表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/133

お姫様抱っこ

 ワグナール地方の領主、デザント・フォン・ワグナール子爵。

 彼と同じ名字を冠するこの炭鉱街の中心地にある彼の屋敷。


 一目で広大な敷地を持つと分かるが、それ以上に驚くのは周囲に囲まれた見上げんばかりの壁だろうか。


「……巨人対策でもしているのでしょうか?」


 ぽつりとつぶやくのはシスレイア姫。


「巨人を駆逐するのが目的かどうかは分からないけど、子爵はとても疑り深い性格をしているようね」


 答えるのはウィニフレット。

 皮肉気味に補足する俺。


「自分が悪党だという自覚があるのだろう。だから自分の屋敷を城塞化し、常に軍隊を常駐させているんだ」


「いつ反乱を起こされるか、分からないものね」


「実際、起こされつつあるしな」


 皮肉気味に言うとメイド服姿のクロエが尋ねてくる。


「これから子爵のもとへ向かって、彼と直談判しますが、我らには策を教えてくれないのですか?」


「教えてもいいが、観客にネタバレするのもなんだしな」


「これは劇ではありません。姫様の将来、それに民の暮らし、いえ、国の命運が掛かっているのです」


「だからこそだよ。姫様は人がいいだろう?」


「超善人です。聖女です。神の子です」


「そんなよい子があらかじめ策略の種を知っていたら顔に出てしまうだろう?」


「たしかに」


「俺はこれから子爵を欺くんだ。こういうペテンは俺の領分だ」


 と言うと俺は子爵の屋敷の門を叩く。


 無論、反乱前夜のこの状況、兵士たちは殺気立っていた。声が荒立つ。

 即座に俺たちを捕縛しようとする兵もいたが、声高に叫ぶ。


「我々は恐れ多くも国王陛下の勅令をたまわり、この地に派遣されたものである。その我々に無礼を働くと言うことは国王陛下に対して無礼を働くも同義であるが、貴官らはそれを分かっているのか?」


