悪魔の猛攻
悪魔を殺す。そう誓った俺は即座に行動に移す。
自身の足に《跳躍》の魔法を掛けると、兎のように俊敏に戦場を跳ねながら悪魔に近づく。
これ見よがしに近づいているためだろうか、ケーリッヒは俺のことを視界に入れる。
「……小賢しい虫め」
野太い声で言うと、兎を射殺すかのように魔法を放ってくる。
極太のエナジー・ボルトが襲ってくるが、俺は魔法の障壁でそれをいなす。
「なかなかやるな。お前、戦略級の魔術師か?」
戦略級魔術師とは、ひとりで戦局を変えてしまうような優秀な従軍魔術師のことだ。師団レベルでもひとりふたりいればいい稀少な魔術師のことである。
「戦略級魔術師の認定書はないよ。司書検定の合格証ならばあるが」
「雑魚ということか」
「かもしれない。しかし、あまり卑下しないほうがいいぞ」
「どういう意味だ?」
「その雑魚にやられるお前が惨めになるってことさ」
「ぬかせ!!」
と悪魔は瞬時に消え、俺の懐に現れる。
接近戦で俺を殺す気のようだ。
いい判断である。
魔術師は近接戦闘が苦手だからだ。
「……魔術師はこれだから厭だ」
そう嘆くが、嘆いたところで遠距離戦に切り替えることは出来ない。
なぜならばここで距離を取れば、味方が待避することができなくなるからだ。
今、ヴィクトールに指揮を執らせ、天秤師団と大地師団を後退させている。
このような化け物と戦わせるための軍隊ではないからだ。
そう心の中で確認していると、世界で一番可憐な声が耳に入る。
「レオン様!」
後方から聞こえてきたのは麗しのシスレイア姫だった。
彼女は息を切らせながら俺の名を呼ぶ。
今にも駆けだして俺の側にやってきそうだったが、それはクロエに止められている。
ナイス判断である。
さすがは姫様のメイドだ、と目配せすると、彼女は無言でうなずいた。
俺は大声で言い放つ。
「姫様、その特等席で俺の悪魔退治を見ていてくれ」
「しかし、その悪魔は強大です。どうか我らにも助力を」
「それは遠慮願おうか」
「駄目です。レオン様が死んでしまいます」
「なにを言っているんだ? 俺は天秤の魔術師なんだろう? この世界に調和をもたらす軍師なんだろう? こんなとこでこんな雑魚に負けるか」
「……ですが」
そんなやりとりをしていると、血走った目のケーリッヒのかぎ爪が俺のすぐ横をかすめる。
頬の薄皮が一枚切れる。
姫はそれを見て肝を冷やす。クロエはそんな姫を一喝する。
「おひいさま! これ以上はいけません。女がすべきなのは男を信じること。生きて帰ってきたときに優しく抱擁してあげることです。ここはレオン様を信じ、ここから見守りましょう」
「……クロエ」
メイドの言葉に心を打たれたシスレイアは、その場で目を閉じ、祈り始めた。
「……レオン様が無事、ここに戻ってきてくれますように」
クロエは心の中で続ける。
(……レオン様はあの悪魔に打ち勝ち、おひいさまをその手で抱きしめます。これは運命なのです)
自信満々に心の中で言い放つクロエであるが、その予言が当たることはなかった……。
姫様とメイドという観客を得た俺は、俄然やる気になりながら悪魔と対峙する。
接近戦、それも肉弾戦という不利な状況で善戦する。
自身に《強化魔法》を掛けまくりだ。二重三重に掛ける。
(……強化魔法は掛けるのは簡単なんだけど、掛け過ぎると翌朝が地獄なんだよな)
筋繊維に直接魔力を送り込む強化魔法は、掛けるときはいいが、効果が切れると地獄の苦しみがやってくる。
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げるのだ。
ましてや俺のような強大な魔力を何重にも重ねると、しばらく行動不能になることもある。
(ま、そんな悠長なことを言ってられる相手じゃないが)
悪魔ケーリッヒは強化魔法を何重にも掛けてやっと同等という動きをしていた。
ここで出し惜しみをすれば負けるのは必定である。
そう思った俺は全身の魔力を集中する。
身体強化だけでなく、炎を身体にまとわせたのだ。
《炎身》の魔法である。
炎を身体にまとわせ、攻撃や防御において活用するのだ。
