鬼謀の男
早朝、王都に戻っていたドワーフの技師ドムス。
彼は弟子と共にさっそく注文していたものを俺に装着してくれる。
「なかなかにぴったりだな。さすがはドワーフといったところか」
「光栄じゃて」
と返礼をすると彼に注文していたものの操作方法を聞く。
「頼んでおいた『仕掛け』はどうやって使うんだ?」
「左手に魔力を送り込め」
「こうか――?」
と言い掛けるとドムスが慌てて止める。
「すでに火薬と弾は仕込んであるんだ。飛び出るぞ」
「そうか。それは困るな」
と言うとドムスを下がらせる。不眠不休で『これ』を作り、昼も夜もなく馬を飛ばしてきたのは明白だったからだ。テントで休息してもらう。
ありがとう、と下がるドワーフの背中を見送ると、ヴィクトールがやってきた。
「なかなかに似合うじゃないか、それ」
「だな。ドワーフ様々だ」
「これで身体のバランスが取れそうだが、問題なのはこれからだ」
ヴィクトールは東を向く。
「この先にいるはずのケーリッヒの軍隊、それに帝国軍をどうするかだ」
ヴィクトールは神妙な面持ちで尋ねてくる。
彼の心配事をひとつ取り除く。
「ケーリッヒはともかく、帝国軍の心配はない。斥候の報告によると俺がけしかけた帝国軍は数刻前に撤退を完了したようだ」
「旦那が煽ってケーリッヒにぶつけたはいいが、ケーリッヒを倒すには至らなかった、っということか」
「ああ、しかし、それは当然だ。帝国軍は3000前後の兵力だった。10000のケーリッヒに敵うわけがない。むしろ善戦したほうだよ。後背を突いたおかげでケーリッヒの軍は7000を下回っているらしい」
「俺たち天秤師団は1000兵ほどだから戦力差7倍になったのか。――焼け石に水だな」
「10倍よりましだろう?」
と笑うとヴィクトールも違いない、と同意する。
「それじゃあ、俺たちもケーリッヒの後背からぶすりと行くか」
「そうしよう、と言いたいところだが、それだけじゃ7倍の戦力差は覆らない」
「ならばどうするつもりだ?」
「王都の援軍がくるのを待つ」
「王都の援軍だと? そんなものがくるのか?」
「王都に戻ったとき、姫様の親派の将軍に援護を頼みまくった。ひとりでも動いてくれればなんとかなる」
「しかし、早々都合良く援護にきてくれるか? 援護に来ればケーリッヒにもマキシスにも恨まれるぞ。いや、それどころか国家反逆罪になる」
「かもしれん。しかし、ケーリッヒは軍を私物化し、領民から恨まれている。今、とある新聞社の記者にお願いをし、その証拠を新聞に載せて貰えるよう動いている。もしも新聞に載れば国家を私物化していた奸物として誅殺することも可能だ」
「上手くいかなかったら?」
「俺たち全員、縛り首だよ」
「最悪だな」
「そうだな。てゆうか、これから突撃を噛まし、王族を討ち取るが、やめておくか?」
「まさか。姫様は命の恩人だ。それにおれたちは間違ったことはしていない。その結果、罪に問われるのならばそれも仕方ない」
「有り難い」
「無論、大人しく刑場にはいかないがな」
「もしも反逆罪に問われたら亡命すればいいさ」
「お前さんは亡命者の息子だろう?」
「亡命の亡命だ。よくあることだよ」
「なるほど、ま、男ならば一度くらいは亡命しておくか」
ヴィクトールはうぞぶくと馬を前進させる。
「よし、御託はもういい。援軍がこようがこまいが姫様を助けないと」
「そうだ。それでは突撃!!」
そう言うと天秤師団のつわものたちは掛け声を上げる。
「すべてはシスレイア姫のために!」
「この国の平和のために!」
「世界に調和をもたらすために!」
そう叫ぶと、師団の兵たちは我先にと走り出す。その先には帝国軍の攻撃を避け、一息ついていたケーリッヒの軍隊がいた。
一日の内に二度も後背を突かれるとは夢にも思っていなかったのだろう。彼らの防御陣はもろい。紙を裂くかのように敵陣を切り裂く。
