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軍師の手のひらで踊る男たち

 エルニア王国の指導者はエルニア国王、ということになっているが、シスレイアの父である父王は、今、病に伏せていた。


 なのでこの国の運営は、三人の幹部の合議によって行われていた。



 ひとりは王国宰相のバルトニア侯爵。

 もうひとりは王国陸軍の司令長官、マクレンガー元帥。

 三人目は王太子であるマキシスである。



 彼らが共同して国政を司っていたが、宰相と司令長官と王太子が仲睦まじかった、という歴史はこの国にはない。


 三人は顔を突き合わせるといつも不機嫌になった。


 ――不機嫌にはなったが、さすがはそれぞれの分野の重鎮、殴り合いの喧嘩になったり、互いに互いを無視するということはなかった。


 今日もそれぞれに立場を代表して国政を論じ合う。

 まずは王国宰相のバルトニアが、国民に対する課税を緩めるように進言する。

 その進言は当然、マクレンガー元帥によってはばまれる。


「減税などとんでもない。ただでさえ軍の予算が減っているのだ。減税などしたら新兵器の購入もままならない」


 新兵器とは最近、流行しつつある鉄砲のことである。


 魔法が戦場の花形であるこの世界にも、「火薬を使った武器」の波は着実にやってきていた。


「銃で武装した兵士を増やせば、戦場の魔術師を減らせるという試算もあるが」


 減った分を「医療」や「建設」などに回せば、国力が豊かになる、というのがバルトニアの思い描くところである。ただ保守的な軍人がそのような論法を信じるわけがなかった。


「前例のないことをして、国力が減ったらどうする。アストリア帝国の思うつぼぞ」


 その一点張りで、減税などとんでもない、を繰り返すだけだった。

 むしろ増税すべきだという論調を繰り出す。


 バルトニアは、心の中で(……この戦争屋め)となじったが、それ以上、意見を主張しなかった。


 議題が内政から戦争へと変わる。


「今現在、我がエルニア王国の東側の一部はアストリア帝国に占領されている。神聖にして不可侵な国王陛下の領土が敵に侵されているのだ」


「忌まわしき事態よな」


 バルトニアは心を込めずに言う。マクレンガーの次の言葉が想像つくからだ。


「このままでは国の威信が保てない。国土奪還の軍隊を派遣すべきだ」


 やはりそうきたか、バルトニアは呆れたが、反論する前に王太子のマキシスを見る。


 彼も軍事行動に賛成か見極めようとしたのだが、特に意見はないようだった。

 最近、お気に入りの高級娼婦がいる、という話は本当のようである。この男は女に夢中なときは国政に口を出さないのである。


 まったく、国政と女を同一視してほしくなかったが、天性の無能である王太子があれこれ口を出すよりもましだと思ったバルトニアは、マクレンガーの出征論に同調した。


「まったく、お前はまた反対か、いくら勇気がないとはいえ、度が過ぎる慎重論も……」


 マクレンガー元帥の言葉が途中で止まったのは、バルトニアの言葉が意外なものだったからだ。


 よくよく聞くと彼は反対ではなく、賛成してきたのだ。


「……な、賛成だと? お前が賛成するのか、珍しい」


「ああ、どのみち、国土は奪還せねばならないしな」


「そうか、やっと勇気と義侠心に目覚めたか、それはよいことだて」


 マクレンガーは心底嬉しそうに言うと、国土奪還の司令官は誰にしようか、と、つぶやき始める。


 それを聞いたバルトニアはこう言う。


「出征は認めるが、送り出せる軍隊は旅団ひとつだ」


「な、馬鹿な」


 その言葉を聞いたマクレガーはさすがに怒る。


「占領地は敵の要地になっている。城塞化されているのだぞ」


「らしいな」


「攻略には数万の兵が必要という試算がある。その中でたったの数百人の旅団に攻略せよ、というのか」


「そうだ。今年の予算ではそれが限界だ」


 バルトニアはそう言うと、予算編成の紙を差し出す。たしかに予算は真っ赤かだった。遠征費などとても出せそうにない。


 こうなってくるとマクレンガーとしては対抗心が湧くか、やる気がそがれるかのどちらかなのだが、バルトニアはそのことを知悉していたので、最新鋭の銃を100丁、軍に納入する予算を組むことで手打ちにした。


 妥協案を無理矢理飲まされた形のマクレンガーだが、まあ、銃が手に入るのはいいことだ、と諦めると、そのまま宰相府をあとにする。


 馬車の中で銃を配備する師団を見繕うが、途中、従者が口を挟む。


「会議の上で遠征が決まりました。玉砕覚悟で占領地に向かわせないといけませんが、どの旅団に白羽の矢を立てましょうか?」


「そういえばそうだった。形の上だけでも派遣しないとな」


 会議で決まったことは杓子定規に守らなければいけないのだ。自分でもお役所仕事だと思うが、マクレンガーは従者に尋ねた。


「お前はどの部隊を派遣するのがいいと思う?」


 従者はうやうやしく頭を下げる。


「それならばシスレイア王女率いる天秤旅団がよろしいかと」


「最近、組織されたというあれだな」


「はい」


「しかし、仮にも王女の部隊を死地に向かわせるわけにはいかないだろう」


「まったくもってその通りですが、こう考えることもできます。万が一、王女が占領地の奪還に成功すれば、それはマクレンガー元帥の手柄となります」


「当然だな、俺が抜擢したのだから」


「仮にもし、王女が失敗してもそれは当たり前のこと。閣下の名声には傷が付きません」


「ふむ、たしかに」


「たとえ戦死したとしても、怒るものもおりますまい。王女の生母はすでにおりません。逆に折り合いの悪いケーリッヒ殿下などは喜ぶことでしょう」


 次期国王になる可能性もあるものに媚びを売るのは悪くない、従者は言外に言っていたが、マクレンガーとしては悪い話ではなかった。


「……ふむ、成功しようが、失敗しようが、どうにでもなるのか。うむ、いいだろう」


 マクレンガーはそう言うと、天秤旅団を任務に抜擢する旨を伝えた。

 それを聞いた従者はうやうやしく頭を下げた。



 このようにして天秤旅団の初陣が決まったが、これは偶然ではなかった。


 俺はバルトニアの秘書官として潜り込ませていた男から情報を得ていたのだ。多額の金貨を渡し。


 それによって会議で出兵論が議題に上がることを知り、マクレンガーの従者と連絡を取った。彼にも多額の金貨を渡し、主に先ほどの進言をするようにそそのかしたのだ。


 王国の首脳部は俺の手のひらで踊ってくれたわけだ。


 それは痛快なことであったが、このことはメイドであるクロエしか知らないことだった。


 俺が悪辣な策略家であることはシスレイアには言いたくなかった。

 ただ、作戦が成功しても、クロエは半信半疑だった。


「レオン様のおっしゃるとおりに間諜を使い、首脳部を使嗾(しそう)しましたが、本当に天秤旅団だけでことを構えるのですか? 敵の陣地は強固と聞きましたが」


「それなら心配しないでくれ。俺が姫様を危険な目に遭わせるわけがないだろう。必ず姫様に武勲を立てさせ、出世させてみせる」


 俺の言葉を信じてくれたのだろうか、それとも俺の真剣な表情を気にいってくれたのだろうか、それは分からなかったが、彼女は美味しい紅茶を注ぐことで俺のことをねぎらってくれた。


 美人のメイドが入れてくれる熱い紅茶は、自分が入れるそれよりも2.3倍くらい美味しかった。


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