炭鉱街の酒場
ワグナール地方に近づくと、三人は馬を森に隠し、変装をする。
俺はともかく、姫様の服装は目立ちすぎる。それにメイドのクロエも。
いかにもお姫様とメイドという格好で歩けば、俺たちが間者であるとすぐにばれるだろう。
そのような間抜けな真似は避けたかった。
というわけで彼女たちふたりには村娘の格好をしてもらうが、木陰で着替えたふたりはそこそこに決まっていた。
どこにでもいるような村娘に扮装してくれる。特にクロエはなかなかに決まっていた。
彼女は得意げに言う。
「そもそも私は元々村娘ですから」
「たしかに生まれたときからメイド服を着ているような娘はいないな」
と評すとシスレイアも同意してくれる。
ちなみに彼女も意外と村娘の格好が似合っていた。
無論、その高貴さをすべて隠すことはできないが、質素な格好もよく似合っている。
そのことを指摘すると。彼女は「うふふ」と笑い続ける。
「わたくしは子供の頃は普通の街娘でした。普通の格好をし、普通に暮らしていたんですよ」
なるほど、たしかに彼女は子供時代、王都の下町にいたとは聞いた。そのときにはこのような格好をしていたのは想像できる。
ただ、彼女がお手玉をしたり、あやとりをしている姿はあまり想像できなかった。
そう指摘すると彼女は、「そんなことはありませんよ」と否定する。
「わたくしはこう見えてもあやとりが得意なのです」
と胸を張るが、まあ、それを見る機会は今ではないだろう。
今はワグナールの街に潜入することに注力すべきだった。
ふたりも同意する。
ワグナールの街に向かう。ちなみにワグナールの街は炭鉱の街だった。この街では魔石と呼ばれるこの世界では欠かせない燃料となる鉱石がよく取れるのだ。
遠くからでも火薬などで削った山肌や炭鉱へと続く洞窟が見える。
それを囲むように発展したワグナールの街はいわゆる炭鉱街なのだが、炭鉱街独特の活気はなかった。
当然か。
半年前に暴動を起こし、今も蜂起しようかという街に活気があるほうがおかしいのだ。
そう考察すると、俺たちは紛れ込むように街の中に入っていった。
ワグナールの街は最初の感想通り、静まりかえっていた。
まるでゴーストタウンのよう、というのはおおげさではないだろう。街に入ってからしばらく人と出会うことはなかった。
「住民の皆さんは外出を控えているようですね」
「みたいだな。まあ、蜂起が始まるかもしれないのだから、女子供は出歩かないだろう」
「ならばどうするべきでしょうか? 個別に家を訪ねますか?」
「それは怪しすぎる。酒場に行こう」
「酒場ですか?」
「そうだ。このようなときでも、いや、このようなときこそ、男衆は酒場に集まるもの。酒を呑み、英気を養い、武装蜂起するかどうか、話し合っているはずだ」
その考察を述べると、そのまま酒場に行く。
酒場にはたしかに明かりが灯り、人の気配があった。
皆がそれぞれの表情で酒を呑んでいる。
「素晴らしい推理ですね」
シスレイアは褒めてくれる。俺は軽く受け流すとそのまま酒場に入る。
酒場に入ると、男衆の視線が俺たちに集まる。
彼らは皆、殺気立っていた。
殺気を和らげるため、挨拶をする。
「よう、初めまして。俺は旅の魔術師のレオンっていうんだ」
「旅の魔術師? こんなときになんの用だ?」
「こんなときだからきたのさ。俺は魔術師だぜ、傭兵にどうだ?」
「……傭兵か。後ろの嬢ちゃんたちはなんだ?」
「こいつらは俺の妹だ。故郷に残してくるのが不憫だったので連れてきた。飯炊き洗濯、なんでもするぞ」
にこりと微笑み、挨拶するシスレイア姫とクロエ。
うさんくさく見つめてくるものもいるが、とりあえず、旅の傭兵として扱ってもらえそうだ。
一同の代表が話しかけてくる。
「この状況下で魔法が使える傭兵の存在は有り難いが、お前が間者ではないという証拠がほしい」
「証拠か。状況証拠じゃだめか? 今さらワグナール子爵がそんな七面倒くさいことせんだろう」
「たしかにやつならば王都に派兵を求め、俺たちを殲滅しそうだ。半年前のように」
「半年前の蜂起は失敗したのか?」
「ああ、内通者が出てな。内通者以外の首謀者は捕縛され、縛り首になった」
その内通者もその罪を悔いて自殺した、と続ける。
「次はそんなことにならないさ。てゆうか、降伏する気はないのか?」
「降伏? ありえない。今さら降伏したところで許されないし、俺たちはこれ以上、搾取に耐えられない」
そう言うと一同の代表は周囲を見渡すように言う。
男たちは皆、焦燥感にあふれていた。頬がこけ、目がくぼんでいる。まともに食べていない証拠だった。
皆、咳き込み、血の混じった痰を吐くものもいた。
「灰塵マスクすら与えられず、魔石を掘り続けたものの末路だ。こいつらは縛り首以前にもう寿命が確定している。ならば最後に死に花を咲かせてやりたい」
