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陰謀と食事会

「救国の姫将軍、現る! たったの一旅団で難攻不落の要塞を攻略したのは天才少女」



 そう書かれた新聞を苦々しく見るのは、この国の第二王子だった。

 名をケーリッヒという。


 彼の周囲にいるメイドは怯えるどころか震えていた。いつ、主の怒りに導火線に火が付き、ヒステリックに暴れ出すか、気が気ではないのである。


 気が立った彼は使用人を当然のように殴る。己の気が済むまで殴る。


 先日も軽い粗相をしてしまったメイドを殴った。彼女の上に跨がると、気絶するまで殴りつけた。結局、そのメイドは左目を失明し、ケーリッヒの館を追い出された。


 食べ盛りの弟がいると言っていたが、あのような顔にされるともはやメイドはできまい。


 夜の街に立っている同僚を思うと、胸が切なくなると同時に、いつ、自分もそのような目に遭わされるかと思い、戦々恐々とするのだった。


 メイドは細心の注意をしながら主にコーヒーを注ぐが、主の怒りが頂点に達する。ちらりと新聞記事が目に入る。そこには次期国王は女王となるか!? という憶測の記事があった。


 これはケーリッヒの自尊心を大きく傷つけるだろう、と思ったが、その予想は外れていなかった。


 彼は力任せに新聞を破り捨てると、テーブルをひっくり返した。


 恐れおののくメイドたち、いったい、今夜は誰が彼の毒牙に掛かるのだろう、そう思ったが、有り得ないことに、そのような事態にはならなかった。


 怒りの矛先がメイドに向かうよりも先に別の場所に向かったからである。


 主が見ているのは部屋の隅だった。そこには真っ黒な空間があり、そこからにょきっと人の手足が出てくる。やがて暗黒の穴から人の姿が現れる。


 真っ黒なローブを着、顔をフードで隠している。


 まるで邪教の司祭のようだが、それは見当違いな感想ではないだろう。誰の目から見ても邪悪で醜悪な匂いを感じた。


 邪教の司祭は、軽くメイドたちを見る。


 この場に相応しくない、ということだろう。ケーリッヒは納得すると、声を荒げ、自分たちを退出させた。


 思わぬ救いの神に感謝をしながら、メイドたちは下がるが、ケーリッヒは彼女たちがいなくなると、再びテーブルを蹴る。


「……くそ、面白くもない。なにが救国の姫将軍だ」


「各紙の一面を飾っているようだな」


「ああ、そうだ。ドワーフ・タイムズ、サン・エルフシズム、ガーディアン・ヒューム、すべてが忌々しい妹を特集している」


 邪教の司祭は新聞を軽く撫でながら続ける。


「一流紙ばかりだ」


「見る目がない」


「それはどうかな。このまま順調に出世を重ねれば、本当に王位争いに参加してくるかもしれんぞ」


「あいつは端女の子だぞ。淫売の娘だ」


「王の血統と国民の支持があれば誰でも王になれる」


「……忌々しい」


 再び吐き捨てるように言うと、「お前ら終焉教団のいうことを素直に聞いていればよかった」と続ける。


 終焉教団とはこの陰気な男が所属する邪教徒の一団のことである。なんでも魔王を復活させることに命を懸けているようだ。


 ケーリッヒはこの終焉教団から援助を受け、長兄マキシスに対抗していたのだが、彼ら終焉教団は、数ヶ月前から、「シスレイア姫」こそケーリッヒの覇業を邪魔する存在、と告げられていた。


 身分卑しい末の妹になにができる、と、妹の上司をけしかけるくらいしか手を打っていなかったが、今にして思えば甘かったのかもしれない。


 正直に告白すると、終焉教団の司祭は、「素直なのはよろしいことだ。殿下は必ずこの国の王となる」と微笑んだ。


 ――いや、微笑んだような気がしただけだ。フードで隠した顔はケーリッヒでさえ見たことがないのだ。


「しかし、導師エグゼパナよ。俺が王位になるのは長兄のマキシスを排除せねば。それにこの生意気な妹も」


「前者はすぐにというわけにはいかん。今、殺せば容疑者は限られるからな。しかし、妹のほうはこれ以上、伸張させてはならないな」


「それには同意見だ。暗殺者を送るか?」


「姫の周囲には手練れがいる。鬼神ヴィクトールという男。それにメイドの少女。あとは史上最強の宮廷魔術師」


「史上最強の宮廷魔術師? たしか宮廷図書館で給料泥棒と呼ばれている青白い文官と聞いたが」


「あの男を舐めてはいけない。その魔力はこのエルニアでも屈指、戦闘術にも長けている。そしてなによりも恐ろしいのはその知謀だ。やつの知略は枯れるという言葉を知らない。今後もその知謀で姫を出世させていくだろう」


