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自称図書館司書

 シスレイア姫は俺に全幅の信頼を置いてくれているようであった。


 出会ったばかりで変わった娘だな、と思ったが、彼女は俺のことを覚えていてくれた。


「わたくしが信頼しているのはあなたの能力だけではありません。不利を承知でわたしを助けてくれる義侠心だけでもないのです。わたくしがあなたを信頼するのはその優しい心根です」


 俺の心根など知っているのだろうか、と問うと彼女は言った。


「ええ、知っていますよ。司書さん」


「……顔を覚えていてくれたのか」


「ええ、もちろん、素敵な方でしたから。それにあなたが児童書や絵本を並べるとき、本棚の一番下に並べるということも知っています。子供が図書館にやってきたとき、五月蠅いと愚痴を言いながらも子供たちが転ばないように通路に荷物を置かないことも」


「…………」


 俺は沈黙する。気恥ずかしかったからだ。


「……ま、それはたまたまさ」


「そうでしょうか」


 と微笑むが、彼女は続ける。


「あの、よろしければレオン様、わたくし専属の軍師になってくださいませんか?」


「専属の軍師?」


「そうです。このシスレイア・フォン・エルニア准将の副官兼軍師になってほしいのです」


「いきなりだな」


「恋と軍師はいきなり始まるものです」


「そのような言い伝えは聞いたことがないが、取りあえずお断りする」


「なぜですか? その才能を救国のために使いたくないのですか?」


「そんな大それた人間じゃないよ、俺は。俺の器はせいぜい司書だ。いや、司書の仕事が好きなんだ。本の整理をしながら本のつまみ食いをする生活が」


 思いのほか真剣な俺の台詞を聞いたからだろうか、彼女はそのまま沈黙すると、

「分かりました」

 と言った。


「ですが、諦めたわけではありません。このいくさから帰ったら、もう一度、仕官詣でに行きます」


「――というか、無事戻れる気でいるのか?」


「レオン様ならばどのような困難も乗り越えましょう」


 とシスレイアが微笑んだので、思わず苦笑いを漏らしてしまった。


 俺は姫様の期待に応えるため、胸の内にあった謀略を披瀝する。


「姫様のフラグが立ちそうだが、俺はあえてそれをへし折る」


「……どういう意味でしょうか?」


 シスレイアは俺の顔を覗き込む。


「姫様のような善良なお姫様が嫌う作戦をするんだよ」


「わたくしの嫌う……」


「そうだ。俺は小汚い策略家でな。生きるためならば文字通りなんでもやる」


「…………」


「俺の父親は敵側、アストリア帝国の有力貴族だったのだが、政争によって失脚した。俺と姉さんを連れて諸王同盟のひとつであるエルニア王国に亡命してきたのだが、亡命してきた日のことを今でも覚えているよ」


 俺はそこで言葉を句切ると続ける。


「亡命者である俺ら親子を物乞いでも見るかのように見下す衛兵、鼠の糞が散乱する狭い部屋を貸す大家、姉を好色な目で見つめる薄気味悪い隣人」


「…………」


「そのような連中をねじ伏せ、納得させるには正攻法では駄目だった。圧倒的な力と搦め手で相手をねじ伏せなければこちらが食い物にされるだけだった」


「――以来、レオン様は勝利のために手段を選ばなくなったのですね」


「その通り。今回も一番楽に勝てる方法を使う、いや、唯一の方法だ」


「それは?」


「俺たちが先ほど守っていた砦を敵に売り渡す」


「なっ!?」


 その言葉を聞いた王女はさすがに表情を青ざめさせる。


 なにを言っているのですか、そう言いたいのだろうが、俺の発言があまりにも現実離れしているので言葉にできない。


 しかし、彼女は俺の作戦を、いや、俺のことを拒絶することはなかった。


「わたくしは王族です。綺麗な物事ばかりを見てきました。しかし、世の中はそうではないとも知っている」


「多角的に物事を見ているな。今から俺が行うのは俺たちが守ってきた砦を囮にする作戦だ」


「我らの砦を――」


「ああ、俺は今からアスハムを殺す。彼を囮にする。敵軍にやつを謀殺させる」


「…………」


「君は表情に感情が出やすいね。この作戦に嫌悪感を抱いている」


 その通りなのだろう、シスレイアは反論しなかった。


「しかし、俺は嫌悪感がゼロだ。もともと、小狡い作戦が大好きだからだ。それにあの砦の副司令官であるアスハムは君を謀殺しようとしている」


「わたくしを謀殺……ですか?」


「その様子じゃ気が付いていないようだな。君は他人の負の感情に鈍感すぎるな」


 やれやれ、と吐息を漏らすと彼女に説明をする。


「そもそも、君をこの窮地に追い込んだのは彼だ。わざと第8歩兵部隊を窮地に陥れたうえに、君が救援に向かったらその情報を敵軍に流し、包囲させたんだ」


「まさか――」


「無論、状況証拠しかないがな。しかし、君の兄上、第二王子ケーリッヒ殿下は君がいなくなれば自分の地位が安泰だと思っているんじゃないか?」


「…………」


「沈黙はイエスと取るぞ」


 と言うと俺は続ける。


「君は兄上の殺意に気が付いている。そしてその兄上とアスハムは昵懇(じっこん)の仲だ」


 ちなみにこれは証拠がある、と言う。


「この場にはないが、図書館に帰ればアスハムが注文した書籍がケーリッヒに納入された伝票がある。賄賂代わりの稀覯本(きこうぼん)を送ったんだ。金貨100枚くらいする価値のものだ」