それに、と続ける。
「男衆以上に女衆が耐えられない。そこのロビンの妻はろくに食べ物も食べていないから乳が出ない。先週、生まれたばかりの赤子も餓死したくらいだ」
ロビンはその話を聞くと悔しそうに机を叩く。
「……子爵のやつは許せない! 絶対、殺してやる!」
今にも席を立って子爵の館に飛び込みそうな勢いであったが、周囲のものがそれを押さえる。
「……子爵のやつは軍隊を集結させている。今行くと犬死にだぞ」
「……分かっている。でも」
とロビンは続けるが、飛び出したいのは彼だけではないようだ。
ロビンの横にいた男も声を上げる。
「俺の娘も死んだ。……肺炎と言えば聞こえはいいが、本当はただの栄養失調だ。これもすべて子爵のやつが重税を取り立てるからだ。俺たちはやつのために穴を掘っているんじゃない」
その声には複数のものが賛同する。
皆、子爵討つべし! と声を上げるが、そのとき、扉を開けるものがいた。
一同の視線がそこに集まるが、酒場の扉を開けたのは、この国の兵士のようだった。
――彼らは子爵の私兵のようだ。
この酒場をあらためる、と言い放ち酒場を調べ始める。
なんでも通報があり、武装蜂起の集会が開かれていると報告があったという。
酒場にいるものすべてに緊張が走る。子爵の私兵の主張は正鵠を射ていたからだ。
レオンの横にいたものは「殺るしかないか……」とナイフを握りしめるが、それは止める。
「……今、露見したらまずいのだろう」
それに答えたのは一同のリーダーだった。
「……その通りだ。ここの連中はこの街の武装蜂起予備軍への連絡役を勤めている。今、捕まれば予定が大幅に狂う」
「ならばこの場をやり過ごすしかないな」
「そうだが、どうする? この酒場の下には武器がある。それが見つかったらいいわけできない」
「そうか。じゃあ、その前に敵を倒してしまえばいいな」
「……倒すだと? それは無理だ。やつらは完全武装している」
リーダーがそう言い終えると、俺は行動によって反論した。
ゆっくりと兵士たちに近づくと、右手に持っていたグラスを床に落とす。
目の前の兵士は一瞬、グラスに視線をやった。その瞬間を見逃さず、彼の腹部に右拳をめり込ませる。
「ぐはっ!?」
胃液をまき散らす兵士。それを見ていた他の兵士は武器を構えようとするが、クロエによって阻まれる。
クロエは懐から懐中時計を出すと、それに魔力を込め、手足を攻撃する。兵士たちに武器を握らせない。魔力をまとった鎖が敵兵を襲う。
俺はその間、身体能力を強化し、次々と兵士に襲いかかる。
二体目の兵士はその場でしゃがみ込み、足払いを決める。倒れ込んだ兵士はクロエがストンピングで気絶させる。鼻を蹴り下ろされた兵士は哀れにも失神している。足を振り上げたときに彼女の下着が見えたはずだから、僥倖だったことだろう。
三体目の兵士は殴り掛かってきた。俺の顔面目掛け、フックを入れてくるが、それを颯爽と避けるとショートアッパーを加える。巨漢であるが、あごに的確に力を入れれば脳を揺さぶり、気絶させることができるのだ。
あっという間に三体の兵を倒すと、酒場の士気は上がる。今ならばこいつらに勝てる。そう思った街の住人はそれぞれに兵士に襲いかかる。
炭鉱夫独特のぶっとい腕でパンチを食らわせるもの。酒場の椅子で殴りつけるもの。複数人で襲いかかり、重さで圧倒するもの。色々いたが、皆、攻撃が成功する。
次々と倒れる子爵の私兵たち。
あっという間に数を減らし、やがてすべてが捕縛される。
ちなみに俺が倒したのは四人、クロエがふたり、残りは皆、酒場の連中が倒した。ま、俺が《弱体化》や《強化》を掛けたということもあるが。
一連の戦闘が終ると、それぞれに高揚しながら、その場で喜びを表す住人。
「……か、勝った」
「武装した兵士たちにも勝てるんだ。俺たちは」
「もう、子爵など恐れないぞ」
ひとりひとりが喜びを表現しているが、それが一段落すると、視線が俺に集まる。
先ほどの戦いで英雄的な活躍をした俺に礼が言いたいらしい。
「英雄的だなんて大げさな」
「そんなことはない。あんたは英雄だ。俺たちは怖くて兵士に立ち向かえなかった。だが、あんたは怯むことなく、立ち向かった」
「あんたの強化魔法、すごかったぜ。勇気まで湧いてくるようだった」
「その動き、ただものじゃねーよ。あんた、本当にただの魔術師か?」
賞賛の声が上がる。
酒場のマスターは俺のところにくると、ビール瓶を差し出す。
代金を差し出そうとすると、
「英雄からお代は取れねえよ」
と言う。
どうやら俺は彼らに実力を認めてもらったようだ。
皆、マスターからビールを受け取ると、
「新たな英雄に乾杯!」
「最強の傭兵が俺たちに味方してくれるぞ」
と喜び、俺を肴にビールをあおっていた。