 俺の迫力ある啖呵が聞いたのだろうか。兵たちは動揺し、相談している。

 小声でクロエがささやいてくる。


「……素晴らしいです。国王陛下を尊敬しているわけではないのに、まるで忠臣のような口上です」


「尊敬しているさ。姫様の父上だしな」


「将来の義父になるかもしれませんし、そういうしかありませんね」


 と言うと一際偉そうな将官がやってくる。どうやら子爵の私兵を率いる指揮官のようだ。


「これはこれは、天秤旅団の皆さん、このたびは我らの応援に来てくださり、ありがとうございます」


「応援かどうかは分からないが、国王陛下の名の下、この国を蝕む疾患を除去できれば、と思っています」


「ならばどうか主にお会いください。正義は我が主にある。この地は子爵が国王陛下からたまわった地だというのに、やつらは反乱を企て、納税の義務を放棄するのです」


「らしいですな。ま、詳細は子爵本人の口から」


 と言うと彼は俺たちを子爵の屋敷の応接間に通してくれた。


 ただ、記者であるウィニフレットまでは駄目だという。というわけで彼女はここでお留守番。


「残念ですね」


 とシスレイアは言うが、ウィニフレットは全然残念そうではなかった。


 というか俺の秘策を実行するにはここで彼女と別行動を取った方がいいのである。


 そのことを知っている俺とウィニフレットは終始、にやにやしていた。



 子爵の屋敷の応接間は想像以上に豪華だ。いたるところに調度品があり、高名な芸術家の美術品もある。


 王族であるシスレイアの館よりも立派なような気がした。

 ただ、それについてはクロエが反論する。


「おひいさまの館は質素なものです。他の貴族たちにくらべればささやかな暮らしをしています。ここが立派で豪華すぎるだけです」


「だろうな。つうか、絵画の王様といわれたユエシール作の宗教画があるぞ。あれは子爵程度の爵位のものが持っていていいものじゃない」


「そうね。本来ならば王立美術館に所蔵されていてもおかしくない」


「そのほうが国民のためだな」


 と、やりとりしていると、ちょびひげをはやした中年の男が入ってくる。


「はっはっは」


 と大声を上げながら。


「これはこれは姫様、おひさしゅうございます」


「会ったことあるのか?」


 小声で尋ねるが、シスレイアは首を横に振る。


「……おそらくはパーティーかなにかで」


 ですが、と姫様は続ける。


「……失礼かもしれませんが、顔は覚えていません」


 申し訳なさそうに言う姫様を慰める。


「ま、気にしなさんな。つまりやつは取るに足らない存在ってことさ。俺の書いた筋書きでもすぐに退場する」


 そんなやりとりを終えると、姫様は彼と握手を交わし、「お久しぶりです」と言う。


「いやいや、本当にお久しい。子供の頃以来かもしれませんな。ここ数年、私は領地にこもって領地経営に明け暮れていましたから」


 上機嫌に言う子爵に、俺は遠慮なく言う。


「領地経営ではなく、領地収奪の間違いではないですか?」


 その言葉にカチンときたようだが、子爵は激高することなく、むすっとしながらシスレイアに問う。


「このものはわたくしの腹心です。宮廷図書館に勤めながら軍師もしてもらっている魔術師様です」


「……ほう、宮廷魔術師か」


 うさんくさげな目で見つめてくる。


「姫様の腹心と言うことだから許すが、口の利き方に気をつけるのだな」


「では気をつけていいますが、子爵、あなたが反乱を起こされたのは自業自得ではないのですか?」


「民のほうに正義があると?」


「この街に潜入して俺はそう思いましたが」


「反乱軍と接近したのか」


「彼らは義勇軍と名乗っています」


「やつらは俺に逆らう反逆者だ。国王陛下に逆らう賊徒だ」


「その論法が軍事法廷で通用するといいが」


「……その物言いはことを法廷に持ち込むつもりか」


「そうだけど」


「やめろ。無駄だ」


「そうでしょうか」


「お前も貴族の端くれならば知っているだろう。民がどれほど愚かで無意味な存在か。やつらは貴族に奉仕するために存在するのだ」


「民の労働の成果を収奪して生きるのが貴族だ」


「それが貴族に生まれたものの特権だろう」


 子爵はそう言い切ると、姫様を見つめる。


「……シスレイア姫もこの男と同じ考えに見えますな」


 シスレイアは嫌悪の感情を隠さない。


「わたくしは子爵よりも民の味方をしたいと思っています。ですが、一報聞いて沙汰するな、と、母に言って聞かされました。もしも子爵にも言い分があるのならば、軍事法廷で証明してください。この国の法廷は正義とはなんであるかを知っています」


「……なるほどね。小娘だからなんとか丸め込もうと思ったが、無駄だったかな」


「……え?」


 シスレイアがそう漏らしたと同時に、扉が開け放たれて兵士が乱入してくる。


「悪いが姫様、ここで死んでもらう。……そうだな、死因は刺殺。血迷った反乱軍に殺された、という筋書きはいかがでしょうか?」


「レオン様がおっしゃっていた筋書きにそっくりです」


「悪党は観客を驚かせようというサービス精神がないから、ストーリーに意外性を持たせないんだ」


 俺がそう言うと、襲い掛かってくる敵兵。

 その第一陣をクロエが露払いする。

 懐の懐中時計に魔力を込めると、それの鎖が蛇のようにうねり、敵をなぎ払う。

 一撃で複数の敵が吹き飛ぶ。

 それを見ていた子爵は苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「っち、この女、ただのメイドじゃないのか」


 クロエはにこやかに微笑み。


「ドオル族の戦士にございます」


「薄汚い亜人か」


「恐縮です」


 と言うと懐中時計で子爵を狙うが、それは兵士によって防がれる。子爵の兵士の中にはなかなかの手練れがいるようだ。


 俺は窓を覗く。


「撤退するのですか? レオン様」


「ああ、なかなかに強い兵もいるし、それにこの数だ。いくらクロエと俺でもどうにもならない」


「そんなことはありません。――と言いたいところですが、そうかもしれませんね」


 クロエは苦笑を漏らしながら兵士とつばぜり合いを演じている。


 このまま捕まれば子爵に殺されるだけ、冷静に戦力を分析した俺は右手に炎を宿らせる。


《火球》の魔法を唱えると、挨拶代わりにそれを敵兵にぶつける。

 一瞬で燃え上がる兵士たち。それを消そうとする魔術師。


 敵兵には魔術師もいるようだ。それに敵兵は屋敷の奥から無尽蔵に湧き出てくる。戦況不利なのは誰の目からも明らかだった。


 そう思った俺は、左手を挙げると呪文を詠唱する。


 簡易呪文だ。禁呪魔法も放てる俺であるが、実は一番重宝するのは簡易魔法だったりする。


 旅の途中、薪に火を付ける《着火》の魔法。

 泥水を飲料水に変える《浄化》の魔法。



 ――そして辺りを光に包む《閃光》の魔法。



 俺が放ったまばゆい光によって敵兵の目は奪われる。


 あらかじめ合図を決めていたシスレイアは、

「さすがはレオン様です」

 と賞賛してくれた。


 俺は感心しているシスレイアの手を引くと、そのまま窓を開け放ち、縁に足を掛ける。彼女も同じ動作をするが、少し戸惑っている。


 スカートだからではなく、単純に二階から飛び降りるのが怖いようだ。

 そんな彼女に右手を握りしめると言った。


「――俺を信じてくれ」

「――はい」


 彼女のその言葉を聞いた俺は《浮遊》の魔法を掛け、ゆっくりとした速度で庭に落ちる。


 ぷかぷかとクラゲのように庭に落ちると、シスレイアは言った。


「さすがはエルニア一の宮廷魔術師です」


「本業は司書だよ」


 そう言うと先ほどいた場所を見上げる。するとクロエが大空に飛び上がる瞬間が見える。


 逆光でスカートの中は見えないが、俺は落ちてくるクロエを地面でキャッチする。


 お姫様抱っこする形になったクロエは軽く頬を染めながら、

「お姫様抱っこをされてしまいました。――お姫様ではないのに」

 と言った。


 返答に困っていると、シスレイアはにこにこと微笑みながら、

「女の子は皆、お姫様なんですよ」

 と言った。


 ある意味、真理であるので異論は差し挟まないようにすると、俺たちはそのまま子爵の家の庭を駆け抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