三段撃ち
俺が部隊をみっつに分けたのは、理由がある。
ひとつは少ない鉄砲を有効に使うためである。
この世界の鉄砲は、先込式と呼ばれる火打ち石製の銃が主流だった。
強力な武器であるが、弾を込める時間が掛かる。
そのため連射できないのがたまに傷だった。
その弱点を克服した銃が帝国で開発されたという情報もあるが、まだエルニアでは普及していなかった。
というわけで、この銃を使って戦わないといけないのだが、俺は常日頃から銃による戦闘を検証していた。
先に込めないといけないのは技術の仕様上仕方ない。しかし、もっと効率的に銃を使う方法があるのではないか。
そう思っていた。
俺はその効率的な方法を知っている武将の名を口にする。
「織田信長」
俺の師匠が研究していた異世界日本の戦国武将の名前である。
彼は日本の戦国時代という戦乱の時代を制した覇者だった。
彼は長篠という戦いで、「鉄砲の三段撃ち」なるものを考案し、武田勝頼という勇猛な指揮官が率いる騎馬軍団を壊滅させた。
俺はその故事をこの世界でも使いたいと思っていたのだ。
「三段撃ちですか?」
「そうだ。簡単に言うと、鉄砲隊を三列に並べ、一度撃ったら後方に下がり、弾を込める。その間、後方の列の兵が前方に出て弾を浴びせる。そして後方に下がり弾を込める、を繰り返すのさ」
「意外と単純ですね」
「だが効果絶大だ」
と言うとさっそく敵軍が襲いかかってくる。
俺は右手を挙げて、できるだけ敵軍を引きつけろ、と命令する。
鉄砲の射程距離はそれなりにあるが、この型式の銃は命中精度が悪い。できるだけ引きつけてから攻撃したかった。
ぎりぎりのぎりぎり、吐息が聞こえそうな距離まで引き付けると、俺は右手を振り下ろす。
放たれる鉄砲。爆音が辺りを包み込むが、その音が止むと、多数の敵兵が倒れていた。
その光景を見てつぶやく。
「ほう、やはり銃は使えるではないか」
魔法が発達したこの世界。銃は三流に思われているが、やはり強力な兵器であることには変わりなかった。
魔法使いが少ないこの天秤旅団のような零細旅団にはちょうどいい武器のように思える。
「もしも俺が大元帥になったら、銃の装備率をもっと上げたいな」
そんなことをつぶやきながら、第二射、第三射の指示をするが、俺が放てというたびに大量の敵兵が屍となった。
そのように敵軍に対峙していると敵将がいらだっているのが分かる。
まさかこのような寡兵に苦戦するとは思っていなかったのだろう。
後方で一際大きな声で兵士を罵倒している将軍の言葉を魔法で聞き取る。
「あのような青二才にいいようにやられおって」
「敵軍が銃を使うならば、こちらは魔術師を展開させよ」
「なんならば『魔物』を召喚しても構わないぞ」
そうわめき散らしている。
魔術師はともかく、魔物は厄介だと思った。
ちなみにこの世界には魔物が存在する。
古代より人間と敵対してきた化け物だ。
アストリア帝国はその化け物どもを使役する術を知っているのだ。
一方、聖教会に所属する諸王同盟は魔物を使役するのを禁忌としている。
それがふたつの勢力の国力差、勢力圏の差になっているような気がするのだが、さすがに我が国も魔物を使役しようとは言えなかった。
そもそも使役する方法を知らない。
そう自分の中で完結していると、敵兵は早速魔物を出してきた。
有翼の鬼のような姿をした集団が空中から迫ってくる。
彼らは空高く飛び、銃の一撃を避けると、そのまま我々の後方に降り立つ。
そこから攻撃を加えてくる。
彼らの名はガーゴイル。黒いかぎ爪を持った化け物たちだ。
彼らはそのかぎ爪を使って容赦なく、我が陣を切り裂いてくる。
後方と前方、両方から攻められた我が旅団は不利になるが、これは俺も想定済みだった。
残していた遊撃部隊を率いる。
「姫様、これからガーゴイル退治に出掛けるが、三段撃ち部隊を任せていいか?」
