姫様の奮闘
レオン・フォン・アルマーシュと別れ、単独で指揮を執ることになったシスレイア・フォン・エルニア。
彼女は緊張した面持ちで言った。
「わたくしの名はシスレイア・フォン・エルニア少将。天秤師団の団長である」
その言葉を聞いたものたち。ワグナールの街の住人、ワグナールの子爵の私兵は、改めてシスレイアの存在を確認した。
「わたくしは国王陛下の勅命により、この街にはびこる賊徒どもを討伐しにきました」
その言葉を聞いてざわめいたのは街の住民だった。ざわめきが混乱に移行する前にシスレイアは対処する。
「無論、賊徒とはあなたがた住民のことではありません。わたくしはあなたがたを圧政に立ち向かう義勇軍だと思っています」
ありがたい、話が分かる、嬉しい、様々な声が上がる。
シスレイアはそれを確認すると、子爵のほうへ振り向く。
「そしてその住民の怒りの矛先である子爵とその私兵の皆さん」
彼らはぎくりと冷や汗をかくが、シスレイアは彼らを追い詰めることはなかった。
「住民の皆さん、そして子爵にも言い分はあるでしょうが、ここはいったん、互いに矛先を納めてください」
その言葉を聞き、子爵は感じ入ったようだ。
「……分かった」
「ありがとうございます。ちなみに国王の勅命にある賊徒とは、ケーリッヒだと思っています」
シスレイアはこの期に及んでケーリッヒを兄とも呼ばなくなった。
「ワグナール子爵が賄賂を贈って出世をしようと思ったのはたしかですが、その賄賂も最初は少なかったはず」
「…………」子爵はうなずく。住民たちも首肯する。
「そうだ。最初はちょっと税金が上がっただけだった。しばらくは我慢していたんだが、やがてどう頑張っても払えないくらいに税金が上がっていったんだ」
「でしょうね。仮にもしも子爵を除去したとしても次にやってくるのもケーリッヒの息が掛かったものです。さらなる重税に苦しむでしょう」
「終わりがないということですか?」
シスレイアはゆっくりと首を横に振る。
「そんなことはありません。この負の連鎖は今、断ち切ります。ここで『賊徒』であるケーリッヒを打ち倒し、皆を塗炭の苦しみから救って見せましょう」
実の兄を賊徒と言い放った瞬間、住民たちの顔はほころび、笑顔が生まれる。
その笑顔から歓喜の声が漏れる。
「さすがは救国の姫だ」
「人徳の姫だ」
「次期女王に栄光あれ!」
口々に聞こえる。
シスレイアは一連の演説で住民、それに子爵の私兵の心を掴んだようだ。
「姫様のためならばどんなに強大な敵軍とも戦える」
「10000の兵がなんぞ! 我らは姫様の直属部隊!」
「是非、我らを天秤師団にお加えください」
このようにしてシスレイアは住民と意識をひとつにすると、強大な敵に備えた。
すでにシスレイアたちが籠もっている子爵の屋敷は敵軍に囲まれていたのだ。
シスレイアはそれを窓の外から見る。
敵軍の数は10000、大軍に囲まれるのは慣れていたが、さすがに10000という数は壮大であった。
思わず溜息が出そうになるが、それを抑えていると、忠実なメイドが話しかけてくる。
「……演説お見事でした」
「演説ではありません。真実を語ったまで」
「ならば姫様の言葉は万民の心に響く魔法言語なのでしょう」
「大げさよ。というかあまりおだてないで、10000の兵にさえなんなく勝てちゃう、そう思ってしまうわ」
「ですね。しかし、勝算はあるのでしょう」
「もちろん、レオン・フォン・アルマーシュは勝算のない戦いはしないの。その主であるシスレイア・フォン・エルニアも同じよ」
「なるほど、おひいさまはレオン様を信じておられるのですね」
「ええ、レオン様は必ず戻ってくるわ。わたしたちを救いに」
「それはこのクロエも同じでございますが、当面はここにいる400名で10000の大軍を防がねば」
と言っていると、さっそく、子爵から報告がある。
「姫! シスレイア姫! 北門に敵影が」
「分かりました。それでは100の兵を差し向けてください」
「100? それだけでいいのですか?」
「はい。敵軍も様子見で主力を差し向けてこないでしょう。それに時間差で南門にも敵軍が現れるはずです」
そう言うと数刻後、その予言の通りになる。
その光景を見てクロエは目をぱちくりさせる。
「おひいさまはもしかして軍師としての才能があるのではないですか」
その問いにシスレイアは首を横に振る。
「まさか、わたくしは凡庸な指揮官よ」
「凡庸な指揮官が正規軍を手玉に取れましょうか」
「これには仕掛けがあるの」
と言うとシスレイアは懐から手紙を取り出す。
「それは?」
「これはレオン様がわたくしに託してくれた虎の巻」
「虎の巻?」
「いえ、虎の巻どころか預言書かも。この手紙には敵軍がどう動いてくるか、わたくしがどうすればいいか、事細かに書いてあります」
「なんと!」
「レオン様はすごいです。今のところ寸分違わず敵軍は動いています」
「それは素晴らしい! それがあればレオン様がいなくても敵軍を駆逐できるのでは」
「さすがにそれは無理でしょう。なぜならばこの手紙は1週間分しか書かれていません」
「…………」
「つまり、1週間以内にレオン様が王都から援軍を連れてきてくださるか、あるいは戦場に劇的な変化がなければ我らはおしまい、ということです」
「……そうならないように、懸命に戦いましょう」
そう言うとクロエは懐中時計を握りしめた。




