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ハーフエルフの記者

 反乱軍――、いや、義勇軍に捕まった俺たち。


 食料は配給されるし、虐待されるようなこともなかったので快適であったが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。


 なんとか脱出せねば、と思っているが、俺は魔法の荒縄で魔力を封印されている。

 クロエも要注意人物と目されているのだろう。かなり強固に束縛されていた。

 一方、姫様はこの国の王族として扱われているのか、かなり緩い縛り方だった。

 ここは姫様に脱出してもらい、俺たちの捕縛を解いてもらうのが一番だろうか。


 と思っていたのだが、肝心の姫様はこの手の作業が苦手だった。他人を偽ることが苦手なのである。


 トイレに立つ振りをし、見張りのものの注意を引き、縄を解いてもらった上で、見張りを逆に捕縛してくれ、と頼んだら、涙目になって戻ってきた。


「……ごめんなさい、見張りの婦人がいい人過ぎて、なにもできませんでした」


 と言う。

 俺とクロエは軽く呆れたが、落胆はしなかった。


 ま、そうなるわな、と互いに見つめ合うと、なにか別の方法を模索したが、別の方法を思いつくことはなかった。


 なぜならば思いつく前に状況の変化が訪れたのだ。

 ――夜中、俺たちが監禁されている小部屋に現れたのは、黒い影だった。

 小柄で帽子を深くかぶった男が、小声でささやく。


「……レオン・フォン・アルマーシュ、それにシスレイア姫、助けにきました」


 妙に澄み切った高い声だ。もしかして女性なのでは? と思ったが、それは正解だった。


 彼、いや、彼女は帽子を取ると、挨拶する。


「私の名はウィニフレット。サン・エルフシズムの記者です」


「あ、あなたは先日の記者会見でわたくしに質問をしましたね」


「よく覚えておいでで」


「なぜ、その記者さんがここに? それになぜ、我々を助けるのです?」


「あなた方の志に共感して――、というのは偽善が過ぎますね。私は未来のスクープのために動いています」


「未来のスクープ?」


「そうです。今、この状況下ではケーリッヒ殿下の悪行を糾弾できませんが、明日は無理でも明後日には風向きが変わっているかもしれません」


「そうありたいと思っている。いつまでもあの男の好き勝手にはさせない」


 俺がそう言うとウィニフレットはにこりと微笑む。


「これは未来への投資です。もしも将来、風向きが変わりましたら、姫様たちは私に協力してください」


「もちろんです。あなたのような新聞記者にならば喜んで情報を託します」


 シスレイアはそう言うと、縄をほどいてもらう。続いて俺もほどいてもらうが、一番難儀したのはクロエだった。彼女の場合、剛力を恐れた義勇軍が、荒縄で縛りまくったため、なかなかほどくことができないのだ。


