義手の大砲
このようにしてケーリッヒとの対決は第二幕の終盤に差し掛かっていた。
ヴィクトール少尉とメイドのクロエの参戦により、多少、息を付くことが出来たが、それだけだった。
まだ、勝利の方程式が見えない。
そうつぶやくと、ヴィクトールが小声で尋ねてくる。
「……旦那、こいつは化け物だ」
「……同感」
「……なにか倒す算段はあるのか」
「……あるにはあるが、隙を見せてくれないと」
「……というと?」
「……これから禁呪魔法を詠唱する。それならばなんとか倒せると思う」
「……じゃあ、ちゃっちゃとやってくれよ」
「……簡単に言うな。魔力は残り少ないし、詠唱に時間が掛かるんだ」
「……ならば俺たちが時間を稼ぐ」
「……そうしてくれ」
というやりとりを始めると、軽く後方に下がり、呪文を詠唱し始める。
その間、ヴィクトールとクロエが時間稼ぎをしてくれるが、俺の見立てでは手練れの彼らでも3分が限度というところだろう。
3分以内に禁呪魔法を詠唱し終えなければいけない。
「ま、3分あれば乾麺も茹で上がるさ」
余裕綽々な台詞を漏らし、自身の心を落ち着けるが、ケーリッヒという男は姿だけでなく、心も悪魔だった。
俺が禁呪魔法を唱えようと察したケーリッヒは、卑劣な手段を用いる。
己の身体の一部を引きちぎると、小さな悪魔を創造したのだ。
小さなケーリッヒは、
「キヒヒ」
と薄気味悪い笑い声を上げる。今すぐ黙らせてやりたいが、そのような暇はなかった。
小悪魔自体が強力だったからだ。
小悪魔はクロエを払いのけ、ヴィクトールを吹き飛ばすと、そのまま勢いで後方に向かう。
その瞬間、俺は寒気を覚えた。
やつの薄気味悪い笑顔の意味が分かってしまったのだ。
小悪魔が狙っているのは、我らが主であるシスレイア姫だった。
ケーリッヒは言う。
「ふはは、糞妹を殺せばお前たちになど用はないわ!」
そう言い、ヴィクトールとクロエに追撃を加えている。つまり、彼らは応援に向かえなかった。
この場で姫様を救えるものは誰もいないのだ。
――そう、俺以外は。
今、シスレイア姫を救えるのは俺だけだった、禁呪魔法が完成しつつある俺だけが彼女を救える。
そう思った俺は、迷うことなく、彼女を救う。
それが悪魔ケーリッヒの策略であることを承知で、やつの手のひらの上で踊る。
《太陽爆縮》と呼ばれる無属性熱攻撃の最上位魔法を放つ。
身体に残された魔力をすべて使って放つ最後の希望を小悪魔を殺すため、姫様を救うために使ったのだ。
姫様の理想の世界、姫様が笑って暮らせる世界を目指す俺としては、自分の命と姫様の命、天秤に掛けるまでもなかった。
禁呪魔法を詠唱し終えると、そのままそれを解き放ち、シスレイアに襲いかかっている小悪魔を殺す。
小悪魔は光の束に包まれると、そのまま原子に還元した。
それを見たケーリッヒは怒ることなく、にやりと笑う。
「馬鹿め、最後の切り札をあのようなあばずれのために使いおって」
ケーリッヒはそう言うとヴィクトールを吹き飛ばし、あらためて姫様を殺そうとする。
「禁呪魔法で俺を殺さないからこうなるのだ。情に流されおって」
俺はやつの言葉も行動も傍観しない。
最後の力を振り絞って姫様を救出するために走る。
魔力が枯渇し、足がちぎれそうなほど痛かったが、それでも最大速力を落とすことはなかった。
どちらが先に姫様のもとにいけるかの勝負は、俺が勝った。
ケーリッヒは不快な表情を浮かべたが、気にすることなく言い放つ。
「まあ、いい、先にお前を殺すまでだ。その身体喰らってやる」
そう言い腹にある大口を開け、俺を喰らおうとする。
姫様を守るため、下手に動けない俺は、やつに喰われてやる。身体の一部を喰わせることで姫様を救うのだ。
その献身的な行動を馬鹿にするケーリッヒ。
「あのようなあばずれに命を懸けるとは、理解できない男だ」
ケーリッヒは俺の左腕に食いつくと、そのような言葉を漏らすが、それがやつの敗因となった。
俺の腕に食らいついているケーリッヒに笑みを漏らす。
「……なにがおかしい、小僧」
「いや、まだお前が俺の策略に気がついてないのが哀れでな」
「策略だと? この期に及んでなにを言う。お前の左腕は食われ、これから全身をむさぼられるのだぞ」
「さあて、それはどうかな。そもそも俺の左手は痛くもかゆくもない。痛痒も感じていないよ」
涼やかな笑みで挑発する。事実、やつは俺に痛みがないことが分かっているようだ。不思議な噛みごたえに困惑している。
「……たしかに、なんだ、この感触は!?」
驚愕の表情を浮かべる怪物に言い放つ。
「お前の兄貴マキシス、それに弟のお前もだが、負けてばかりだな。マキシスは俺に手玉に取られ、お前は俺に殺される」
「ど、どういう意味だ?」
と言った瞬間、ケーリッヒの顔色が変わる。
やつは腹の大口で食べた「もの」の正体に気がついたようだ。俺の肩口にある機械の部分に気がついたようだ。
「……そ、それは鉄の腕!? お前、義手なのか」
「ああ、お前の兄貴に切り落とされそうだったから、自分で切り落としたよ。ドワーフの技師に作ってもらった一級品だ」
そう言うと軽く後方に意識をやり、技師ドムスに感謝を捧げる。
ドムスは後方からにやりとこちらを見つめると言った。
「軍師レオン殿、ご指示通りその義手には大砲を仕込んでおきましたぞ」
「さすがはドワーフの技師だ。すごい技倆」
そう褒めるとケーリッヒは青ざめる。
彼はこれから自分の運命を理解したようだ。
「……な、や、やめろ。その大砲を使うのは」
「やめる? どうして?」
「俺は王族だぞ!? 次期国王だ。それにお前の主の兄だ」
「なるほど、都合のいいときだけ兄貴気取りか。ただ妹を可愛がるのならばもう少し早いほうがよかったな――」
俺は悪魔に魂を売ったクズを許すつもりはなかったので、冷然と言い放つ。
「お前の兄貴もそのうちそっちに行く、そのとき、兄弟ふたりでいがみ合いながら俺に負けた敗因を分析することだろうが、アホのお前たちには一生結論は出ないだろう」
だから俺が教えてやる。
そう言い放つとこう締めくくる。
「お前たちの敗因はただひとつ、姫様を侮辱した。――それだけだ」
その言葉とともに響き渡る轟音。
左手の義手に仕込んだ大砲は爆裂音を上げる。
長兄マキシスに切り落とされた左手は、その弟を殺したのだ。
大砲を零距離で喰らった悪魔ケーリッヒの腹は、無残に吹き飛び、四散する。
身体を引き裂かれ、内臓を飛び散らした悪魔。爆風と共にやつの血肉は舞うが、皮肉なことに悪党の肉塊の花火はそれなりに綺麗だった。
「この世界の悪党、すべてを花火にすれば、さぞ綺麗だろうに……」
俺がその言葉をつぶやくと、悪魔と化したケーリッヒは完全に死滅した。
こうして天秤師団とケーリッヒの抗争は終結を向かえる。




