オクタヴィアの正体
夢馬と呼ばれる魔獣二体を倒した。
異空間だからだろうか、死体もすぐに消えたが、問題なのはその魔獣を誰が召喚し、使役していたかである。
ナインも同じことを考えているようで、巨馬との戦闘で破れた衣服を取り繕いながら言った。
「てゆうか、あんな強力な魔獣を使役するってことはそれなりの魔術師なんだろうな」
「おそらくは。少なくともマスター級だろうな」
「マスター級?」
首をかしげるシスレイア。
「ああ、つい魔術用語を使ってしまったな。マスター級ってのは、要は弟子を取り、人に教えられるくらいの魔術師ってことだ」
「なるほど、つまりお師匠様ということですね」
「そういうことだ――」
と言うと俺の言葉はそこで止まる。
シスレイアの思わぬ言葉で改めて犯人像が明確になったのだ。
(……やはり、魔術書を燃やし、この異空間を作ったのはあの人か)
そう結論すると同時に、ナインの身体が燃え上がっていることに気が付く。
どうやら敵が現れたようだ。
ナインは感情を高ぶらせながら言った。
「オクタヴィア先生!!」
ナインの視線の先には、黒い影の化け物に縛られている女性がいた。
魔術の縄を用いて縛られているようで、苦悶の表情を浮かべている。
俺は軽く、「女教師、苦悶の荒縄」という官能小説のタイトルを口にしたが、途中、横にシスレイアがいることを思い出し口をつぐむ。
その代わり、ナインが大声を張り上げる。
「貴様か!? 先生を誘拐し、オレたちをこの空間にいざなった悪魔は!?」
「…………」
黒い影は沈黙によって答えるが、近づけば殺す、という意思表示はする。身体の一部を鎌に変え、オクタヴィアの喉元に近づける。
「っく、先生を人質に。この卑劣漢が!!」
シスレイアも呼応する。
「女性を人質に取るとは看過できません! それに己の姿を影にして隠すのも気に入りません!」
シスレイアとナインは怒りを隠さない。
ただ、その姿を滑稽に思い笑うものがいた。
「はっはっは」
と異空間に響き渡る声。
その声の持ち主の名は、レオン・フォン・アルマーシュという。
つまり俺だった。
「レ、レオン様!?」
シスレイアは俺の気が狂ったのか心配そうにしている。
ナインは場違いな俺の笑いに怒りを覚えているようだ。
「レオンの兄貴よ。いくらあんただからって笑っていいときと悪いときがあるんだぜ」
その言葉に真摯に反応する。
「いや、そうか。そうだな、悪かった。しかし、あまりにも滑稽だったのでつい笑ってしまった」
「異空間に閉じ込められ、自分の恩師が閉じ込められたのに笑っていられるか」
「そうか、すまない。というか、お前、オクタヴィア女史のことが好きだったんだな」
「なっ!?」
顔を真っ赤にするナイン。
「ち、ちがっ。馬鹿、誰があんなおばはん」
「無理するなって、その態度で分かる。初恋の女性を人質に取られたら誰だって怒るよな」
「そうなのですか? ナインさんはオクタヴィアさんのことが好きだったんですか」
まあ、と口元を抑える。
「…………」
この期の及んで、ましてやこのような場所で隠し立てするいとまはない、そう思ったのだろう。ナインは頬を染め上げながら言う。
「……うっへー、ああ、そうだよ、そう。若気の至りってやつだよ。学生時代、俺はあのおばはんのことが好きだったんだよ」
その言葉を聞いたオクタヴィアの反応を見るが、彼女にさしたる反応は見られなかった。
ただ、わずかばかり表情に影が入ったような気がする。
それを見て俺の疑念は確信に変わったので、ナインのほうへ振り向くと、彼に謝る。
「…………」
深く頭を下げる俺を見てナインは真剣な表情になる。俺が茶化す気がないと分かったのだろう。俺がこれから重要なことを言おうとしているのを察してくれた。
なので俺はオクタヴィアに向かって話す。
「――というわけだ。あんたも元教師ならば、自分のことを好いて、こんなところまで助けに来てくれた元生徒に対し、虚心ではいられないだろう。いいかげん、芝居はやめてくれないか」
そう言うとオクタヴィアは明らかに身体をピクリとさせた。
やっと俺に視線を合わせ、唇を動かす。
「……いつから気が付いていたのですか」
「いいね、犯人と探偵の会話だ。ならば俺もお約束通りの言葉を言う。『最初から』だよ」
その言葉にシスレイアは混乱する。
「レオン様、どういうことですか?」
「そのままの意味さ。魔術書を焼き、ナインに罪をなすりつけようとし、俺たちをこの空間にいざなったのはこの女だ」
「なっ!?」
驚愕の表情が深まるシスレイア。ナインは悲痛に表情を曇らせている。
「そんな、なにを根拠にそのようなことを?」
「根拠はあるよ。それこそオクタヴィア女史が最初に言った言葉、それが疑惑の端緒だ」
俺は一同に彼女の言葉を反芻する。
一連の貴重な魔術書がなにものかによって消失させられたのです。『灰』を盗み出すために貴重な魔術書を焼くなんて信じられない。
それが彼女が最初に言った言葉である。
と説明すると、一同は数秒後に違和感に気が付く。
「……あ、灰……」
「正解だ。オクタヴィア女史は犯人の目的を最初から知っていたんだよ、だから俺は彼女を最初からマークしていた」
「しかし、それは彼女も調査して推察に至っていただけかも」
擁護気味に言うシスレイアに反論する。
「他にも根拠はある。燃やされる魔法書がなぜか火系統ばかりというのはそれらに執着すればナインに罪をかぶせられると思ったのだろう。他の魔術書に被害がないのは司書としてのプライドで、目当て以外の貴重な魔術書が消失することを恐れたんじゃないかな」
「…………」
オクタヴィアを見るが、彼女は小さな声で、
「……さすがは司書ね。なんでもお見通しか」
と言った。
「先生……」
うなだれるナイン。元教え子にオクタヴィアは告解する。
「そうよ。一連の犯行はすべて私が実行したの。私の夫は病気なの。不治の病でね。魔術書を素材にした霊薬を作らないとその命が危ないの」
「現在進行形ということはまだ材料がいるんだな」
「そうよ。最後の一冊を燃やして灰を手に入れようとしたらあなたたちがきたから。しかも、軍に捜査介入させると言うし、時間がなかったの」
「だから亜空間に放り込んで始末しようとしたのか」
「……戦闘不能にさせてしばらく亜空間にいてもらおうとしただけ」
「その割には手荒でしたね」とはシスレイアの言葉であるが、オクタヴィアの顔はよく見れば穏やかだった。おそらく、その言葉に嘘はないだろう。だから俺はこれ以上、彼女を傷つけたくなかった。
だから投降を彼女に勧めるが、彼女はそれに従ってはくれなかった。
「……レオン・フォン・アルマーシュ。それにナイン・スナイプス。申し訳ないけどそれはできない。私の夫は病気なの。『灼熱病』という病で今もベッドの上で苦しんでいるの。だから最後の魔術書を手に入れ、霊薬を完成させないと」
「そのために貴重な魔術書の原本が失われてもいいのか?」
「……夫を愛しているの」
それが免罪符となり得ないことを承知の上で彼女は言うと、己の周りに魔力をまとわせ、影の悪魔を使役し始めた。
どうやら戦闘になりそうである。
残念な気持ちになりながら、再び愛用の杖を握り直した。




