魔術師のはったり
100の兵を貸してくれれば姫様を助け、敵を殲滅する。
その台詞が大言壮語でないならば、辞書を書き換えねばならないだろう。
少なくともこの砦の幹部たちはそう思っているようだ。
「なにを言うか、この青二才め!」
そう怒ったのは、この砦で二番目に偉い人物、アスハム大佐だった。
彼は立派なひげを震わせながら言う。
「たったの100で姫を救出した上に敵を駆逐するだと? 貴様、戦争を愚弄しているのか」
「まさか」
「そもそも貴様は文官ではないか。ただの戦目付だ。身分は大尉待遇だろう。この軍議は佐官以上のもののみ発言が許される場所ぞ」
「それは存じていますが、議論が百出してまとまらない様子でしたし、それに姫様を見捨てる、という結論になりそうでしたので、臣民として見逃せませんでした」
「それが余計だというのだ。姫様は名誉をなによりも重んじる」
「生きていてこその名誉でしょう」
と言うと姫様の直臣が同意してくれた。
「そのとおりだ。姫様はこれからのエルニア王国に必要なお方、あらゆる犠牲を払ってでも救出すべきだ」
その言葉に数人の士官が同意するが、反対するものも多かった。皆、アスハム大佐の部下のようだ。
先ほどと同じように砦の防備を懸念材料に反対する。
しかしそれは『建前』であると知っていた。
アスハムはシスレイア姫を謀殺しようとしているのである。アスハムがシスレイアの兄に当たる王子を支持しているのは周知の事実であった。
だから俺は彼の助力は期待せず、シスレイアの部下たちに語りかける。
「俺ならば100の兵で奇跡を起こしてみせる」
そう言って彼らを扇動したが、アスハムは当然のように邪魔してくる。
「姫様がいない今は俺がこの師団の責任者だ。そんなに兵は貸せない」
姫の部下は怒るがそれも計算のうちだった。
「この男に任せるかは別として姫様を救出すべきだ」
「策があるのならば聞いてみようではないか」
「俺はこの宮廷魔術師の大言壮語に乗るぜ」
それぞれの言葉であったが、少なくとも姫様の直臣とシンパは味方にできたようだ。
それに俺の計算はぴたりとハマる。
アスハムともめる士官たちの間に入るように言う。
「分かった。100の兵貸せとは言わない。その半分を貸してほしい」
それでもアスハムは渋るが、30という数を言うと渋面を作りながらも最終的には了承した。
儀礼的に頭を下げるが、内心、ほくそ笑む。
実は最初から100兵も借りられるとは思っていなかったのだ。
これは交渉術のひとつで、最初に無理難題な提示をして相手に難色を示させ、二度目の交渉で現実的な数字を提示し、妥協を引き出す作戦なのだ。
相手の心を揺さぶる交渉術のひとつなのだが、アスハムは見事にハマってくれた。
実は俺がほしいのは10兵程度なのである。つまり予定の三倍の兵を借りることができた。
師団の軍事顧問、つまり軍師も真っ青な謀略である。
自画自賛すると、借り受けた兵を集め、姫様救出の作戦を披瀝した。
俺の作戦の一端を聞いた兵士たちは一様に仰天していた。
皆、太古の名軍師や大詐欺師を見るかのような目で俺を見つめていた。