赤髪の魔術師
「魔術師ギルド付属図書館?」
大きな目をぱちくりさせながらシスレイアは立てかけられた看板を見つめる。
不思議そうにしているお姫様に説明をする。
「魔術師ギルド付属図書館っていうのは魔術師ギルドが運営する図書館のことだ」
「いえ、それは知っていますが、魔術師ではないわたくしが入っても大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫、俺が魔術師ギルドの会員証を持っているから」
ぺらりと魔術師ギルドが発行する紋章を見せる。
「そういえばレオン様は宮廷魔術師でもありました」
「そうだ。まあ、身分証代わりに昔取ったやつだがね。会員としてはあまり活動していない。それでもたまにこうやって魔術師ギルド系の施設に潜り込むとき、役に立つ」
「レオン様が通われると言うことは、きっと楽しい施設なのでしょうね、ここも」
「そうだ。蔵書数は王立図書館には及ばないけど、その代わり魔術師しかいないから、静かなんだ」
「王立図書館はこの国に一定額の納税をしていれば誰でも入れますからね」
「ああ、そういった意味では民度が低くなる。しかし、ここにいるのは見ての通りインテリばかりだ」
周囲を見回すと、白髭の気難しそうな魔術師、有史以来洗濯したことがないような小汚いローブをまとった魔術師などがいる。当然、皆、ひとりで静かにしている。
「ここまで静かだとわたくしたちのしゃべり声が迷惑になるのでは?」
「ところがどっこいそうでもない。本を前にした魔術師の集中力は凄まじくてな。ちょっとやそっとじゃ乱れない」
と言うと走り回っている魔術師の使い魔をひょいと持ち上げ、もじゃもじゃ頭の魔術師の上に乗せる。
「まったく気がついていないだろう? それに鳥の巣みたいだ」
と言うとシスレイアは笑いをこらえる。
こらえるが、いけないことだとも承知しているので、「レオン様、いけませんよ」と釘を刺してくる。
「了解だ。ま、話を戻すが、魔術師はこれくらい集中しているし、そもそもこいつらは器用だからな、《遮音》の魔法を掛けるのがデフォルトだ」
「たしかによく見ると皆、魔力の薄いもやで守られていますね」
「音が遮断されているから、どんなに騒いでも気がつかないよ」
「それは嬉しいです。レオン様と色々お話したいです」
そんなことを言われてしまうと少し意識してしまうが、彼女が聞きたいのは俺のオススメ図書であった。
彼女は俺を魔術師として、軍師として評価してくれているが、図書館司書としても評価してくれているようだ。
「レオン様が選ばれる本ならばきっと面白いはず。わたくしを物語の世界に没入させてくれるはずです」
「うーん、それも過大評価かもな。そもそも本というのは人それぞれ好みがあるし」
と言いつつもまんざらではない俺は、すでに書架から何冊か本を手に取っている。
生き生きと本を選ぶ。
それを見ていたシスレイアはくすくすと笑う。
「やはりレオン様は生まれついての司書ですね。生き生きとしています。楽しそうです」
「それはあるかもな。少なくとも軍人よりは天職だ」
と言うと5冊ほど、シスレイア向けの本を手に取る。
その一冊一冊を説明する。
「これは世界に5人しかいない伝説の勇者のパーティーに、6人目の勇者が現れてしまう、というお話だ」
「まあ、それは興味深いですわ」
「ちなみにネタバレは好きか?」
「好きな読者っているのでしょうか」
「いないな。じゃあ、それ以上は話さないが、さらに大どんでん返しがあるのでとても面白い」
「それではこれを借りますわ」
「即断だな。まだ、1冊目だぞ」
「ですがレオン様が一番に薦めてくださったのですから、きっと一番に面白いはずです」
「ここは一度に三冊まで借りられるぞ」
「それは目移りしてしまいますが、本を読む時間が取れるかどうか……」
「姫様は天秤師団の事務仕事もやっているものな」
責任感の強いシスレイア姫は文官に任せておけばいい些事もすべて自分で抱え込んでしまう癖がある。よくないことなのだが注意しても改まることではないので指摘はしないが。
