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鎮圧命令

 姫様とつかの間の安らぎを味わっているが、それだけで給料を貰えるほどエルニア陸軍は甘くなかった。


 翌日、軍事府にある姫様のオフィスに使いがやってくる。

 恐れ多くも国王の名代である。


 彼は国王陛下の名前と業績を読み上げると、シスレイアにとある地方で起きそうな反乱を事前に鎮圧せよと命じてくる。


 その命令で美しい眉を歪めたのはシスレイア本人だった。彼女は使者に問い返す。


「ワグナール地方の反乱の事前鎮圧ですか」


「左様」


 居丈高に返答するのは国王の名代だからだろう。その裏で動いているのは次兄のケーリッヒだからというのもあるかもしれない。


 姫様もそれに気が付いていたが、気分を害することなく質問する。


「ワグナール地方は兄上の管轄のような気がするのですか」


「ケーリッヒ様の領地ではない」


 そのケーリッヒの腰巾着のワグナール子爵の領地だろう、とは言わなかった。

 どのみち勅命とあらば引き受けなければならない。

 俺は使者に詳細を聞く。


「ワグナール地方といえば半年前にも反乱を起こしましたが、再び不穏な動きがあるということですか?」


「左様。半年前にも反乱を起こし、国王陛下の宸襟(しんきん)を騒がせた賊徒どもが再び不穏な動きをしている。事前に軍を投入し、賊徒どもを鎮圧せよ」


「反乱を起こしていない国民を討伐することなどできません」


 そう主張する姫様だが、次兄やその配下にそのような論法は通じない。

 使いのものは「ともかく、勅命は伝えましたぞ」とその場を立ち去っていった。


 その後、ふたりで顔を見合わせると、軽く溜め息をついたが、無為無策に溜め息ばかり付いていることはなかった。


 ケーリッヒに思惑があるのは分かっていたが、勅命と言われれば軍人として命令に背くことはできなかった。



 軍事府にあるオフィスから王宮近くにある邸宅に戻る。

 するとメイドのクロエがうやうやしく頭を垂れ、迎え入れてくれる。


 彼女は「お風呂にしますか? それとも食事にしますか? あるいはワグナール地方の情報が必要でしょうか?」と尋ねてきた。


 さすがは忍者メイドの異名を誇るメイドさんだ。すでに姫様に下された勅命を知っているようである。


 ならば話は早いと情報を頂く。


 かしこまりました、と頭を下げるメイドさんであるが、ただ情報を述べるのではなく、まず紅茶をいれるのはさすがだと思った。


 温かい紅茶に口を付けながら、姫様と俺は情報を聞く。


 ――ワグナール地方。王国の東部にある山間部。ワグナール子爵の領地であるが、半年前にも反乱が起きたことがある。


 まあ、そこまでは俺も姫様も知っていたが、なぜ、反乱が起きたかは知らなかった。


 クロエはそれを教えてくれる。


「ワグナール子爵はケーリッヒ殿下に気に入られるため、多額の賄賂を送っていました。ケーリッヒ殿下の力添えで出世を望んでいたようです」


「猟官運動ってやつか」


「そうです。しかし、多額の賄賂を用意するには、子爵の領地は狭すぎました」


「つまり子爵は身の丈に合った賄賂ではなく、収入以上の賄賂を送り続けたってことか」


「その通りです。子爵はその賄賂を支払うため、民に重税を課し、反乱を起こされたのです」


「それでは民に悪い点などないではないですか」


 というのは姫様の主張であるが、その通りだった。


 前回の反乱は民が不当な税金の取り立てに抗議しただけのものだった。それを反乱と軍上層部に報告し、討伐軍を要請したのだ。


 無論、収奪も討伐も法の範囲内で行われたことなのだが、法を決めるのはいつの時代も権力者と相場が決まっていた。住民がいくら訴えたところでなにも変わらないのだ。


 そのことはシスレイアも重々承知しているようだが、それでも心根の優しい彼女は見過ごせないようだ。


「……同じようなことが二度も続くのは看過できません。今回は住民の暴走を防ぎたい」


「そう言うと思った」


 姫様はこくりとうなずくと、決意に満ちた所信を口にする。


「幸いと住民はまだ蜂起していません。今回、派遣されるのは我ら天秤師団です。

ですので住民が本当に蜂起する前に、住民を説得し、平和的にことを納めるように説得しましょう」


 そう言うと思っていたので、反対はしない。

 軽くクロエのほうを見ると、彼女の同行を願う。


「軍隊を連れて近づけば住民を刺激する。つまり住民を説得するには俺たちが単身、乗り込むしかない」


 その言葉を聞いたクロエの反応を探る。

 最初、彼女は怒るかと思った。大切なおひいさまを危険に晒さないでください、そう言うかと思ったが、そういった台詞は発しなかった。

 彼女は逆に俺の決断を賞賛する。


「軍隊で鎮圧をすると言えばおひいさまは単身、ワグナールに向かうでしょう。ですが最初から私たちを連れて行くのならば、自重してくれるでしょう」


 それがクロエの考えだった。


 その考えを聞いたシスレイアは口を大きく開き、「まあ」と驚く、自分の行動を言い当てられて驚いているようだ。


 まあ、姫様の性格ならば簡単に予想できると思うのだが、あえてその点には触れない。


 その代わり、姫様に軽く説教をする。


「今回は姫様の要望に応えますが、その代わりワグナールでは勝手な行動をしないように。常に俺とクロエから離れないように」


 その説教を聞いたシスレイアは、こくりとうなずくと、旅支度を始めるようにメイドたちに命令を下し始めた。


 クロエもそそくさとその輪に加わり、旅に必要なものをまとめ始める。


 姫様のメイドたちならばなんの過不足もなく旅支度を終えるだろう。ならば俺も家に帰って旅支度を始めるか、と思っているとひとりのメイドが荷物をまとめたものを持ってくる。


 そこにあるのは俺が普段着ているローブと下着類だった。


「レオン様はお召し物にこだわりがないのでこの館にも常備しておきました」


 にこりと微笑むメイド。

 なるほど、どうやら俺の持ち物へのこだわりのなさは周知の事実らしい。


 軽く苦笑するが、それでもワグナール地方に行く前に、一度だけ家に帰る。荷物は必要ないが、本は必要なのだ。


 同じ服を数週間着ることには耐えられるが、本がない生活には耐えられない俺。本は旅の友なのだ。


 そう断言するとさくっと自宅に帰り、読みかけの本と気になる本を鞄に入れる。


 そそくさと部屋を出ると、そのまま馬に跨り、王都の郊外で姫様たちと合流した。


 そのまま三人は馬を走らせ、ワグナール地方へと向かった。

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