敵の攻撃は炎によって防がれ、俺の攻撃は炎によって倍加する。
ケーリッヒは俺に攻撃を加えるたびにその皮膚を焦がし、俺の拳がやつの身体にめり込むたびに苦痛に顔をゆがめるが、それでも躊躇することなく、攻撃を加えてくる。
やつの右手に青白い魔力がまとうと、今までとは違う攻撃がくる。
やつの右手は氷に包まれていた。
氷の手は鋭く尖っており、人間を突き刺すのに最適であった。
氷の手は俺の頬の横をかすめる。頬が裂け、そこから血が流れる。
自分の口元に血が滴ってきたので、それをぺろりと舐めると、不適な笑みを浮かべる。
「やるじゃないか、宮廷暮らしの王族のボンボンにしては」
「青白い宮廷魔術師風情にいわれたくないわ!」
「たしかにそうだが、肩書きは正確に言ってほしいね」
一呼吸間をおき。続ける。
「俺の名はレオン。宮廷魔術師 兼 宮廷図書館司書 兼 天秤師団軍師のレオン・フォン・アルマーシュだ!」
そう叫ぶと全身に宿した炎を右手に集中させた。
「これでも食らいやがれ」
そう言うとやつの顔面に火の玉を直接食らわせてやる。
爆音と共に燃え上がるケーリッヒだが、すぐに鎮火させるとにやりと微笑んだ。
「こんなものかね、糞妹の秘蔵の軍師の力は」
その余裕綽々の小憎たらしい顔はシスレイアの血縁、いや、それどころか人間にすら見えなかったが、その実力は想定以上であった。
30分後――
戦場に魔法の爆裂音と、肉弾戦の音が響き渡る。
あれからずっと戦い続けているのだが、戦況は膠着していた。
俺は絶え間なく距離を取ろうとするが、ケーリッヒは常に懐に入り込もうとする。
互いに互いの有利な距離の取り合いをしているのだ。
それを見かねた天秤師団の兵士がときおり、横やりを入れてくれるが、彼らはケーリッヒの一撃で生命を奪われていく。
無残にねじ曲がった首の兵士を見ると心が痛む。これ以上、姫様の兵を減らすわけにはいかない。大声で彼らの参戦を拒否する。
「おまえら! この化け物に近づくな、俺がなんとかするから!」
その言葉とケーリッヒの化け物じみた威圧感によって兵士たちは動きを止めるが、ケーリッヒはそれが気にくわなかったようだ。
「おまえひとりで俺を止めるだと? 気でも狂ったか?」
「こうして30分も掛けて人間ひとり殺せないやつに言われてもな」
「ぬかせ」
「事実だろう」
「たしかに人間風情でここまでやるのは認めるが、そろそろ魔力と体力が尽き掛けているのではないか?」
「…………」
「沈黙はイエスと相場が決まっているのだ」
「……かもな」
かも、ではなく、事実であった。すでに俺は全身が肺になったかのように身体全体で呼吸をしていた。
身体の奥底に溜めてある魔力も今にも付きそうだ。
いや、実は尽きている。身体強化をやめれば即座に死ぬことが分かっているのでできないが、もはや初級魔法の《着火》くらいしか使えないほど魔力が枯渇していた。
(つまり、この化け物相手にただの杖で戦わないといけないのか)
自殺行為だ。
周囲に武器になるようなものがないか、探したが、あるのは兵士が持っていたロングソードくらいだった。
あれを拾ったとしても魔術師風情が使いこなすことは無理だろう。
(……もはやここまでかな)
そう思わなくもないが、その瞬間、助っ人が現れた。
部隊を任せていたヴィクトール少尉と、メイドのクロエが参戦してくれたのである。
彼ら彼女らは同時にケーリッヒに攻撃を加える。
ヴィクトールが大剣を振り上げ、クロエが懐中時計の鎖の斬撃を加える。
突然の攻撃にケーリッヒは避けることもできずに、彼らの攻撃を受ける。
悪魔は右手を切断され、胴体に大きな傷を負うが、それは致命傷とはなり得なかった。
なぜならば悪魔は化け物じみた回復能力を持っていたからである。
斬られた腕を自分で接合すると、切断面が泡立つ。
身体も同様に回復していく。
悪魔はにたりとこちらを見つめる。
俺は吐き捨てるように言った。
「化け物め」
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