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最新モデル

 子爵の屋敷を駆ける三人――

 子爵は窓から逃げられるとは思っていなかったのだろう。庭の警備は手薄だった。


 しかしそれでも数人の兵士が襲いかかってくる。俺は彼らをなんなくはね除けると、屋敷の壁に到着する。


 壁の側によると、クロエがくるりと翻り、追撃の兵を押さえる。

 あうんの呼吸で行われる役割分担。俺たちは最高の相棒なのかもしれない。

 というわけで俺は自分の仕事をする。


 壁の近くに小さな木があることを確認すると、ドルイドの秘術でそれを成長させる。


 にょきにょきと伸び、瞬く間に巨大化する木。

 それを登って壁に飛び乗る作戦であるが、心配なのはお姫様だ。


 お上品を絵に描いたような彼女が木登りできるだろうか、と思ったが、それは杞憂だった。


「レオン様、馬鹿にしないでくださいまし。わたくしはこう見えても下町出身、幼き頃は男の子に交じって木登りくらいしました」


 とスカートの裾を縛り、「うんしょ」と登り始める。

 意外と器用に登ることに驚く、俺は次いでクロエを登らせる。


「俺が代わる」


 と追撃の兵士との戦いを引き継ぐ。


「私が引き受けますのに」


「今、一緒に登ると女性陣の下着が見える」


「紳士なのですね」


「ああ、家に帰ったら辞書で紳士の項目を引いてみろ。レオン・フォン・アルマーシュのこと、って書かれているはずだから」


 そううそぶくと、火球を敵兵に浴びせる。


 その後、魔法を放つ、敵兵と距離を保つと、颯爽と《飛翔》の魔法で壁の縁に立つ。


「木登りは苦手でね。本好きのインテリだから」


 そう戯けると、姫様は俺に抱きつく。《浮遊》の魔法を掛けることが分かっているのだ。クロエも俺に抱きつく。


「クロエはこの程度の高さはへっちゃらだろ?」


「おひいさまばかりずるいです。私も綿毛のような気分を味わいたいです」


「ま、減るものじゃないからいいけど」


 と言うとふたりの美女を抱きかかえ、壁から飛び降りる。

 右手に金色の髪を持つ太陽のようなお姫様、左手に黒髪の可憐なメイドさん。


 このような美女ふたりに抱きしめられるなど、アルマーシュ家の歴代当主でもいなかったはずだ。


 そう言った意味ではある意味、ご先祖様孝行な息子なのかもしれない。


 そんなくだらないことを考えながら、子爵の屋敷を背にし、『彼女』との約束の地に走った。



 シスレイア姫とその軍師、それにメイドを逃がした、と知ったワグナール子爵は烈火のごとく怒り、そのちょびひげを震わせた。


 自ら兵を率いて彼らを捕縛する! と言い放つ。


 私兵たちは子爵の指揮能力の低さを知っていたから、諸手を挙げては賛成しなかったが、それでも主が出向くのであれば仕方ない、と、出立する。


「あの小娘はどこに逃げた?」


 子爵は問う。

 兵士は答える。


「そう遠くまでは」


 すると斥候から報告が入る。


「シスレイア姫を町外れで捕捉しました」


 その報告を聞いた子爵は、にやりと笑う。


「やはり女子供の足ではこの程度か」


 子爵は兵を叱咤する。


「これから騎馬隊を率いて町外れに向かうが、シスレイア姫を捕縛したものには金貨100枚、軍師を殺したものには金貨30枚、メイドを殺したものは金貨10枚をやろう」


 その言葉を聞いて兵士たちは士気を上げるが、さすがは子爵の私兵、部下に「倫理的」「紳士」という感性はなかった。


「子爵、姫様はともかく、あのメイドは好きにしてもいいんですよね?」


 子爵は答える。


「一国の姫様をどうにかしようとはさすがに恐れ多いが、まあ、その侍女ならば好きにして構わない」


 その言葉を聞いた私兵は「おお!」と喜ぶ。


 子爵は下卑た冗談を言う。


「しかし、あのメイドはなかなか気が強そうだ。逸物を噛みちぎられないように注意するように」


 と言うと兵たちに笑いが包まれるが、その不快な笑いも止まる。

 急に倫理観に目覚めたわけではない。前方に獲物を発見したのだ。


「どうやら俺の兵と戦っているようだな」


「別働隊が捕捉していたようです」


「手際のいい部隊だ。これで逃げ場はないな」


「はい。我が部隊は騎馬隊で編制されていますが、後続から歩兵が次々と援軍にやって参ります」


「ふむ、完璧な作戦だ。ま、援軍など不要だがな、さあ、騎馬突撃をしろ! そのサーベルであの軍師の首をはねるのだ!」


「女は殺すなよ!」と補足する子爵の副官。「ははは」と笑いが漏れる。

 騎馬兵たちはその命令を正確に守った。


 一糸乱れぬ隊列でレオンたちのもとへ突撃すると、一糸乱れぬ様でそのまま穴に落ちる。


 ――ぽかり、と急に開いた大地の口に飲み込まれる。

 後方にいたため、その穴に落ちずに済んだ子爵は叫ぶ。


「な、なんだこれは?」


 レオンは即座に返答する。


「落とし穴だよ。貴族の坊ちゃんには馴染みが薄いかな」


「ば、馬鹿な落とし穴だと? そのように単純な手を使うのか!?」


