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マコーレ要塞

 エルニア王国の東部。マコーレ地方と呼ばれる場所は、数年前からアストリア帝国の占領地である。


 諸王同盟との会戦に勝ったアストリア帝国が武力制圧した地である。


 帝国はそこを恒久的な領地とするため、要塞を築き上げていた。マコーレ要塞といわれる堅牢な城壁を築き上げていたのだ。


 昨年、提出された軍事白書によれば、その要塞を攻略するには少なくとも数万の兵が必要という報告があった。


 ひとつの師団は3000~10000で構成されるから、2~3個師団なければ話にならないのである。


 それをたったの一旅団で占領しろというのは無茶な話だった。


「まったく、軍の上層部もだが、レオンの旦那も気が狂ってるとしか思えない」


 俺が間諜を使ってまでこの任務を引き受けた、と言ったら、どんな顔をするだろうか。


 気になるが、沈黙によって節度を守ると、旅団の兵たちに、マコーレ要塞攻略の概要を伝える。


 皆、一様に無理だと言ったが、一部の兵だけは俺を信用してくれた。旧第8歩兵部隊と姫様の昔からの直臣たちである。


 彼らは俺がたった30の兵で300の兵を追い払ったことを覚えているのだ。


「あのときは十倍の兵を倒しましたが、今現在の旅団の数は800。敵軍は5000ほどですから、戦力比でいえばあのときよりはましです」


「ひとり頭6.25人殺せばいいんだな、楽勝よ」


「また奇跡を見せてください、レオン様」


 そのような温かい言葉を掛けてくれた。

 有り難い限りであるが、俺は事前に準備を怠らない。


「まずはアストリア帝国軍の士官の制服を用意してくれ」


 部下に命じると数日で用意してくれた。かつて捕虜にした敵軍の士官から奪ったものである。


 ちなみにアストリア軍はお金持ちなので士官の服が無料で提供される。一方、エルニアは自腹だ。その代わり各自好きな服を着てもいいことになっている。


 俺としてはアストリア軍が羨ましいのだが、ヴィクトールなどは制服などとんでもないらしい。


「士官学校の先公を殴って首になったからな、俺は。規律とは無縁よ」


 と言う。

 たしかにそのような男に制服など似合わないだろうが、今回ばかりは着てもらう。


「マコーレ要塞を落とすのにはこの制服が有効だからな」


「要塞は女と同じかな、制服姿に弱い」


 微妙な言葉を述べると、ヴィクトールは俺の作戦を大体了承してくれた。


「おれを内部に侵入させて敵将を捕らえる作戦だな」


「その通りだ。寡兵で勝つにはそれしかない」


「いい案だと思うが、いったいどうやって?」


 と問うてくる。


「ま、それは実際に行ってからのお楽しみだ」


 そう言うと俺たちは旅団を率いて、東部のマコーレ要塞へと向かった。


 マコーレ要塞。


 そこを守るのはライゼッハ将軍であるが、彼に弱点があるのだとすれば、それは短気なところだ。


 今日も床にフォークを落とした召使いをその場で解雇していた。


 彼には身重の妻と育ち盛りの子供がいるが、そんなことはお構いなしである。速攻で解雇し、砦を追い出した。


 さらに彼は部下にも気前がよくない。


 本人は毎日、肉汁したたるステーキを食しているのに、幕僚たちには質素な食事を強いる。肉の入ったスープがでればざわめきが起こるほど、部下に倹約を強いた。


 ちなみに軍上層部には毎日、部下に肉を振る舞っていることになっている。その差額はライゼッハ少将の第2の財布となっているわけであるが、彼はその財布で美人の秘書官と看護婦を雇っている。彼女たちと一日、寝室で過ごしているのだ。


 戦場でそのような振る舞いをすれば、人望を失うが、幸いなことにこのマコーレ要塞には立派な城塞があった。


 諸王同盟の侵攻を三度もはねのけた要塞は、その要塞の主の人格が劣っていてもどうにでもしてしまうくらい強固なのである。


 ゆえに砦の兵たちはなかば砦の司令官などいなくてもいいと思っていた。砦さえあれば敵軍の攻撃を跳ね返せると思っていたのだ。


 だからだろうか、砦の中は最前線独特の緊張感がない。

 見慣れぬものを誰何する習慣もないようだ。


 帝国軍士官の格好をしたヴィクトールはなかば呆れながら要塞の内部に進んだが、それでも緊張はしていた。


(……ここまではレオンの言ったとおりに物事が進んでいる。しかしわずかな兵で要塞を占領するにはこいつらをいったん外に追い出さないといけないぞ)


 無論、レオン本人に届くわけはないが、それでもヴィクトールはレオンが次のアクションを起こすのを待った。


 レオンならばこの無茶な作戦も成功させると思っているのだ。



 同時刻――。

 要塞の外。そこには800近い兵を率いたお姫様がいた。

 彼女は馬に乗り、遠くにある要塞を見つめている。

 シスレイア姫は俺に語り掛ける。


「……本当にこのようなことをしてよかったのでしょうか」


「このようなこととは、こんな無茶な作戦のことか?」


 彼女はゆっくりと首を横に振る。


「レオン様の作戦は常に成功すると思っています。問題なのはこの銃です」


 彼女の視線の先には100丁の銃があった。


「これな」


 俺は戯けながら言う。


「ちょっと書類を偽装して、我が部隊に配属されるようにした」


「……マクレンガー元帥は怒りませんか?」


「怒るだろうが、後の祭りだよ。そもそも、こんな兵数で砦を落とせというのが狂ってる。武器くらい供与されて当然だ。バルトニア宰相から100丁の最新式銃を供与されたというし、古いやつは俺がもらっても問題はないだろう」


 そう言い切ると、遙か西方にある王都の元帥府でくしゃみが聞こえたような気がした。


「ま、強引に借り受けたのは悪いと思うが、借り受けたからにはせいぜい有効活用させてもらう」


 というと俺は要塞の前に塹壕を掘り、柵を立てる。

 そこに銃を持った兵士を配置する。

 その部隊をみっつに分ける。


「みっつに分けた意図はあるのでしょうか?」


「あるさ、レオン・フォン・アルマーシュのやることにはすべて意味がある」


 そう言うと俺は姫様に片目をつぶってみせる。

 彼女を安心させるためにした行為だが、少しキザすぎるかな、とも思った。


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