火牛の計
姫様の直臣、それと親派を中心に30名ほど借り受けた俺は彼らを一カ所に集め、説明する。
「これから姫様を救出するため、姫様を包囲する300の兵を一時的に除去する」
自信満々の口調だったからだろうか。
誰も否定はしなかった。
ただ、詳細は聞かせてほしいと言う。
「分かっている。なんの実績もない俺だ。詳細は言わない、などと格好をつけたりはしない。ちゃんと勝算を提示、納得してから特攻してもらう」
「まず、どうやって300の兵を突っ切るかだが、30の兵で300の兵と戦うのは無理だ」
どよめきが起こる。
話が違うじゃないか、と詰め寄る士官もいた。
「まあ、慌てるな」
と士官を引き離すと、俺は言う。
「士官ならば兵法くらい知っているだろう。10倍の敵にまともに立ち向かうのはアホのすることだ」
「……たしかに現実世界は物語ではないが」
「そうだ。しかし、物語はヒントにはなる。俺は『火牛』の計で血路を切りひらきたい」
「火牛ですか?」
「ああ、炎の牛を放って敵を混乱させるのさ。この砦には牛が何頭かいたな」
「はい」
「ではそいつらを集めて、残りは周辺の農家から雄牛を買い付けてきてくれ。火牛の作戦に必要なんだ」
純朴そうな青年が、「はい」と、うなずき買い出しに行ってくれた。二三、余分に人を付けると、次にやったのは砦中の松明を集めることだった。
残りの27人はそれに奔走する。
集まった松明は512個、それらを見て皆が顔を見合わせている。皆、きょとんとしていた。
「いったい、レオン大尉はなににこの松明を使うのだ?」
と言うが、俺がその松明を山に設置するように言うと察しが付いたようだ。
「いいか、それを夜中、後方の山に設置しろ。敵方の斜面にな」
「もしかして無人のかがり火を焚いてこちらの数を誇張する気なのですか?」
「正解だ」
一同はうなずき合い、「すごい」と褒め称えるが、ひとりだけ反対するものがいた。
「あまりにも単純すぎるのではないか」
という主張だった。
その通りなのだが、俺は自信を持って言う。
「世の中を深く考えすぎるとかえって失敗するものさ。敵は連日の戦闘にもかかわらず、第8歩兵部隊を殲滅しかねている。なのに砦からは援軍が来ない、と不思議がっているはず」
「なるほど、敵も敵を恐れているということですね」
「そうだ。不可解な動きほど敵を困惑させるものはないからな。まさか、姫様派と反姫様派がこんな小さな砦でドンパチやっているとは考えないのだろう」
愚かなことだ、とは続けず、俺は彼を説得するかのように言う。
「今はともかく、俺の作戦を信じてくれ。それにかがり火だけでなく、この作戦には二重三重の罠があるんだ」
その言葉か、あるいは俺の真剣な表情を信じてくれたのだろう。
以後、俺の作戦に疑いを持つものはいなくなった。
その日の夜、闇に紛れて山を登り始める30人の部下、皆、大きな音を出さないように軽装だった。
ひとり頭、18個ほどのかがり火を設置すると、迅速に砦に戻り、迅速に鎧を着直す。
そしてかき集めた雄牛の角に松明をくくり付け、それに火を点ける。
次いで背中に乗せた藁の塊にも火を放つ。
耳と背中が熱くなった雄牛はその場で暴れるが、繋いでいた縄を切り放つと、前に走り始める。
熱さの中、身もだえする牛は暴れ狂いながら走る。
その姿は控えめにいって「妖魔」そのものであった。
闇夜の中からそのような化け物が飛び出してくれば、誰しもが驚くこと必定であった。
日々、夜襲に怯えている兵士にはとかく、効果てきめんであった。
火牛が敵陣に飛び込むと、悲鳴が聞こえる。取るものも取りあえず逃げ回る兵士たち。
それを見ていた俺は言い放つ。
「よし! 敵軍は恐怖に怯えているぞ。恐怖が伝播した軍隊ほどもろいものはない!」
そう言い放ち、部下を突撃させるが、その言葉は大言壮語ではなかった。
恐怖に怯えた敵兵を次々と斬り捨てると、部下たちは姫様が立て籠もる塹壕の中へ入ることに成功した。