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一発ぶん殴らせろ

 俺の残した戦術指南書とプレゼントによってケーリッヒ軍の侵略を防いでいるお姫様。


 一方、俺は同時刻、王都にいた。


 ワグナールの街から早馬を使い、二日で到着した。強行軍に強行軍を重ね、通常、三日掛かるところを二日に短縮したのだ。


 王都に入る頃には馬を3頭ほど潰していた。

 馬にまたがりっぱなしだったので、股間のなにがひりひりするほどであった。


 だが気にすることなく、天秤師団の駐屯地に向かうと、彼らを召集しようとしたが、それは憲兵に止められる。


「ただいま天秤旅団はマキシス王太子殿下の命により、指揮権がシスレイア姫より取り上げられています」


 そう言い放たれる。天秤師団の士官たちは皆、自宅待機という名の軟禁状態にあるようだ。


「……っち」


 舌打ちするが、わめきちらしたり、慌てふためくことはなかった。

 今、俺が預かっているのは俺ひとりの命だけではなかった。

 俺の双肩にはシスレイア姫とワグナールの街の住民、双方が掛かっているのだ。


 そう考えれば『絶望』している暇などなかった。そのような贅沢な時間、俺にはなかった。


 なので俺は最善の方法を最短で選択することにした。


 指揮権を返してもらうため、シスレイアの長兄マキシスに直談判しに向かったのである。


 俺はマキシスがいるだろう軍事府に向かうと、オフィスの扉を叩いた。


 正確にはその前の受付嬢に取り次ぐように頼んだのだが、面会は意外にもすんなり了承された。


 おそらくではあるが、マキシスはこの展開を予想していたのだろう。


 天秤師団の副官 兼 軍師が苦情を入れに来ることを予想していたのだと思われる。


 だからであろうか、執務室に通されると、彼はにやけた表情で言い放つ。


「本来ならば貴官のような身分の低いものと面会する理由などないのだが、特別に時間を取ってやった」


 感謝するがいい、と続ける。


 不遜にして高慢であるが、腹は立たなかった。弟であるケーリッヒとよく似ていると思った。


 しかし、この長兄マキシスと次兄のケーリッヒは不倶戴天の敵のはず。なぜ、ケーリッヒに有利に働くような真似をするのか、単刀直入に尋ねる。


 マキシスは答える。


「無論、私は次弟のケーリッヒを蛇蝎のように嫌っている。あやつと王位を争っている。だが、それはシスレイアも同じだ。いや、国民の人気という面では弟よりも厄介だと思っている」


「しかしそれでも可愛い妹でしょう」


「あいつのことを妹だと思ったことはない。そもそも母が違う」


「だが父は同じだ」


「さて、それはどうだか。あの娘には父の面影がない。しかも端女の子だ。端女は淫売か、淫売予備軍しかいないからな。父上以外の子種で出来た可能性のほうが高い」


「…………」


 一瞬、どうやったらこいつを苦しめながら殺すことが出来るだろうか、12種の拷問方法が頭に浮かんだが、振り払う。


 目下の目的は長兄マキシスを殺すことではなく、天秤師団を動かすことなのだから。


 感情に身を任せることは愚策であった。


「援軍を寄越せとはいいません。せめて天秤師団の指揮権だけでも返していただけないでしょうか」


「駄目だ、と言ったはずだが」


「ただでとはいいません。見返りを差し上げます」


「見返りだと? なにを渡してくれるのだ」


「ケーリッヒの首です」


「……ほう」


 興味深げに見つめてくるマキシス。


「殿下は姫が邪魔だとおっしゃいますが、いくら邪魔でも姫はたったの一師団の長、これ以上、伸張しないようにすればいいだけ。軍部にも、政治にもたいした影響力はありません」


「たしかに」


「ですがケーリッヒ殿下は違う。このまま勢力を拡大すればマキシス殿下の王位をはばむ存在となりましょう。どちらを先に取り除くか、自明の理でしょう」


「……なるほどな。一理ある」


 ふうむ、と、あごに手を添え、考え始める。


 1分ほどで考えがまとまったようだ。すらすらと書類になにか記載したあとに言葉を発す。


「いいだろう」


 と言い放つが、彼の言葉はそれだけにとどまらなかった。


「一時的にあの淫売に味方してやろう。天秤師団だけでなく、私の麾下の師団をふたつほど貸す。名目はそうだな、実の妹を謀殺しようとした罪による誅殺だ。ふむ、あやつにはふさわしい罪状だな」


 そう言い放ったあとに、マキシスは自分の舌で自分の運命を決する。俺との間に決定的な溝を作る。


「しかし、貴官も粘り強いな、妹のあれの具合はそんなにいいのか?」


 さすがは淫売の娘だ、とマキシスが言い放った瞬間、まとまりかけた同盟が決裂する。


 俺は黙って右手を差し出す。


 それを同盟集結の挨拶と取ったマキシスは鼻を鳴らし、不遜な態度で右手を握り返そうとするが、俺はそれを利用し、彼の右腕を引く。


「な、なにをする」


「今からお前をぶん殴るだけだよ」


「な、馬鹿な。お前、分かっているのか? 俺は王族だぞ。王族を殴りつけたものはその腕を切り落とすことになっているのだぞ」


「ならばこの手、くれてやるから、それ以上、その臭い口を動かすな」


 そう言い放つと、マキシスをぶん殴る。力一杯にだ。

 数メートルほど吹き飛び、壁に倒れかかるマキシス。

 鼻が折れ、血が噴き出す。


「ざまあ、見ろ」


 そう言い放つと、言葉を失っている秘書官に語り掛ける。


「さて、俺は女性は殴らない主義なんだ。だからこれから君を眠らせる魔法を掛けるけど、起きあがり、助けを呼ぶとき、衛兵がきたら、俺が脅してきた、と言いなさい」


 こくんこくん、と、うなずく秘書官に《睡眠》の魔法を掛けると、そのまま書斎にある書類を拝借する。


 ぶん殴り付ける前に書かせた天秤師団の指揮権返却の書類に目を通す。


「これで指揮権は姫様に戻った。王都から動かすことが出来る」


 そう口にし、軍事府のロビーに戻ると、そこには筋骨隆々の男がいた。

 ヴィクトール少尉だ。それに姫様の幕僚、連隊長クラスの士官が集まっていた。

 ヴィクトールはにやりと微笑みながら言う。


「旦那が王都に帰ってきた、ってことは俺たちを楽しませてくれる、ってことだよな」


「ああ、戦争だ。今度は10000の軍隊が相手だ」


「知っている。ケーリッヒが姫様ごとワグナールの街を消そうとしているんだよな」


「そうだ。一応、師団を動かす書類はあるが、下手をすれば俺たちは謀反人として処罰されるが、それでもいいか?」


 その言葉に動揺するものはひとりもいなかった。


「上等だ。姫様を謀反人扱いする国になんて仕えたくない。最悪、姫様を神輿に乗せて、アルトリア帝国に亡命しようや」


「それも悪くないな。一応、こちらの大義名分としては、不正を働いたケーリッヒが逆ギレして襲ってきたところを返り討ちにした、というものがある。証拠も揃っている」


「じゃあ、なんとかなるのか」


「さて、国という機関は証拠など簡単に握りつぶせるからな」


「違いない。身に覚えがありすぎるよ」


 ヴィクトールは不敵に笑い、同意するが、それでも付き従ってくれるようだ。他の士官も同じである。


「さあて、御託はいい。出立しようぜ、軍師様」


 ヴィクトールたちはそう言うと足早に軍事府を去った。

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