同じ格好でデート
エルニア王国の陸軍には制服はない。各自、好きな服を着ていいことになっている。
ただ、規律と世間体を気にする軍人たちは、自主的に軍服を作り、軍人めいた格好をするのが常だった。
かくいう姫様とて戦場では軍服っぽい格好をする。
先ほど軍事府のオフィスにいたということもあり、軍服めいた格好をしていた。
ちなみに今はクロエに着替えを手伝ってもらい、女の子っぽい格好をしている。町娘のような格好をしていた。
煌びやかなドレスを着ないのは、謹慎中ということもあるが、王族が目立つ格好をして街の外を歩いてもいいことがないからである。
姫様は有名人、救国の姫将軍として勇名をはせているのだ。
だからこのように質素な格好をし、人目を忍んでいるのだろう。
なかなかに配慮ある選択であるが、それに引き換え、俺の格好にはなんの工夫もなかった。
いつものローブ姿。それが今の格好だった。
一応、申し訳なく思ったので、ローブの端を持つと姫様に尋ねた。
「デートなのにこの格好はないか?」
「どういう意味ですか?」
「いや、いつも同じ格好で申し訳ないって意味さ」
「たしかにレオン様はそのローブがお好きですね、いつも同じデザインです」
「同じ服を何着も持っているんだ。毎朝、服を選ぶ時間を短縮できる」
「なるほど、合理的です」
と感心してくれるが、真似しようとは思わないようだ。ま、たしかにこの方式に共感してくれる女性はいないだろう。
「ま、俺の格好はともかく、姫様もそんな質素な服を持っているのな」
「よくクロエと一緒に街に散策するのです。ですので仕立屋さんに仕立ててもらっています」
「姫様も合理的だ。上に立つ立場の人間こそ、直接、市井の民の生活を見て、彼ら彼女らの不満をすくい上げないと」
「はい」
「君の兄上はそれが出来ていなかった。だから天誅がくだった」
「……はい」
「デートの初っぱなから不快にしてしまったかな」
「……いえ、いずれ話さなければいけないことですから」
彼女はそう言うとまっすぐな瞳を向けてくる。
「レオン様はわたくしを気遣ってくださっているのですね」
「……不器用ながらね」
「いえ、嬉しいです。――安心してください。気落ちはしていますが、絶望はしていません」
彼女は唇を噛みしめる。
「――兄に対して、ケーリッヒに対しては家族らしい感情を持っていませんでした。しかし、それでも実の兄、その死に虚心ではいられません。ですが、わたくしは兄の死よりもレオン様に申し訳ない気持ちで一杯です」
「俺に対し?」
「そうです。本来ならばわたくしが決着を付けないといけないことを、わたくしひとりで抱えないといけないことを代わりにさせてしまっています」
「そんなことはない。俺は姫様の軍師だ。姫様を支える決意をしている。だから姫様は支えられる覚悟をしてくれ」
「……レオン様」
彼女は目を潤ませると、言葉を詰まらせる。
兄ケーリッヒのことについてはもう触れません、と、これ以上、俺が思い悩まなくていいように言葉をくれる。
その言葉は有り難かったが、ただ、彼女の視線は俺の左手に注がれていた。
俺は茶化しながら、
「もうケーリッヒのことで思い煩わない、そう言ったばかりだが」
と笑った。
「……これ以上、兄のことでは思い悩みません。ですが、その左手を見るたび、わたくしは罪悪感にさいなまれます」
「姫様が責任を感じる必要はないさ」
そう言うと義手の左手を右手で掴み、装着感を確かめる。
「ですが、レオン様はわたくしごときのために、大切な身体の一部を失いました」
「ごとき? 姫様の名誉と引き換えだ。姫様の名誉ほど重いものはない」
事実だ。仮にもしも過去に戻れるとしても、何度でも彼女のもうひとりの兄マキシスを殴りつけ、彼女の名誉を守るだろう。
「それに名誉だけでなく、この腕は君の命を救った。この義手に大砲を仕込んでいたから、悪魔化したケーリッヒを殺せたんだ」
「…………」
「だから俺は一切後悔がない。今後も、これからも。もしも後悔するとすればあのとき、君の長兄のマキシスを殺さなかったことに対してだな。俺の当面の目標は君の兄、マキシスを取り除き、君をこの国の女王にすることだ」
「……わたくしをこの国の女王に」
「そうだ、さすれば君の目指す国、君の目指す世界を作ることが容易になるだろう。君がこの国の女王になれば、少なくともマキシスとケーリッヒが継ぐよりも民の幸せが約束される」
「……責任重大ですね」
「だけど君はその責任を果たすよ。滞りなく」
「根拠はあるのですか?」
「あるさ。あるに決まっている」
と言ったが、その根拠を言語化することはない。
さすがに言葉にするのは恥ずかしかった。
俺の姫様にできないことなどない。そう口にできるほど、俺は器用ではなかった。
だから代わりに軽く彼女の左手に触れると、彼女の温かさを感じた。
今後、戦場に立てば左手だけでなく、右手を失うこともあるかもしれない。
その前に彼女の手のひらの柔らかさ、細やかな肌の感覚をわずかばかりでも知覚しておきたかった。
それは彼女に対する好意から発露した行動だが、俺は彼女のことを愛しているのだろうか?
物語の中でしか恋を知らない俺としては、結論を出せぬ問いであるが、姫様は厭がることなく、俺の手を握り返してくれた。
それがなによりも嬉しかった。