「影の軍師というわけか。まるでこの国の伝承にある伝説の魔術師のようだな」


「ようではない。おそらく、レオン・アルマーシュこそが天秤の魔術師だ」


「まさか。おとぎ話だろう」


「だったらどんなにいいことか」


 と言うとエグゼパナは具体的な対処方法について考える。


「教団としては姫よりもその魔術師のほうを危険と見なす。しかし、お前としては姫のほうが目の上のたんこぶなのだろう」


「そうだ」


「ならば両方、一気に取り除く策を提案する。聞け」


 と言うとエグゼパナはおもむろに策謀を語り出した。

 その策謀は、彼の容姿と口調のように陰険で後味の悪いものだった。


 しかし、陰険で醜悪というのならばケーリッヒも負けていない。ケーリッヒは妹を殺す策謀を嬉々として聞きながら、サイドテーブルに置いてあったワインをそのまま飲み干した。



 そのような悪辣な策謀が行われているとも知らず、俺とお姫様は王都の高級レストランにいた。


 マスコミ取材を乗り切ったお祝いをしているのだ。

 ふたりきりで食事であるが、誘ってくれたのは姫様だった。


 宮廷図書館 兼 師団の軍師というのは高給ではない。二職分の給料をもらってはいるが、それでも王族がくるようなレストランには気軽に通えない。


 そもそも、そこらの酒場のソーセージとザワークラウトが最高のご馳走だと思っている俺が美味しいレストランなど知っているわけもなく、たとえ姫様を食事に誘える甲斐性を得たとしても、ろくな店に誘えないだろうが。


 そのように思っていると、ドレス姿のお姫様が微笑んでいる。

 どうやらウェイターが飲み物の注文をとりにきたようだ。

 彼女はオレンジジュースを頼む。俺には酒を勧めてくる。


 酒は嫌いではないので、一杯だけ頂くことにした。好きな銘柄のビールがあるということなのでそれを頼む。


 するとウェイターは目を見張る。この格式のレストランでビールを頼む客がいるのか、と驚いているようだ。そんなふうに思うならばメニューに載せるな、と毒づきたくなるが、抑えると料理を注文する。


 魚をメインディッシュにしたありふれたコースを頼むと、10分後くらいに前菜がくる。


 いつも通っている酒場だと一分でくるのだが、さすがは高級レストラン、手が込んでいるようだ。


 ゼリーのようなプリンのようなものが乗っているサラダをフォークで突く。

 ちなみに俺は元貴族なのでテーブルマナーもそれなりだ。

 ただ、そんな俺を凌駕するのがシスレイア姫だった。


 彼女はぴんと背筋を張り、物音ひとつ立てることなく、フォークとナイフを使いこなす。《沈黙》の魔法を掛けながら料理を食べているのではないか、と思われるほど食器の音を立てない。


 さすがは生粋のお姫様である、と思ったが、彼女は気取って食べるだけでなく、会話も楽しむ。


「レオン様、ここのゼリーサラダは絶品ですね。なんでも茸で取ったダシを固めているそうです」


 もぐもぐ、とお上品にサラダを嚥下し終えると、にこりと微笑む。

 本当に美味しそうに料理のうんちくを語る。


「これは煮こごりという手法だそうです。このレストランは東方で修行した剣士が料理の道に目覚めて開業した店らしいですよ」


「剣の道から料理の道か。極端だな」


「あるいは人間としてはそれが正しいのかもしれません」


「だな、人を斬るより、人参を切ったほうがいい」


 と言うとスティック状の人参を口に運ぶ。食感がとても良く、それに甘かった。


「俺、人参とか、大根とか、大好きなんだよな」


「まあ、前世が兎さんなのでしょうか」


「さて。安くて腹が膨れるから、だと思うが、前世は兎の可能性があるな。少なくとも亀と兎、どちらかと問われれば絶対に兎のほうが可能性が高い。俺はせっかちなんだ」


 そう冗談を返すと、メインディッシュが運ばれてくる。白身魚をパイ包みにしたものだ。


 なんの白身魚かは分からなかったが、一口口に運ぶと、魚の旨みが口中に広がる。パイもサクサクでとても美味しかった。


「最高に美味い」


 とボキャブラリーのない感想を口にすると、シスレイアも「そうですね」とにこやかに同意してくれた。


 とても楽しい気分になったので、俺は二杯目のビールを注文する。

 その後も俺と姫様は陽気な気分で食事を楽しむことができた。

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