死角なし
「ば、馬鹿な、今までの会話をすべて録音されたと言うのか……」
膝を震わせるワグナール子爵、声も震えていたが、彼の部下は意外にも冷静だった。
「子爵様、まだ諦めるのは早いです。というか、サン・エルフシズムなど恐れるに足りません。ケーリッヒ様に頼めば記事ごと、いや、記者ごと握りつぶせます」
「そ、そうか。その手があったな」
「それに、あれは録音機なのですから、あれを奪取し、破壊すればいいのです」
「あれは録音機だものな、あれさえ破壊すれば証拠はなくなる」
にたりと悪党笑顔を取り戻す子爵。
その言葉を聞いた俺は「ぷーくすくす」と笑い始める。
「てゆうか、子爵よ。お前さんはほんと馬鹿だな」
「なんだと!」
「いや、今の会話も当然、録音されているんだよ。証拠隠滅の罪も加わったぜ」
「五月蠅い。録音機を破壊すればチャラだ」
「そうかな? これは録音機だが、最近の録音機ってすごいんだぜ?」
と言うと録音機の先に付いているケーブルを持ち上げる。
「……それはなんだ?」
「これはあそこにあるアンテナに繋がっている」
「アンテナだと?」
木陰にのほうにあるアンテナを見る子爵。
「あれは王都の方向に向けられている。そして今、王都の広場でこの会話が生放送で放映されている」
「な、なんだと!?」
子爵を含め、敵兵、全員が驚愕する。
う、嘘だ! と主張する子爵のため、広場の光景を魔法で見せる。
「ほら、見てみろ。王都の住民はお前とお前のボスの悪辣さに呆れているぞ」
魔法によって映し出される映像。
そこには足を止め、ぽかんとことの様子を見守っている市民が映る。
黒山の人だかりができている。
その光景を見た子爵はひげを震わせる。
「……き、貴様らぁー!」
「いい顔だ。俺を殺したくてしょうがないって顔をしているぞ」
「当然だ。ここまでされて許せるものか!」
「だろうな。さて、それでもお前は余裕に見えるが」
「当たり前だ。おれはケーリッヒ様の腹心だぞ。ケーリッヒ様の権力でなんとか生き延びる。軍事裁判に掛けられるかもしれないが、無罪を勝ち取る」
「そうか。悪党のくせに諦めが悪くて感心する。しかし、お前のボス犬のケーリッヒはお前のことなど、どうでもいいと思っているぞ」
「そんなわけあるか」
そう主張する子爵の蒙を啓くため、俺は子爵の手前に防御陣を作る。
それを見た子爵は「ひいっ」と、のけぞるが、次の瞬間、次々と兵士たちが倒れる。
なにごとだ!?
と腰を抜かす子爵、最初は俺の魔法によって兵たちが倒されたと勘違いしたようだ。しかし、そうではないと気がつく。火薬が炸裂したような音も聞こえたからだ。
「い、今のは銃の一撃?」
「そうだ」
と振り向くと、そこにはエルニアの正規兵がいた。
「あれはケーリッヒの親衛隊だな」
「で、殿下の直属部隊!? ば、馬鹿な!? あれは我らの味方ぞ」
「そう思っているのはお前だけのようだぞ。と言うか、先ほどの茶番、ケーリッヒにも伝わったようだ」
「どういう意味だ?」
「アホだな、子爵。お前は切り捨てられたんだよ。このままお前ごと俺たちを殺して、すべてをなかったことにしようとしているのさ」
「な、なんだと!?」
子爵は信じられない、という顔をするが、それは敵軍の行動によって打ち破られる。
ケーリッヒの親衛隊は銃を構えると第二射を放ってくる。
それを見た俺はシスレイア姫たちを俺の後方に呼ぶ。
一応、子爵も。
後方に集まったことを確認した俺は、目の前に球状の防御壁を作る。
敵軍は銃を放つが、球状の防御壁はなんなく敵の弾をいなす。
「な、なんだ、この魔法は。すごい」
「防御壁を球状にすることによって力を拡散させる。こうすればちょっとの魔力で強力な銃弾も防げるんだ」
そう言うと第三射も防ぐ。
それを見ていたシスレイアは、
「すごい……」
と驚愕するが、そのメイドであるクロエはただ賞賛しているだけではなかった。
「今回の生放送作戦、それに敵の攻撃を防ぐ手腕、どれもが素晴らしいですが、この窮地を脱する策もお有りなんですよね?」
クロエは自分の身よりも姫様の身が心配のようだ。
俺は彼女を安心させるために言う。
「もちろんだ。宮廷魔術師レオン・フォン・アルマーシュに死角はないよ」
そう言うとクロエは安心した表情でにこりと笑ってくれた。




