姫様をプロデュース
クロエのとても僥倖な姿を拝見させてもらう。
しばし見とれてしまうが、仕立屋のサムスは納得いかないようだ。
「たしかに知的で清楚なんだけど、少し弱々しいわね」
「たしかにそうかもしれません」
スカートの裾を持ちながらくるりと回転し、自己評価をするクロエ。
「文学少女は知的なのですが、軍事的英雄が着る服装としては不適格かと」
ふたりは非難がましい目で俺を見るが、そもそも俺の好みを聞いたのはお前たちではないか、と思ってしまう。このふたりには通じない論法だろうが。
だから衣装に関してはふたりに任せることにした。
「あら、それは助かるわ。ならクロエちゃん、次はこれを着て」
と用意したのはピンク色のふりふりのドレス。クールなメイドさんには似合わないかと思ったが、美少女を舐めていた。美人はなにを着ても似合う。
「あら、素敵。クロエちゃんはちょいロリも似合うのね」
「恐縮です」
「似合うが、さすがにこれで新聞にはな」
横から口を出すと、当然ね、とサムスは言う。
「これは単にメイド服命のクロエちゃんに着せたかっただけ、本命はこっちよ」
と言うとサムスはタイトなスーツを用意する。
女性用のスーツだ。帝国軍の女性士官が着ていそうなやつだった。
「ああ、結構いいかも、知的に見えるし、軍人ぽくもある」
さっそくクロエに着させるが、実際に着てみると少し似合わない。
「スカートの丈が長すぎるのかしら?」
ハサミを用意するサムスだが、とんでもない、と俺とクロエは抗議する。大切なおひいさまのおみ足を露出するなど考えられないことだ。
このように紛糾するが、最終的に用意されることになったものは、飾り気のない白いドレスだった。
軍事的な要素は皆無であるが、シスレイアは王族将軍である。そこをアピールすべきだと思った。
「勇猛果敢な女将軍、というイメージはシスレイアにはない。鎧を着せ、頬に傷をメイクしてもいいのだが、本人の特性と乖離するからな。ここは清楚で慈愛に満ちた女性であるとアピールすべきだろう」
そう言うとサムスも納得する。
それでは、と彼が用意したドレスは素晴らしいものだった。
白を基調とし、露出が少ない。少ないが、女性的な魅力を誇張する部分はちゃんと誇張している。スカートに切り込みを入れたり、胸元をちょっと強調したり、大人の色気を演出していた。
クロエは試着することなく、それが姫様の肌に最も合うと断言していた。
「長年、おひいさまに仕える私が言うのですから、間違いありません」
断言するクロエ。
それには俺も同意だったので、これに決定すると、そのままサムスに仕立て直してもらう。
「おひいさま、太っていない?」
クロエに尋ねるが、彼女はサムスに耳打ちをする。
「……ふむふむ、一キロほど太って、ブラのサイズがきつくなったのね」
「…………」
せっかく俺に聞こえないように言ったのに、と思わなくもないが、仕立屋サムスはそれだけの情報で完璧に衣装合わせをするそうだ。
「おひいさまは結構なおっぱいを持っているけど、まだ成長の要素があるのね」
と言いきると、そのまま仕立屋の奥に向かった。
見ればマネキンに衣装を合わせ、胸の部分などを直している。
本人を採寸しなくて大丈夫なのか、と思ってしまうが、クロエはその辺は心配していないらしい。
「彼女は王都一番の仕立屋さんです。我々が心配するには及ばないでしょう」
と言うと、クロエは続ける。
「我々が心配すべきなのは、明日、王都に帰還するおひいさまご本人。おひいさまはシャイなのでマスコミ相手に緊張されるはず」
「たしかにそれはありそうだな」
シスレイア姫はもともと引っ込み思案で恥ずかしがり屋、取材攻勢には難儀するかと思われた。というわけで姫様が帰ってきたら、リハーサルをすることにしたが、その機会は早くに訪れる。館に戻ると使用人から、シスレイアが明日戻ると聞いた。
「案外、早い帰還だ。一日で決裁書類をまとめたのか。勤勉なお姫様だ」
「自分の売りは勤勉さと真面目さだ、というのがおひいさまの口癖です」
「それはいいことだが、マスコミ相手だとウィットに富んだ回答もできないとな」
と言うと翌日までおひいさま改造計画を練る。
そしてシスレイアが帰ってくるとそれを実行する。
長旅の疲れも癒えぬお姫様を別室に連れて行くと、講義を始める。
彼女はすぐに受け入れてくれたが、クロエがインテリっぽい眼鏡を掛け、ブラウスとロング・スカートを付けていることを訝しがっている。
「それはなんなのですか?」
と言うと、
「レオン様の趣味でございます」
と言い放った。
シスレイアはじいっと俺のことを見つめるが、たしかに好みだと言ったので否定するのは難しかった。なので否定も肯定もせず、そのままマスコミとの問答のリハーサルをする。
と言っても基本的なことだけだが。
どのような功績もまずは自分が上げたことにする、というのが基本方針だった。
これはあらかじめ言ってあるが、生来、慎ましい姫様には難しいと思う。なのでまず練習。
「シスレイア姫、今回の作戦を立案したのは姫様の幕僚ですか?」
「ち、違います。わ、わたくしです!レオン様は絶対に関わっていません!」
「…………」
沈黙する俺とクロエ。なんと正直者なのだろう、と呆れるが、このままではいけない、とクロエはびしっと教鞭を叩く。
「駄目です。そのような回答では。なにかの功績はすべておひいさまのものだと強硬に主張してください」
裂帛の気迫に、
「は、はい……」
と言うシスレイア。
その後、小一時間矯正するとなんとか形になる。
「三段撃ちを発案したのは誰ですか?」
「わたくしです。異世界の織田信長なる英雄の戦法を参考にしました」
と言い放つと、クロエは「うんうん」と、うなずき、「エクセレント」と言った。
俺は不意打ちで、
「幕僚名簿の軍師にレオン・フォン・アルマーシュとありますが、彼についてはどう思いますか? もうひとつの職場では給料泥棒と呼ばれていますが」
その質問をされたシスレイアは、目に涙を一杯溜め、唇を噛みしめながら、
「彼は優秀な幕僚のひとりですが、それ以下でもそれ以上でもありません」
と言った。
まあ、なんとか合格点を上げてもいいだろう。
すべての質問を想定できるわけではないが、取りあえず他にいくつか問答集を用意すると、その日は遅くまでマスコミ対策に追われた。
翌日、仕立屋のサムスがやってくるとシスレイアのために仕立てたドレスを着させる。さすがは王都一の仕立屋、寸分の狂いもなかった。
勝負服を着たシスレイアは、メイドたちにメイクを施され、髪を結い上げられる。
出来上がったのは素敵な淑女、世界一美しい姫将軍だった。
周囲のもの(俺も含め)は吐息を漏らすと、おとぎ世界の住人のような姫様の出陣を見送る。マスコミの取材は軍事府にあるマスコミ用の応接室で行われるのだ。
シスレイアは俺とクロエだけともなって出仕する。




