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未来のスター記者

 ワグナール子爵の私兵を退治した俺たち。


 その事実は彼らの士気を大いに上げたようだが、ひとつだけ想定外のことがあった。


 ひとりの兵士が姫様のことを知っていたのである。いや、気が付いたというべきか。


 気絶した兵士をふん縛っているとき、ひとりの兵士がそのことを指摘してくる。


「なぜ、こんなところにシスレイア姫がいるんだ。マコーレ要塞の英雄が、なぜ、こんなところに」


 その言葉を聞いたとき、酒場の連中は兵士の戯言かと思ったが、酒場の新聞に貼られていたサン・エルフシズム新聞の一面を剥ぎ取ったリーダーがつぶやく。


「……似ている」


 その不穏な口調を見て緊張を走らせる俺たちだが、抗弁する暇もなかった。

 リーダーが姫様の横まで歩くと、新聞の一面を彼女の顔の横に並べる。


 写真と実物、どちらが綺麗か、と問われれば実物をあげるが、問題なのはそこではなく、ふたりが同一人物と言うことだった。


「……どこかおかしいと思った。村娘にしては小綺麗すぎる。あんた、この国の姫さんか」


 そこまで証拠を突きつけられたらば、もはや隠し通せないと思ったのだろう。

 それにいつか身分をばらし、彼らを説得しないといけないとも思っていたようだ。

 シスレイアは堂々とした態度で言う。


「その通りです。わたくしの名は、シスレイア・フォン・エルニア少将。天秤師団の団長を務めています」


 正規軍! 軍の犬か!?

 どよめきが走るが、シスレイアはそれも否定しなかった。


「その通りです。わたくしは国王の勅命を持ってこの反乱を鎮圧しにきました。ですが武力は用いたくありません。投降し、国王陛下に謝罪することによってその罪を償ってください。――いえ、一緒に償いましょう。微力ながらわたくしも協力させて頂きます」


 その言葉を聞いたリーダーは、「……ほう」と考え深げな顔をするが、首を縦に振ることはなかった。


「救国の姫将軍がそういうのだ。悪いようにはなるまい。しかし、それはできない。なぜならば今、ここで蜂起せねば同じことの繰り返しになるからだ。たしかに今、投降すれば罰せられるのは俺たちだけだが、この蜂起の動きが終れば子爵はさらなる増税で締め上げてくるだろう。家畜のような、いや、家畜以下に扱われることにもう俺たちは耐えられない」


 そうだ! 俺たちは人間なんだ! と酒場の若者たちは続ける。


「――というわけでだ。私兵から救ってもらって悪いのだが、おまえたちは拘束させてもらう」


 それぞれに事情があるさ、と返答したのは俺だった。


「まあ、俺はともかく、姫様は諦めないみたいだ。おまえたちを救うことを」


「優しい姫様だ」


「ああ、だから手荒な真似はするなよ」


「分かっている。ただし、おまえは念入りに縛らせてもらうぞ」


「男にも優しくしろ」


「男女差別はしないが、魔術師差別はするんだよ」


 と言うとリーダーは呪術的な処理をした荒縄で俺を縛る。


「用意がよろしいことで」


「地下に武器庫がある。そこにこういうのがいっぱいあるんだ」


 リーダはそう言うと、俺たちを地下に連行する。

 ただ、俺は途中で軽く振り返り、尋ねる。


「ああ、そうだ。あんたの名前を聞いていなかった」


 そう尋ねると、リーダーは快く教えてくれた。


「俺の名はオルガスだ」


「オルガスか、立派な名前だ」


 それだけ言い残すと、そのまま連行される。



 その姿を喰いいるように見つめる存在がいる。

 男物の衣服をまとい、帽子を深くかぶった人物。

 彼は一週間ほど前からこの反乱に参加していたが。実はこの街のものではない。

 ケーリッヒ側の間者でもない。


 つまり第四勢力的な存在なのだが、ことの推移を見守り、ときおり、メモ帳を取り出してはなにか書き込んでいた。


 その謎の存在は事態の推移を興味深く観察している。


(……地方で大きな反乱が起るとは情報を得ていたけど、面白くなってきたわ。ケーリッヒ殿下のために民から収奪する強欲子爵。それに反抗する住人たち。そしてその争いを止めようとするお姫様)



 もしもこの事実を新聞に載せることができれば、新聞の売り上げは一〇倍増。一躍、スター記者になれるだろう。


 しかし、このようなことは書くことはできない。軍の恥部になるような記事は検閲されるのである。



(けれど、それは『今現在』だけのこと。明日には状況が変わっているかも)



 今は軍部の力が強いが、明日には風向きが変わっているかもしれない。

 明後日にはケーリッヒが失脚し、この愚行を世間に公開できるかもしれない。


 明明後日にはアストリア帝国にエルニアが占領され、旧支配者たちのスキャンダルを白日のもとにさらせるかもしれないのだ。


 だから自分はこの仕事をしているのだ。このように危険な現場に潜り込み、取材を重ねているのだ。


 そう自分に言い聞かせると、未来のスター記者は酒場を去り、色々と準備を始めた。

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