「……まあ、たしかに姫様は忙しいか。一冊だけでも読んでもらえるだけで嬉しいよ」
「はい。なるべく早く読んで感想をお話ししますね」
「そうだな。次のデートの楽しみにしておくか」
と言うと懐中時計を見る。
まだ夕食時まで時間があった。
クロエからは「美味しいレストランで食事をするまでがデートです」と念を押されているので、このまま解放するわけにもいかない。
それに俺は姫様の護衛も兼ねているから、彼女の館に、無事、送り届ける義務もあった。
というわけでしばらく時間を潰すため、俺の本も見繕う。
その旨を伝えると、
「王立図書館の司書様が他の図書館で本を借りるというのも変ですね」
とシスレイアは笑った。
「まったくもってその通りだけど、本は別腹というしな」
自分でも訳の分からない返しをしながら気になっていた本を探す。
自分の職場ではないので目当ての本を探すのに難儀する。ここの司書は独特の並べ方をしているので把握しづらい。
「……まったく、三流の司書だな」
と文句を垂れていると、
「まったく、その通りだぜ」
という同意の声が聞こえる。
「……ん? 今、なにか聞こえたような」
周囲を見回すが、なにも見えない。人っ子ひとり見えなかった。
「気のせいか……」
と、つぶやくと、不機嫌な声が下のほうから聞こえる。
「……おい、てめえ、わざとやっているだろう」
その不機嫌な声の主を見ると、彼は赤髪を震わせていた。
燃え上がるような色をした髪の少年がそこにいた。長髪の少年だ。
彼は魔術師のローブをまとっている。
ということは魔術師ギルドのメンバーだろうか。
そう問うとそれを肯定する赤髪の少年。
「ああ、そうだ。俺の名はナイン・スナイプス。魔術師ギルドに所属する魔術師だ」
と胸を張る。
チビのくせになんだか偉そうだ。と思うと少年はぎろりとこちらを見る。
「――今、チビのくせに偉そうだと思わなかったか?」
「まさか」
勘の鋭い少年である。
「おっと、申し遅れたが、俺の名はレオン。レオン・フォン・アルマーシュだ。宮廷魔術師兼宮廷図書館司書兼従軍魔術師もしている」
「へえ、すごいな、肩書きが一杯だ」
「どうも」
「横の美人はあんたのコレか?」
小指を立てる。
「まさか。上司だよ」
「べっぴんだな」
「それには同意だが、口説くなよ」
「まさか、オレは小柄な女性が好きなんだよ」
お前より小さいとなると幼女しかいないんじゃ……、という言葉を飲み込むと、なぜ、自分たちに声を掛けてきたか尋ねる。
「ああ、そうだった。ここの図書館って使いづらいよな。魔法言語を独自の順番に並べてるのが特に」
「だな。素直にアルファベット順でいいよな」
ナインは一通りこの図書館の司書の悪口を並び立てると、溜息を漏らしながらこんな提案をしてきた。
「レオンさんだっけ? あんた、本の目利きがすごいな。そこで頼みがあるんだが、オレと一緒に魔法書を探してくれないか?」
「魔法書? なんに使うんだ」
「そりゃ研究だろ、――と言いたいところだが、実は違ってね」
「言いたくないことか?」
「まあな」
ふむ、と己のあごに手を添え、 ナインの全身を眺める。
派手なローブと赤髪であること以外、ごく普通の魔術師のように見えた。
まだ少年で小生意気そうなところはあるが、少年とはそういうものだろう。謙虚さは歳と共に身につけるものだった。
なので、
「まあいい、ナイン少年、一緒に魔術書を探してやる。訳も聞かない」
その言葉を聞き、喜ぶかと思ったが、ナイン少年は目をつり上げる。
赤髪も逆立てて怒る。
「つーか、ものを頼む立場だから黙っていたが、オレは成人だ。もっと敬え!」
と言うとナインは魔術師ギルドの会員証を見せる。
(……まじかよ)
たしかにナインは立派な大人だった。というか俺の一個下だ。
姫様もそれを確かめ、目をぱちくりとさせている。
それがさらにナインを不機嫌にさせるが、言葉では彼の機嫌は直らないだろう。
そう思った俺は腕をまくし上げ、本職の図書館司書の実力を見せることにした。