その光景を苦々しく見つめるのは、小高い丘に立っている黒衣の男だった。
ローブに付いたフードで頭を隠した男。
彼の名は終焉教団の導師エグゼパナという。
この国を――、いや、この世界を影から支配することをもくろむ邪教徒の集団の幹部である。
彼はこの兄妹骨肉の争いの仕掛け人であった。
王位に目がくらんでいるケーリッヒをけしかけ、その妹シスレイアを謀殺しようとしているのである。
エグゼパナは冷酷な声を響かせる。
「……さて、ここまでは完璧に手のひらの上で踊ってくれているが」
その台詞に反応したのは弟子のひとりだった。彼はうやうやしく頭を下げた上で師に尋ねる。
「導師様、あなた様の策略はいつ見ても最高のものでございますが、この時期、この場所でエルニア王国で内紛を起こさせてなにか意味はあるのでしょうか? アストリア帝国に利するだけではないのですか?」
「たしかにこの内紛劇を見て一番喜ぶのは帝国の連中だろう」
「はい、これでエルニアの国力が低下すれば、エルニアが帝国に侵略され、世界のパワーバランスが崩れるかもしれません」
「その可能性は大いにあるな。しかし、それでも今のうちに天秤師団は取り除いておきたい」
「シスレイア姫はそのように危険な人物なのですか」
「あのように融通の利かない娘が女王になればこの国に張り巡らせた我が教団の『芽』はすべて刈られるだろう」
「それは困ります」
「そうだ。しかし、恐ろしいのはそれだけではない。むしろ、もっと恐ろしいものがある」
「それよりも恐ろしいもの?」
「実は小娘などどうでもいい。あのような甘い娘、いつでも始末できる。しかし、その軍師はそうではない」
「その軍師とはレオン・フォン・アルマーシュのことですか?」
「そうだ」
「しかし、一介の軍師、しかもただの大尉ですぞ」
「階級や身分など関係ない。あの男こそ『天秤の魔術師』よ。この世界に調和をもたらす存在だ」
「あのものが天秤の魔術師……」
「にわかには信じられないか?」
「いえ、導師様がおっしゃられるのならば間違いないのでしょう」
弟子はそう言い切ると、レオンを始末する方策を師に問うた。師はよどみなく答える。
「安心しろ、やつが天秤の魔術師でも始末する方法はいくらでもある。まずケーリッヒの軍隊にはまだ7000もの兵が控えている」
「しかし……」
弟子はそう言うとケーリッヒの軍隊を切り裂く天秤師団を見る。
先頭にヴィクトールが単騎掛けをし、大剣を振り回しながらケーリッヒの兵を斬りまくっている。彼が討ち漏らしたものをレオンが《火球》などの魔法によって討ち取っている。
悪魔のようなコンビネーションで、次々と敵陣を切り裂き、配下の兵も気勢をあげ、敵陣を打ち砕いている。
エグゼパナの弟子が「このままでは……」というのも分かるほどの勢いであったが、エグゼパナ本人は安堵していた。
(……たったの1000兵でどこまでできるものか)
事実、最初こそ勢いよく陣を切り裂かれたものの、ケーリッヒの軍も然るもので、落ち着きを取り戻し、陣を立て直しつつあった。このまま陣を立て直し、天秤師団を迎え撃つことができるだろう。さすれば7000という大軍が生きるはずである。
なので導師エグゼパナはあまり心配していなかった。それにもしもレオン・フォン・アルマーシュがケーリッヒの軍を破ったとしても、二重の構えをしてあるのだ。
そのことを弟子に話す。
詳細を聞いた弟子は驚愕の表情を浮かべる。
「……なんと、ケーリッヒのやつに終焉教団の神器を与えたのですか」
「そうだ。もしも軍が破れてもあれを使えば一師団ならば殲滅できる」
その言葉を聞いた弟子は、「さすがは導師様です」と、くぼんだ瞳を輝かせたが、次の瞬間、戦場に変化が訪れる。またしても軍師レオンが奇策を使い始めたのだ。




