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勝算のない戦いはしない魔術師

 姫様を守護する第8歩兵部隊。

 彼らは洞窟の前に塹壕を掘り、懸命に姫を守っていた。

 というか、事実は逆か。


 包囲された第8歩兵部隊を救出するため、姫様は側近のものだけを連れてここまでやってきたのだ。


 結果、ミイラ取りがミイラになってしまったが、姫様の人望というかカリスマ性は絶大であった。


 兵士たちの士気は高く、この状況下で誰ひとり絶望していなかった。

 姫様が兵を鼓舞し、ともに前線で戦っているからこの士気を維持できるのだろう。

 俺は兵たちに女神がごとく信仰されている女性を見る。



 シスレイア・フォン・エルニア。



 国姓を持っていることからも分かるとおり、彼女はこの国の王女であった。

 見目は麗しい。


 宮廷の奥で座しているのが似合いそうなほど線の細い女性だが、しっかりとした意思を感じさせる瞳を持っている。


 黄金を溶かして紡ぎ上げたかのような髪はとても魅力的に見えた。


 彼女と初めて出会った瞬間、嬉しそうに小説を図書館のカウンターに持ってくる姿を思い出す。


 あのときの彼女も可憐だったが、戦場に立っている彼女は凜々しく、より美しく見えた。


 思わずぼうっと見とれてしまうが、彼女は俺を回想の世界から解き放つ。


 300の兵に囲まれたこの状況下で、援軍に駆けつけてくれた存在を無視するものはいなかった。


 シスレイア姫は頭を下げ、救援に謝辞を述べる。


「戦目付のレオン・フォン・アルマーシュ大尉ですね。――命の差し入れ感謝します」


 ほがらかな笑顔だった。

 一瞬、ここが戦場であることを忘れそうになるほどの自然な笑顔だ。

 この洞窟の兵たちが寡兵で耐え抜いている理由が分かったような気がした。


「火の牛を使い、300の兵をあざむいたと聞き及んでいます。恐ろしい知謀ですね。貴殿はもしかして軍師の訓練を受けたのでしょうか」


「まさか、士官学校は出ていないよ」


 養父に「士官学校と魔術学校、どちらに行きたい?」と問われ、真っ先に魔術学校と答えたほどである。


「しかも魔術学校でも魔術の教科はサボって、異世界のことばかり調べていた」


「異世界のこと?」


「そうだ。――おっと、先ほどからため口で話してしまうな。君はなんだか親しみやすくて」


「それで結構です。あなたの上官である以上、無礼なものいいは看過できませんが、親しみはもってほしいと思っています」


「そう心がけようか。さて、話を戻すが、俺の通っていた魔術学院には名物教授がいてね。異世界のことを調べていた。彼と一緒に異世界の研究をしていたんだ」


「異世界とはこことはことなる世界。稀に転移者がやってくるあれですか?」


「そう、そのあれ。日本とかアメリカとかいう国があるこことは異なる世界」


 異世界は本当に面白く、多種多様な国家や民族が存在した。


 この世界とは違い魔法はないのに、この世界よりも発達した文明を築き上げていたのだ。


「科学」という名の「錬金術」が繁栄の礎らしいが、ともかく、異世界の「歴史」は調べれば調べるほど面白かった。


「ちなみに火牛の作戦は、異世界の日本という国の源平時代、木曽義仲という人物が使ったことで有名なんだ。平家の大軍、10万をこの策で打ち破った」


「まあ、すごい」


「あとは戦国時代にも多々、使われた。北条早雲という男が用いたことで有名かな」


 きょとんとする姫様。やはり日本は馴染みが薄いようだ。


「ともかく、異世界の日本という国ではポピュラーな作戦だよ」


「それを知識として知っていて、実戦で活用するのがレオン様の非凡なところです」


「たまたま上手くいっただけさ。奇略はあまり褒められたものじゃない」


「たしかに兵法の王道に反しますが、助けられた我々は素直に嬉しいです」


「だな、ただ火牛の計はここに侵入するまでのわざだ。ここにやってきただけでは君は救えない」


 ……たしかに、とは言わない。シスレイアは悲痛な顔をしていた。


「……それなのですが、この第8部隊は崩壊寸前です。士気は高いのですが、連日の戦闘で確実に心身を消耗している。それにこの洞窟にはあと一日分しか食料がありません」


「なるほどな、冷静な分析力だ」


 姫様が士気を頼りに無茶難題な作戦を実行するようなタイプではなさそうだったので、安堵すると、姫様も安堵させる。


「その点は安心してくれていい。俺は虎口に飛び込んでダンスをするのが趣味ではないから」


「つまり勝算があってやってきてくれた? ということでいいですか?」



「もちろんだ。レオン・フォン・アルマーシュは勝算のない戦いはしない」



 その言葉を聞いたシスレイアは、俺の顔を見つめる。


 あまりにもな大言壮語に呆れたのか、それとも俺の内になにかを見いだしてくれたのかは分からない。


 ただ、このときの俺の言葉は、歴史書にも記載される有名な言葉となる。


 レオン・フォン・アルマーシュは、まず戦略的な優位を固めて、勝てる状況を作り上げてから戦う、稀代の名将であった。


 それが後世の評価となるのだが、今、現段階で俺を評価してくれているのは、この洞窟の一部の兵と、シスレイア姫だけであった。

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