「罠ってのは単純なほうがいいんだよ。見て見ろよ、お前の部下は皆、しこたまに打ち付けられて気絶しているぜ」


 部下たちはたしかに皆、地面に叩き付けられ、気を失っていた。中には首の骨があらぬ方向に曲がっている兵も見える。


 しかし、この落とし穴、どうやって作ったというのだろうか。屋敷から逃げ出してから十数分しか経っていないというのに、と思っているとローブ姿の魔術師は答える。


「これは《採掘》の魔法で掘ったんだよ。事前にとある女性に掘りやすい土質の場所を探してもらって」


「……く、くそー、おのれー。小賢しい真似をしおって」


「小賢しい、か。軍師には最高の褒め言葉だよ」


「しかし、勝った気になるなよ。お前たちは包囲されつつある。まもなく後方から歩兵が援軍に駆けつけてくれるはず」


「ほう、そりゃ大変だ」


 じゃあ、と続ける。


「街の外へ逃げればいいのかな、俺たちは」


「それも無駄だ。先ほど連絡があった。今、ケーリッヒ様が軍隊を率いてこの街に向かっている。反乱軍を殲滅し、国王陛下に安寧をもたらすためにな」


「ケーリッヒ自ら出陣か。それは計算外だな」


「そうだろう。二個師団、10000の兵が賊徒どもを皆殺しにするのだ」


 はっはっは、と高笑いを続ける。


「そりゃ、やばいな。当然、俺たちも殺されるんだろうな」


「当然だ。お前たちは今回の反乱の裏側を知ってしまったからな」


「ああ、お前がケーリッヒのやつに賄賂を渡すため、民から収奪し、それに怒った民が蜂起したんだろう」


「少し違うな。ケーリッヒ様が次期王位を継ぐため、だ。それに民から収奪しているのではなく、貴族の正当な権利として徴収しているだけだ」


「税を支払うために餓死した老人、娘を身売りしたものもいるって聞くぜ」


「当たり前だ。やつらはおれに奉仕するために生まれてきたんだ。税を払えないなら首をくくれ。女は街角にでも立つんだな」


「ゲスだな。そのことはケーリッヒも知っているのか? 民の血で汚れた金だと知って受け取っているのか?」


「当然だ。そのお陰で王都からの調査官も説き伏せることができたし、今回も派兵してもらっているのだ。というか、そもそも発案者はケーリッヒ殿下だ」


「なるほどね。賄賂を出すほうも受け取るほうもクズだった、というわけか」


「賄賂ではない。おれの未来を切り開く道を黄金で舗装しているだけだ」


「あっそ、しかし、その黄金の道というやつもこれまでかもしれないぜ」


「気でも狂ったか? 追い詰められているのはお前だぞ」


 子爵がそう言うとレオンの周りを歩兵が囲む。

 どうやら歩兵たちが援軍にやってきたようだ。


「案外早かったな」


 周囲の兵を確認する。100兵はいるだろうか。さすがにここまで多いと俺とクロエでもどうにもならない。


「余裕顔でいられるのもここまでだ。さあ、泣いて命乞いをしろ。土下座し、土を食みながら許しを請え」


 子爵は心底意地の悪い顔で言う。クロエには「裸になって踊れ」と命令する。

 クロエは「救いようのないゲスですね」心底冷たい表情で言い放つ。


「なんだ、命乞いはしないのか。まあいい。ならばここで死ぬまでだ。恨むならば己の好奇心を恨め。この街に潜入せず、勅命通りに反乱軍を駆逐していれば死なずに済んだものを」


 もっとも、と子爵は続ける。


「どのみち、ケーリッヒ様に逆らったものに命はない。反乱軍を鎮圧したとしても姫の命は長くなかっただろうがな」


 そう言うと子爵はシスレイアを見つめる。


 シスレイアはきっと見つめ返すが、口は開かない。信頼すべき軍師がなにかしようとしていると知っていたからだ。


 レオンは姫様の期待に応えるように右手を挙げる。


「さあて、茶番はここまでにしようか。ウィニフレット、出てきていいぞ」


 そう言うとウィニフレットは大きな機械のようなものを持って木陰から出てくる。


 その奇異の姿に子爵は驚く。


「な、なんだ、その機械は。それにその娘は」


「なんだ、子爵は録音機も知らないのか?」


「録音機だと!?」


「そうだ。古代魔法文明の遺物。いや、最近はドワーフも開発に成功したんだっけな」


 ウィニフレットのほうを見ると彼女は、


「その通り。このモデルはアース・インダストリィ社の最新モデル」


「最新モデルにしては大きいな」


「これでも従来比50パーセントの小型化に成功したのよ」


「それは素晴らしい。だからハーフエルフの女記者にも持てるんだな」


 そうね、と、うなずくハーフ・エルフの記者。


「な……!? その娘、記者なのか!?」


「そうだよ。彼女はサン・エルフシズム新聞の記者」


「サン・エルフシズムだと!?」


「そそ、この国で一、二位を争う発行部数を誇る大新聞」


 ウィニフレットは自慢げに言う。


「つまり、こういうことだ。ここにきてからのお前の会話はすべて録音させてもらった」


 そう言うとワグナール子爵は顔を真っ青にさせ、震え始めた。

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