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天秤旅団、結成

 聖歴1201年6月21日、鬼神ヴィクトールはその日をもって王虎師団から姫様の旅団に異動する。


 書類上の手続き、紙切れ一枚のことであるが、ヴィクトールのような英雄が配下になるのは誠に有り難いことだった。


 さて、姫様の旅団にやってきたはいいが、さっそく、ヴィクトールは核心を突く発言をする。


「ところで姫様の旅団ってなんていうんだ?」


「なんとと申しますと?」


 シスレイアはきょとんと返答する。


「いや、そのままの意味だよ。俺のいた師団は王虎師団というが、この旅団には名前があるのかな、と」


「第9旅団という名称があります」


「それは軍の登録名だろう。なにか異名はないのか?」


「異名ですか……」


 ふうむ、と、あごに手を添えるシスレイア姫。


「……実は半年前に旅団長になったばかりで、特に異名はないのです」


「ならば俺たちで決めておかないか? こういうものは早めに決めておいたほうがいい」


「そうなんですか?」


「そうだ。師団になったときは正式に異名が決まるし、そのとき慌てて考えてもすでにダサい呼称が定着していることもままある」


 先日、光速の異名を持つ旅団が師団に昇格し、光速師団、と名付けられたことを引き合いに出す。


「……たしかにダサいですね」


 そう思ったシスレイアは俺の方を向く。


「レオン様、どうか我が旅団に名前を付けて頂けませんか?」


「名前ねえ」


 面倒そうに頭をかくと、乗り気ではない旨を指摘される。


「命名はお嫌いですか」


 嫌いではないが、光速師団が少し格好いいと思ってしまった、などとは言い出せないので、嫌いと言うことにしておく。


 俺はシスレイアを見つめ返すと、彼女に命名権を譲る。


「この旅団は姫様のものだ。姫様が名前を決めるといい」


 それに異論を挟むのはメイドのクロエであるが、彼女は、

「レオン様は自分の子供も奥方に命名させそうです」

 と吐息を漏らした。


 まあ、その可能性は高いが、あえて沈黙すると、シスレイアがいい名前を思いつくのを待った。


 ヴィクトール、クロエ、俺、三人の視線が集まる中、彼女は「うーん」と腕組みする。


 美女が悩ましい顔をするのは絵になるな、と思いながら五分ほど待つと、彼女はぽつりとつぶやいた。



「天秤旅団」



 というのはどうでしょうか?

 と。


「天秤旅団?」


 思わず問返す。


「……駄目でしょうか?」

 

上目遣いになる少女。


「いい響きだと思うが、なにか由来はあるのか?」


 その言葉にシスレイアは少し得意げになる。


「もちろん、あります」


 と言うと、彼女は説明する。


「我が王家には節目節目に『天秤の魔術師』に救われる、という伝承が伝わっているのです」


「ほう、伝承ね。聞いたことがない」


「王家のものだけに伝わる昔話ですから。たしか図書館にも伝承をまとめた本があるはずです」


「今度、読んでみよう。それでその天秤の魔術師とやらはどんな存在なんだ」


 彼女は王家を、いえ、この国を救ってくださる、救世主的な存在です、と言う。

 彼女は王家に伝わる詩を読み上げる。



 そのもの大いなる知恵によってこの世界を照らす。

 その智恵によってこの国を救う。その知謀によって大軍を司る。

 そのものの名は天秤の魔術師。

 善と悪の調和をもたらし、この世界の調停者となる。



 それがシスレイアの知っている伝承だった。

 それを聞いたヴィクトールは思い出した、と言う。


「ばあさんに聞いたことがある。何百年かに一度現れる伝説的な魔術師がいるって」


「それがレオン様です」


 シスレイアはそう言い切るが、それは大げさなような。

 俺ごときがどうあがいても、世界を変えることなどできないと思うが。

 まあ、ここで強く抗弁するのはなんなので、否定はしないが。


「それでは我が旅団の名称はその天秤の魔術師にちなんで天秤旅団にしましょうか」


 シスレイアはそうまとめるが、彼女がそれでいいのならばそれでよかった。

 元々、名称に拘りはないのである。



 このような経緯で決まった旅団名であるが、天秤旅団はやがて天秤師団となる。


 そしてその師団はこの国を改革し、世界さえも変えていく力を得るのだが、それは未来の話であった。


 ――ただ、そう遠い未来ではなかったが。

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