「金貨100枚の稀覯本とわたくしの首が将軍位の見返りでしょうか?」


「だろうな、このいくさで『無事』君が戦死すれば、准将の位は約束され、王都でいい役職に就けるだろう」


「…………」


 その言葉を聞いてもシスレイアは納得しがたいものがあるようだが、俺の言葉を信じてはいる。しかし、それでも『謀殺』に対し、『謀殺』で対抗するのは納得がいかないようだ。これは彼女の知性の問題ではなく、性格の問題であった。


 このままでは永遠に平行線をたどりそうだったので、断言する。


「俺にはこの洞窟にいる将兵の命を守る使命がある。そして本と一緒に飴玉をくれる王女様を守る義務も」


 と言うと、彼女を強引に納得させ、作戦を披瀝する。


「いいか、まずはこの部隊のひとりを敵軍に投降させる」


「敵軍にですか?」


「そうだ。無論、意味なくではない。敵軍に情報を教えてやるんだ。砦へと続く抜け道の存在を」


「抜け道があるのですか?」


「あるよ。アスハムの野郎が君を陥れるために作っていた抜け道がね。やつは君の救援が成功したら、その抜け道から敵を招待し、君を殺させるつもりだったのだろう」


「……そんな」


「これで少しは罪悪感が取り除かれただろう。アスハムは君が情けを掛ける価値もない、と」


「しかし、将兵は」


「兵はともかく、将はやつの手下さ。――兵士に関しては最小限の被害に抑える。だからこの作戦を許可してくれ」


「抜け道を逆用し、アスハム大佐を謀殺させるのですね」


「ああ、俺は、さらにもうひとつ、抜け道を知っている。こちらはこの洞窟にいる部隊を移動させるのに使う」


「もうひとつ、抜け道があるのですか?」


「ああ、こっちは俺が見つけたほうだがね。万が一のとき、君を脱出させるつもりだった」


「つまり、レオン様は赴任されたときから、アスハムの裏切りを感知されていたのですか」


「無駄になれば良かったけどね」


 言い訳じみていたが、抗弁する。古来より不吉な予言者は嫌われるものだが、シスレイアは気にした様子もなく、「さすがはレオン様です」と言った。


 俺はさっそく、信頼できる部下を選び、敵に投降させる。

 敵将の前に引き出されたら抜け道をしゃべるように言い聞かせる。

 敵の司令官がアホでなければ、抜け道を使って砦を落とそうとするだろう。


 エルニア王国の王女の身柄も魅力的ではあるが、この砦の戦略的な価値は敵軍にとって相当なものであるはずだ。


 そのように計算していると、敵将は案の定、こちらの手のひらで踊ってくれる。

 300いた兵を60兵だけ残し、撤退を始めたのだ。


 無論、240の兵の行き先は抜け道である。砦の後方に回り込める道に向かっていた。


 それを見た俺はにやりと口元を緩め、部下に指示をした。


「今こそ、反撃の機会だ。この数日、耐え抜くことのできた諸君だ。倍程度の敵軍ならば余裕で蹴散らせるだろう」


 と言うと洞窟に残った第8歩兵部隊と姫様の部下たちは「おお!」と拳を振り上げた。


「この程度の数ならば俺たちだけで蹴散らせる!」


 と言うと剣や弓を取り、雄叫びを上げる。

 その勇壮な姿を確認した俺は、満足すると魔術学院で師にもらった杖を手に取る。

 その姿を見たシスレイアは、「まさか」と言う。


「レオン様、前線に出られるつもりですか?」


「出られるつもりだよ」


 と言うとシスレイアは必死で止める。


「駄目です。レオン様はこの国の司令塔となるお方、人体で言えば『脳』なのです。万が一でもあれば困ります」


「なるほど、一理ある。そもそも兵法に乗っ取れば指揮官が前線に出るほど愚かなことはないからな」


 そう返答するが、俺は自分の決意を変えることはない。

 シスレイアには言葉ではなく、行動で納得してもらう。


 俺は前線に出ると、古代魔法言語を詠唱する。流暢な言葉で二三節口ずさむと、杖の先に巨大な《火球》を発生させる。


「たったの二小節で呪文を!? しかもファイアストームですか!?」


 俺の魔法に心底驚いているシスレイア。


「違うよ、これはファイアボールだ。しかし、術者の練度によって下級魔法のファイアボールも上級魔法のファイアストームをしのぐことがある!!」


 と言うと俺は巨大な火の玉を投げ放った。

 その一撃によって敵軍の数人が炎に包まれ、複数人が爆風で吹き飛ぶ。

 それを唖然と見ていたシスレイアは、ぽつりとつぶやく。


「……賢者様のよう」


 俺はにやりと笑うと首を横に振る。


「――そんな大それたもんじゃないよ。ただの宮廷魔術師 兼 図書館司書だ」


 そう言い放ったが、シスレイアはなかなか信じてくれなかった。

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