彼女はこくりとうなずくと、部隊を指揮し始める。
戦乙女のように雄壮な姫様の姿に安堵すると、俺は遊撃部隊を率いて、ガーゴイル討伐に向かった。
ガーゴイルの数は30ほどであるが、魔物は強力なため、侮れない数であった。
また翼を持ち、敵軍の後方を突ける部隊の存在は強力である。
「もしも俺がガーゴイル部隊を使えるならば、ライゼッハ将軍の首など、すぐにとってくるのにな」
しかし、ないものは嘆いても仕方ない。敵に有効活用される前に倒していく。
魔術師用の杖に力を込めると、敵のかぎ爪を受け止め、そのままガーゴイルを突き刺す。
ぐぎゃ、と真っ黒な血を流すガーゴイルに言い放つ。
「雄壮なる天秤旅団の諸君よ、見たか、どのように強力な悪魔も突き刺せば血を流す。諸君らの剣で、槍で、この悪魔たちを突き殺してやれ」
俺の演説が効いたのか、遊撃部隊は雄壮に突撃を始める。
それを見ながら戦闘をし、頼りないと思った味方には「強化魔法」を掛ける。逆に強力なガーゴイルには「弱体化」の魔法を掛ける。
そのように面倒なことをしなくても俺が魔法で直接倒せばいいじゃないか、という苦言をもらいそうだったが、兵を働かせるのには理由がある。
この旅団は新設されたばかりで老兵と新兵が多いのだ。
老兵には銃を持たせるとしても、なんの経験もない新兵にはできるだけ多くの経験をさせたかった。
魔物だろうが、騎士だろうが、恐れをなさない根性がほしかった。
なのでこのように戦わせているわけだが、俺の策略は成功しつつあった。
新兵たちは次々とガーゴイルを討ち取っていく。
彼らは新兵を卒業する機会を得ることができたのだ。
ガーゴイルを駆逐すると、新兵たちは素直に喜び、俺の采配を賞賛してくれた。
「さすがは天秤の軍師様です。その知謀、底が知れない」
それは作戦が成功したときに言ってほしい、というと俺は作戦の仕上げに入った。
戦場に花火を打ち上げるのである。
その花火を打ち上げる条件はふたつ、
マコーレ要塞の城兵がすべて出てきたとき、
それと、そのマコーレ要塞に敵将が退却した瞬間であった。
敵将ライゼッハは戦況不利と思ったのだろう、自分だけ要塞に帰る。
このような戦場で戦死したくないと思ったのだろう、部下を置いてひとり戻るのだが。それがやつの敗因となった。
城に戻った途端、敵軍の士官服を着ていたヴィクトールに捕縛されたのである。
城に戻ったライゼッハは多くの護衛に囲まれていたが、鬼神ヴィクトールはわずかな手勢でそれらを蹴散らすと、ライゼッハを捕縛した。
ヴィクトールの報告用花火でそのことを知ると、俺は敵軍に勧告した。
「見ただろう! 貴殿らは俺の戦術の前に手も足も出なかった。そして貴殿らの主は諸君らを捨て、要塞に戻ったところを捕縛した。つまり、諸君らの負けということだ。これ以上、帝国軍に義理を果たすのは結構だが、生きたいものは降伏、または撤退を勧める」
親からもらった生命を大事にしろ、と締めくくる。
その言葉を聞いた帝国軍は、蒼白となる。
三段撃ちを繰り出し、ガーゴイルの奇襲をはね除けただけでも厄介なのに、自分たちの大将まで捕縛されてしまったとあれば、敵軍もどうしようもなかった。
近代的な軍隊は統率が取れているが、その分、指揮官を失うとなにもできないのである。
このようにしてマコーレ要塞に駐屯していた5000の兵は撤退を始めた。
つまり俺はたったの800の兵で難攻不落と謳われた敵軍の要塞を落とし、敵軍に奪われた占領地を奪還したのである。
それは一言でいえば英雄的な活躍であった。
天秤旅団の将兵は大声で歓喜を上げる。
「我が天秤旅団は最強だ!」
「シスレイア姫に祝福あれ!」
「天秤の魔術師に栄光あれ!」
歓喜の声はいつまでも続く。
俺と姫様がマコーレ要塞に入城してからもしばらくは途絶えることがなかった。




