真実の愛亭
目抜き通りにある仕立屋、名前を「真実の愛」という。
変わった名前だな、と思っているとその店主も変わり者だった。
男のような女のような不思議な生き物。厚化粧をしているので年齢も分からない。
たぶん、男で年齢は四〇才くらいだと思うが。
声が野太いし、喉仏がある。やはり男だと思っているとそのものは言った。
「はーい、真実の愛へようこそ。格好いいお兄さんね。あたしのタイプかも」
クロエは俺の尻を触ろうとする店主の前に立ち、和やかに言う。
「お久しぶりです、サムスさん」
「あら、おひいさまのところのメイドちゃんじゃない。相変わらずメイド服が似合っているわね」
「これが仕事着であり、勝負服なのです」
クロエはメイド服の端を持ってスカートを上げて挨拶する。
「うんうん、可愛いわ。今度、あたしがメイド服を仕立ててあげようかしら」
「私のお給金ではとてもとても」
「じゃあ、今日はどんな用件できたの? てっきり、彼氏に服を買ってもらいにきたのかと思ったわ」
俺のことを流し目で見る。
するとクロエは冷静に否定する。
「この方はおひいさまの総合プロデューサーにして未来の旦那様でございます」
「あら、あのおひいさまもついに恋に目覚めたの?」
ふたりは盛り上がっているので、「違うよ」と言った上で握手を求める。仕立屋のサムスの手のひらは想像以上に厚かった。
「俺の名はレオン・フォン・アルマーシュ、宮廷魔術師だ。天秤旅団で軍師をしている。あと図書館司書も」
「あら、彼が噂の軍師様ね」
「俺のことを知っているのか? 目立たないつもりだったのだが」
「噂になっているわよ、天秤師団が活躍し始めたのは影の軍師様のおかげだっって」
「それは不味いな。全部、姫様の功績にしたいのだが」
「安心なさい。そんな細かい話に通じているのはあたしくらいよ。こんな商売していると色々と情報が耳に入ってくるのよ」
「『彼女』は情報屋なのです。私が情報を集めるとき、よく協力してもらっています」
「なるほどね、しかし、情報の正確性は大丈夫なのかな。天秤旅団は師団じゃないぞ」
「あら、あなた知らないの? 近く、軍部で辞令が発せられるわ。おひいさまは准将から少将に出世よ」
「…………」
まじか、とは驚かなかった。当然、予測していたからだ。驚いたのは辞令の日にちまで把握しているサムスという『男』の情報網だった。たしかに彼は優秀な情報屋らしい。
「まあ、驚くようなことじゃないわよね。たったの一旅団で要塞を落とす、だなんて功績を考えれば二階級特進してもおかしくない」
エルニア陸軍には生者に二階級特進はない、という不文律があり、どのような功績を立てようとも一階級ずつしか昇進できないのである。王族とてその例外ではなかった。
「それでも少将になれば旅団が拡張され、師団になるでしょう。だからあらかじめ師団と言ったの」
「たしかにその呼称になれないとな。さて、そこまで事情を察しているのならば、俺たちがここにきた理由も察しているだろう?」
「もちのろんよ、マスコミ対策の服を仕立ててきたのでしょう」
「正解だ。姫様の服、見繕えるか?」
「それは一瞬でできるけど、それだと詰まらないわね。あたしはそれぞれの個性を見たいから。特に姫様の影の軍師がどんな個性を持っているか知りたい」
「見ての通り、俺は着た切り雀だが?」
なんの特色もないローブを見せる。
着た切り雀というのは大げさであるが、同じデザインのローブと下着しか持っていないというのは事実である。
その点に関してはクロエは否定的だが、サムスはそうでもないようだ。
「かかしがドレスを着ていたら変なように、魔術師ならばローブを着るものでしょう。それにそのローブ、とてもよく似合っているわ」
「ありがたい」
「同じデザインばかり買うのも合理的な性格だと分かるしね。ただ、それを他人、しかも女の子に求めちゃ駄目よ」
「分かっているさ。だからここにきたんだ」
「よろしい。では、レオン、あなたにも好みの服装があるでしょう。それを言ってみて」
「好みの服装か」
己のあごに手を添え、長考してみる。
夕暮れの図書館にたたずむ髪の長い少女、ブラウスにロングスカートを身に付けている。彼女はちょっと野暮ったい黒縁眼鏡を掛け、無心に本を読んでいる。
その情景を説明すると、サムスは「あはは」クロエは「くすくす」と笑った。
「レオンって典型的な本好きね。好きになるタイプも、もろにそれだわ」
「文学少女がお好きなのですね」
「…………」
むう、たしかにそうなのかもしれない。
と思っていると、「まあ、いいわ」とサムスはクロエの頭の上にカツラを載せる。黒髪のカツラだ。
その上で店内から見繕ったブラウスとロングスカートを渡すと、試着室に入る。
「肝心の姫様がいないから、彼女に着せ替え人形になってもらうわ」
と一緒に中に入る。
男が女性の着替えを手伝ってもいいものか、と思うが、クロエはサムスのことを同性だと思っているようだ。きゃぴきゃぴと楽しんでいる。
小鳥と鶏のさえずりを聞いているような気持ちになるが、数分後、カーテンが開け放たれるとそこにいたのはとても綺麗な女性だった。
黒髪ロングのきりっとした女性で、手にはご丁寧にハードカバーの本を持っている。
清楚なブラウスに落ち着いたロングスカートがよく似合っている。
眼鏡をくいっとあげられてこちらを見つめられると、どきっとしてしまう。
そのように思っているとクロエは口元を緩ませながら言った。
「おひいさまがこの服装をすると、悶絶してしまうほど可愛らしいと思いますよ」
「…………」
その通りだと思ったので、沈黙で答えるしかなかった。




