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一切れのパン

 酒場にある地下塹壕に連れて行かれる。

 そこには女や子供がたくさんいた。

 皆、武具の手入れをしたり、針仕事をしたり、塹壕の補修をしている。

 どうやら武装蜂起に備えているようだ。


「武装蜂起が起これば女子供が被害に遭うからな。せめて自分たちの家族だけは守りたい」


 と塹壕で長期間暮らせるように事前に準備をしているようだ。


 立派な心がけであるが、そのような心配をしなくても済むような形で事件を終着させたいものである、と言うとリーダーは、


「期待しているよ」


 と期待なさげにその場を去って行った。


 代わりに俺たちの見張り番を買って出たのは、ひとりの婦人と、小さな子供だった。


 元気いっぱいの子供は「アルフ」と名乗る。


「おれはまだちいちゃいから義勇軍に入れて貰えなかったけど、その代わりかーちゃんたちを守るんだ」


 とドヤ顔をしている。

 なかなか頼もしい子供である、と思った俺は彼に話しかける。


「なかなか頼もしそうだな」


「当たり前だ。俺の父ちゃんは義勇軍最強の戦士だ。その息子が勇敢でないわけがない」


「頭に鍋をかぶっていなければもっと説得力がある」


「仕方ないだろ。本物の兜は大人優先だ」


「俺の縄をほどいてくれたら、その鍋を格好いい兜に《錬成》してやるんだが」


「ほんとか!?」


 目を輝かせる少年。やはりお子様であるが、その横の婦人はおとなだった。


「アルフ、騙されては駄目よ。その方はとても有能な魔術師らしいの。一瞬も目を離しては駄目ってオルガスが言っていたわ」


「あ、そうだった。このあんちゃんは魔術師だったんだ」


 危うく騙されそうだったぞ、とアルフは抗議するが、無視をすると婦人に尋ねる。

「やはりオルガスたちは武装蜂起するのか?」


「…………」


 しばしの無言のあとにこくりとうなずく婦人。


「……するわ。わたしたちはもう子爵の圧政に耐えられない」


「もうしばらく我慢してくれないか? 俺が、――いや、ここにいる姫様がすべて丸く収めてみせる」


 婦人は姫様を軽く見るが、首を縦に振ることはなかった。


「……新聞は夫に読み聞かせてもらった。今のエルニアの第三王女はいい人だって。こんな子が女王になってくれればいいって言ってた。でも、この子が女王になるのは何年も先なんでしょ? わたしたちはもう耐えられない」


 婦人は悲しみに満ちた目で心情を語る。


「言っていた」という過去形を使う辺り、おそらく、彼女の夫はもうこの世の人ではないのだろう。


 優しげな女性に見えるが、説得は不可能のように思えた。

 俺たちはしばし、状況の変化が起こるのを待つ。

 脱出する機会がそのうち訪れると思ったのだ。



 時間が流れ、夜になる。

 義勇軍を自称する連中は捕虜を遇する道を知っているようだ。

 虐待されるようなことはなく、食事もちゃんと出される。

 ただし、出された食事は猫もまたぐようなものだが。


 なにも味付けされていないオートミール。それに堅焼きのパンが一切れ。飲み物は井戸水だけ。


「王都の刑務所でももっとましなものが出されます」


 とはクロエの苦情であったが、姫様は文句を言わずに食べていた。

 見れば周りのものも同じものを食べていたからだ。


「子爵の取り立ては本当に厳しいようだな。炭鉱夫たちもこれと同じものを食べているかと思うと、ほぼ虐待だ」


 燕麦のかゆと堅焼きのパンだけで、岩盤を削り、砕いた岩を運ぶのは自殺行為に他ならない。


 それを強要する子爵はたしかに悪魔のようなやつなのだろう。


 改めて悪魔を懲らしめる方法を考えていると、子供たちが物欲しそうにこちらを見ていることに気が付く。


 どうやら食べ足りないようだ。

 そりゃそうか、食べ盛りの子供たちがこれだけの量で満腹になるわけがない。


 ただ、物欲しげに見ても堅焼きパンをあげることはできない。俺は食べられるときに食べるタイプだからだ。


 泥水をすすってでも生き残る、それが俺の信条だからだ。

 そのような人間がこの状況下で、食べ物を分け与えることなどない。

 と思っていると子供たちは堅焼きのパンを食べていた。


 ――どうやら姫様が分け与えてしまったようだ。


 姫様、と非難がましい視線を送る。俺だけでなく、クロエも。

 ただ、その光景を見ていると、この国に亡命してきた直後のことを思い出す。


 父親が働きに出ている間、俺の面倒を見る姉。食事の用意をする姉だが、当然のように食事の量は少ない。


 腹を空かす俺、姉はそんな俺に食べ物を分け与える。


「お姉ちゃんはもうお腹いっぱいなの。レオン、残り物で悪いけど食べてくれる?」


 そう言って少ない食事をいつも半分以上残し、俺に分け与える姉。


 幼かった俺は姉の言葉を信じ、遠慮なく頂いていた。姉は細身だが、ダイエットしているのだと思い込んでいたのだ。


 しかし、そんなことはない。姉は自分は我慢をし、幼い弟を気遣っていただけに過ぎない。貴族のボンボンだった俺にひもじい思いをさせまい、と思いやってくれたに過ぎないのだ。


 後にそのことを知った俺は、姉に感謝すると同時に自分の愚かさに心底呆れた。いつか、姉に恩返ししようと思っていた。


 ――結局、いまだに姉には恩返しできていないのだが、あの優しい姉ならば今、俺がここでこのパンを分け与えれば喜ぶことだろう。


「さすがはアルマーシュ家の嫡男です。その心意気は王者のようです」


 そう微笑む姿を想像できたので、素直にパンを半分引きちぎると、それを子供たちに与えた。


 その姿を見ていたシスレイアは聖母のように微笑むと、

「……さすがはレオン様です」

 と言った。


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