炎身
魔術ギルドの図書館の長の部屋は、魔術書の保管庫と同じフロアにある。
ただし、同じ階層の端と端に別れているので、それなりに歩くが。
「同じ階なのにそれなりに離れていますね」
俺と同じ感想を抱いた姫様に言う。
「図書館ってのは案外、広いんだよな。建物も広くて立派だ」
「エルニア王国は知を大切にする国柄です。こういった施設に出資は惜しみません」
「俺の職場である王立図書館も立派だしなあ」
他人事のように感想を漏らす。
「俺の同僚は建物よりもそこで働く職員に金を払ってくれと不平を言っているがな」
「……申し訳ありません。わたくしが女王になったら、お給金を上げます」
本当に申し訳なさそうに言うのでフォローする。
「ああ、気にしなくていいよ、それに今のは俺の同僚の言葉だ。俺自身は本好きだから、施設が充実するのも嬉しい」
事実である。本というやつはかさばるし、保管が難しいので必然的に建物が立派になるのである。
地震があっても本が無事なように造りが異様にしっかりしていたり、防火のために専用の鎮火設備が敷設されていたり、とにかく、金が掛かっている。
また、毎年のように増える新刊のため、潤沢にスペースを用意せねばならず、必然的に広くなるのは当然であった。
――当然であったが、それにしても広い。
そう思った俺であるが、とあることに気がつく。
先ほどと同じ本棚を見つけたのだ。
「……さっきと同じ本棚だな」
最初は同じものをあえて重複しておいているのかと思った。より多くの閲覧者に見てもらう処置かと思ったが、それは違うようだ。
三つ目の本棚を発見したとき、違和感が確信に変わる。
「……どうやらいつの間にか図書館じゃない場所に招待されたようだな」
「図書館ではない場所?」
シスレイアが周囲を見回したのは、違和感に気がついたからではなく、俺への信頼感ゆえだった。
「……なにが起こっているのでしょうか?」
「おそらくだが、俺たちをこころよく思わない魔術師によって異空間にいざなわれた」
「!?」
驚愕の表情を浮かべる一同。
「その魔術師とは誰なのですか?」
シスレイアは尋ねてくるが、その答えはいえない。
「証拠もなく犯人呼ばわりは嫌いでね」
「分かるわ」
と皮肉気味に首肯するナイン。
「ただ、まあ、例の放火犯であるのは間違いないかな」
「やはりそうなのですね」
「さすがに偶然すぎるからな」
「オクタヴィアさんも捕まっているのでしょうか?」
「可能性は高いんじゃないかな」
「それでは一刻も早く救出せねば」
「同意」
というわけでそのまま散開し、三人で周囲を調べ始めるが、やはりここは普通の本棚と違った。
「無限に回廊が広がっているようです」
「それに本棚の本は偽物だ。全部、白紙だぜ」
ぺらぺらとめくるナイン、背表紙のタイトル以外、なにも書かれていない。
「いえ、書かれているものは書かれていますね」
反対側の本棚には内容が書かれているものもいくつかあった。
「もしかしたらこの空間を作った魔術師が読んだか否かが関係しているのかもな」
「そうかもしれません。そうだと仮定すれば本の傾向から犯人を当てられるかも」
「さすがにそれは時間が掛かりそうだ」
本棚は無限に続いていた。
「たしかに面倒くさいよな」
「そうだな。俺たちの第一目標はこの空間からの脱出。それにオクタヴィア女史の救出だ」
「そうでした。ことの軽重を間違えてはいけませんね」
しかし、と彼女は続ける。
とナインは言うと手始めに右手に炎を作り始める。
それを本棚に投げつける。
そんなことをすれば大火事になる、と言いたかったが、ここは異空間、ナインが投げた炎は意外な反応を見せた。
本棚に当たった火球は、爆発はしたが、燃え広がることはなく、ぐにゃりと空間に穴を開けた。
「やるじゃないか、さすがは炎の魔術師」
「もっと褒めてくれ」
そううそぶくナインと共に開いた穴に入る。
するとそこは病院のような場所だった。
「……なんか、ホラー映画だな、誰もいない病院って」
「そうだな。てゆうか、これは術者と関係しているのだろうか」
「多くの場合は術者の心象風景を写しだしていることが多い」
「へー、犯人は看護婦か医者か?」
「患者という可能性もありますね」
「その家族かもな。その辺は分からない」
と片っ端から病室のドアを開ける。
ホラー小説ならば血みどろの手術室や臓腑が飛び散っている部屋が出てくるのだろうが、そんなことはなく、どの部屋も至って普通であった。
――ただし、危険がないわけではないが。
病室と思われる場所に、一匹の魔物が潜んでいた。
「あの異形の化け物はなんでしょうか? ……馬に似ていますが、馬ではありません」
「あれは夢魔だな」
「夢魔?」
「ナイトメアってやつだ。人の悪夢を好む趣味の悪い馬型の魔物だ」
「なるほど。しておとなしいのでしょうか?」
「おとなしければ戦闘を回避したいところだが、やつは発情期のようだぞ」
俺たちの存在に気がついた夢魔ナイトメアは、鼻息荒くこちらに振り返る。
筋肉がこわばり、血管が浮かび上がっている。
歯を見せ、涎が地面にしたたり落ちている。
どうやら俺たちを殺したくて仕方ないようだ。
「というわけで戦闘だ。姫様は下がっていてくれ」
「はい」
俺のことを信頼してくれているのだろう。素直に従ってくれる。
少し後ろに下がり、
「レオン様、それにナイン様、がんばれー!」
と声を上げてくれている。
その様子を見てナインは、「……天然だな、可愛いが」と、つぶやく。
「すべてにおいて同意だが、惚れるなよ」
「俺は年上好きなんだ」
そう言うとナインは体中に炎をまとわせる。《炎身》の魔法だ。
「……ほう」
と感心してしまったのは、なかなかに素晴らしい魔法だったからだ。
「普通の《炎身》じゃないな」
「俺のオリジナル魔素も入っている。炎の外周部が蒼いだろう」
「ああ、高温の証拠だ」
「それだけでなく、殺傷力も凄まじいぜ」
と言うと脱兎の勢いでナイトメアに向かう。
ナインはなんの躊躇もすることなく、ナイトメアの腹口に拳をめり込ませる。
その一撃にナイトメアは、いななきというよりも絶叫を上げた。
圧倒的一撃である。
これは俺の出番はないかな、と思っていると、病室の端に黒い穴が浮かび上がり、そこから二匹目の夢魔が現れた。
その光景をやれやれ、と見つめると俺は杖を握りしめた。