 ウィニフレットとシスレイアは「うーん……」と難儀しながら荒縄をほどこうとするが、時間が掛かりそうだったので俺は彼女たちに一歩下がってもらう。


 そして軽く呪文を詠唱すると、真空波を発生させる。《風刃》の魔法でクロエの荒縄を切り裂くことに成功する。


 ぶっとい縄を切られたクロエは両手を挙げると、「お見事です」と、つぶやいた。


「美女に剣を刺すマジシャンのように鮮やかな手口でした」


「お褒めにあずかり恐縮だ。さて、自由の身は確保されたし、いったん、ここから引くぞ」


 はい、と三人は俺に続く。

 途中で義勇軍の見張りと遭遇しないように慎重に動く。


 もしも遭遇すればそのものを傷つけないといけない。それは俺たちにとって不本意だった。


 俺たちを縛り付けていた相手を気遣いながら逃亡するのは少し奇妙であったが、俺たちは無事、酒場の地下壕から脱出する。


 夜中だったので酒場の地上部分にもほとんど人がいなかった。



 脱出した俺たちはそのまま炭鉱外にある空き家に潜入する。

 そこで改めて自己紹介。

 知的でクールな美人は女性らしい格好に着替えると、髪をほどきながら言う。


「あらためまして、私の名はウィニフレット。サン・エルフシズムの記者です」


 ふさっと髪が宙に舞う。その姿はとても美しかったが、それよりも気になったのは彼女の耳が少し尖っていることだった。


「君はエルフなのか?」


「そうです。ハーフエルフですけどね」


「だから黒髪なのか」


「ですね。エルフは通常、金髪です。――まあ、私がハーフエルフなんてこの際、どうでもいいことなのですが」


 たしかにそうなのでそれよりも知りたい情報を尋ねる。


「てゆうか、ウィニフレット、君は記者なのだからこの街の情報には精通しているだろう」


「ええ、もちろん、三つ星レストランから高級娼館の位置まで、把握しているわよ」


「それは有り難い」


「エルフの可愛い子が買えるお店を知りたいの?」


「まさか」


 君みたいな美人がいるなら別だがね、と言えればプレイボーイになれるのだろうが、俺にプレイボーイの才能はない。


「俺が知りたいのはその三つ星レストランと高級娼館に通う人物の居場所だ」


 察しのいいウィニフレットはすぐに気がつき、その細い眉をしかめる。


「もしかしてワグナール子爵の屋敷が知りたいの?」


「そうだ」


「なぜ? そんなことよりもここから脱出するのが先決ではないの? 今、街の住人に捕まればまた捕虜にされるわよ。いえ、次は縛り首かも」


 お姫様のほうを見ると、

「シスレイア姫以外、生かしておく理由はないわ」

 と言い切る。


 クロエも主張する。


「今、子爵の屋敷に向かうのは危険です。我々を一網打尽にし、これ幸いと罪を住人になすりつけてくる可能性が高いです」


「だろうな、子爵はケーリッヒの腰巾着だ」


「ならば進んで虎口に飛び込まなくても」


「大丈夫、子爵という名の虎は息がくさいが、その分、歯が貧弱だ。付け入る隙がある」


「つまりなにか奇策を弄するのですね?」


 シスレイアは真剣な表情で尋ねてくる。


「その通りだ。ま、楽しみに見ておいてくれ」


「はい、歌劇の桟敷席にいるような感覚で拝見させて頂きます。レオン様はその知略で観客を虜にしてしまうのです」


「だといいが、ともかく、この一連の茶番劇には最高の結末を用意するつもりだ」


 原作 兼 脚本家 兼 演出家の俺は物語のエンディングにこだわるのだ。


「駄作でも最後が締まっていればそれなりの出来になるのさ」


 そう持論を述べるとウィニフレットに耳打ちする。

 彼女の大きな耳に秘策を打ち明ける。

 彼女は「ふむふむ」と真面目に俺の話を聞き始める。

 3分ほどで詳細を話し終えると、彼女は俺のことを呆れた表情で見つめる。


「天秤師団には切れ者の軍師がいると聞いていたけど、それはあなたのことね?」


 間接的に俺の策を褒めるウィニフレット。彼女は続ける。


「今の策ではっきりと分かったわ。マコーレ要塞を奪還したのはあなたの手腕でしょう」


「全部、姫様の手柄だよ」


「嘘つき。今日、直に会って分かったけど、姫様は人を惹き付けるカリスマ性はあるけど、知将タイプではないわ」


「ま、そういうことにしておいてくれないか。賢い君ならば分かるだろう?」


「そうね。たしかにあなたのような着た切り雀の魔術師がマコーレ要塞を落としたと記事を書くよりも、美人の姫将軍が落としたというほうがニュースソースとしては優秀」


「というわけだ。これからも定期的に君にニュースソースを提供するということで、黙っておいてくれると嬉しい」


「よろしい。手を打ちましょう。――ただし、この作戦の手伝いをするのは別枠」


「それは王都に帰ったら食事をご馳走するというのはいかがかな?」


「トパーズ通りにあるシェラスコの店に連れて行ってくれるのならば」


「軍人 兼 宮廷魔術師の給料ではきついな」


「そんなに高い店ではないわ。でも――」


「でも?」


 ウィニフレットは俺の肩越しに視線をやる。


「お姫様とメイドさんも連れて行ってほしそうにしている」


 軽く振り向くと、たしかにその通りだった。


「……ま、二職分、給料をもらっているし、たまには奢るのも悪くないか」


 そう言うと彼女たちを食事に連れて行く約束をし、ワグナール子爵の屋敷に向かった。

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