「ああ、ただし、君にも協力してもらう。おもに財力の面で」


「はい、レオン様のためならば家財を売り払います」


「そこまで金は掛からないが、まあ、色々と頼むよ」


 そう言うと俺はシスレイアに背を向け、準備に取りかかった。



 後日、当局に逮捕され、尋問を受ける身となったオクタヴィア。

 オクタヴィアは一連の犯行をあっさりと認め、一生を掛けて償うことを約束した。

 ただ、なぜ自分が貴重な魔術書を燃やしたのか、動機を口にすることはなかった。


 当局もオクタヴィアから動機を聞き出せないと分かると、裁判に掛ける資料集めに入った。おそらくではあるが、有罪が確定すれば三年は刑務所で暮らすことになるだろう。


 そうなれば夫と会うことはかなわないだろう。

 夫は灼熱病なのだ。三年どころか、三ヶ月後の命も怪しいものだった。


 自分が夫のためにそのような犯行に及んだと判明すれば、夫は深く傷付くだろう。だから今回のことはすべて夫には内密に処理するようにかつての教え子であるナインに頼み込んだ。


 自分は急用――、遠方の魔術師ギルドに勤めることになった、そう言ってもらった。ナインは快く引き受けてくれたが、ひとつだけ条件を提示された。


「先生、俺が先生の夫に嘘をつくから、ひとつだけ真実を教えてくれ。魔術書を焼いて手に入れた灰は今、どこにあるんだ?」


「…………」


 最初、オクタヴィアは沈黙したが、すぐに場所を教えた。当局に黙っていたのは今回の動機を悟らせないためであり、灰が有効活用できない今、灰の処理などどうでもいいことであった。


 魔術師ギルドの図書館の地下室の奥、書棚の裏にあると告白した。

 俺はそれを取りに行くと、シスレイアの財力で手に入れた魔術書を取り出す。


「灼熱病を治すには、四種類の火の魔術書と、フェニックスの砂肝が必要なんだ」


「クロエに言いつけて四種類目の魔術書を用意しました」


「かなりお金が掛かっただろう」


「それは気にしないでくださいまし。それよりもレオン様の心情をお察しします」


「と言うと?」


「司書が本を焼くのは堪えるものがあるでしょう」


「…………」


 その通りだが、同意する必要はないだろう。無言のまま用意された魔術書に着火の魔法を加える。火系統の魔術書は燃えやすく、すぐに火が付いた。


 あっという間に燃え上がると、そのまま灰となる。灰をすぐにかき集めると、オクタヴィアが集めた灰と混合し、フェニックスの砂肝をまぶして、霊薬を作る。


 赤褐色に輝く霊薬を作ると、それをナインに渡す。


 ナインは心を震わせながらそれを受け取ると、まっすぐにオクタヴィアの夫のところへ向かった。


「……大好きだった人の夫のところへ向かうというのはどういう気分なのでしょうか」


「自分の惚れた女を大切にしてくれる人だ、っていう感慨が浮かぶはずだよ」


「……なるほど」


 シスレイアは納得したようだが、メイドのクロエはそうではないようだ。

 軽く怒り気味にいう。


「おひいさまとレオン様の頼み事ですから、魔術書を調達しましたが、クロエとしては納得いきません」


「どう納得いかないんだ?」


「だってオクタヴィアという司書は、昔の教え子をはめようとした女ですよ? 純粋な少年の心を弄んだ女です」


「魔術書を焼いた罪を押しつけようとしたことを指しているのかな」


「そうです。酷いです」


「なるほど、たしかにそういう見方もできるな。事実、本人もその辺は説明していないみたいだし」


「他に解釈がある、ということですか?」


 シスレイアが尋ねてくる。

 

「さてね、俺ならばもっと上手くナインのやつに罪を着せられたってことさ。彼女はなぜ、もっと強硬にナインが犯人だと主張して彼を捕縛させなかったのか、気になるだけだ」


「…………」

「…………」


 俺が推論を述べるとふたりは沈黙する。


「というわけだ。ま、これはあくまで俺の推測だけどね。いくら考えても仕方ない」



 そう断言すると、俺たちはナインが帰ってくるのを待った。


 ナイン・スナイプスはきっかり三時間後に戻ってきた。オクタヴィアの夫に霊薬を投与し、回復の兆しを確認したら即座に獄中のオクタヴィアに報告したようだ。その足で姫様の館にやってきた。彼は軍服の上に魔術師のローブを着込んでいる。従軍魔術師としての正装でやってきた。


 彼は大仰に敬礼のポーズを取ると、深々と頭を下げた。


「レオンの兄貴。いえ、レオン・フォン・アルマーシュ大尉には一生掛かっても返せない恩義を受けました。その恩義を返すため、是非、オレを天秤師団に入れてください」


「恩義なんて感じる必要はないさ、と格好つけることは無理だ。なぜならば俺は姫様のために働いているからだ」


「つまり姫様に忠誠を誓えということですね」


「そうだな。俺が戦死しても彼女を支えてやってほしい」


 分かりました、にかっと表情を作ると、ナインはシスレイア姫の元へ振り返り、敬礼をする。魔術師のくせになかなか決まった敬礼をしていた。少なくとも俺よりは上手い。


 このようにして姫様は最強の炎使いの従軍魔術師を得た。


 先ほども述べたが、ナインならば例え俺が死んでも姫様を守ってくれるだろう。

 彼の男気は誰よりも俺が知っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 作者さん、更新はお疲れ様です! 何という不毛な戦いですね。。。 もし法律が本当にそこまで神聖視をされたら、そもそもこの物語展開の自体が有り得ないだと思いますが。 まぁ、魔法精鋭を手に入れたの…
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