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軍法会議を手玉に取る

 ドラゴンを倒し、美女に抱擁された俺は、そのまま故郷に帰り、幸せに暮らしましたとさ――。


 とならないのがこの世界の辛いところ。ドラゴンを倒したあとも冒険はまだまだ続く。


 俺たちはドラゴンの背中を探ると、そこにある逆鱗を見つける。

 ひとつだけ逆さのうろこ、それが逆鱗だった。


 それをナイフで慎重にえぐると、そのままジェイスに渡す。彼は申し訳なさそうに言う。


「……本当にいいのですか?」


「いいも悪いもない。これは賄賂だよ。軍法会議で証言してくれるね?」


「もちろんです。先ほども言いましたがヴィクトール少尉は恩人だ。――それにあなたも今日からおれの恩人です」


 そう言い切ったジェイスは逆鱗を麓のキャンプに持って帰る。

 それを上官に渡せば、出世と報酬が約束されるのだ。


「さて、ここまでは予定通りだが、問題の連隊長にお灸を据えないとな」


「ですね」


 シスレイアも同意する。


「証言をしてくれたジェイスに迷惑が掛かるのは申し訳ない。それを防ぐには事前に連隊長殿を始末しないと」


「……暗殺されるおつもりですか?」


 シスレイアの表情は暗くなる。俺の命令、方針にはどんなことがあっても従う、と約束してくれた彼女だが、やはり暗殺などの手を用いるのには抵抗があるようだ。


 生来の優しさがそうさせるのだろうが、今回は彼女の思想に沿うことにする。


「いつか政敵を暗殺する日が来るかもしれないがそれは今日ではない。連隊長殿には生きて責任をとってもらう」


 そう言うと彼女は安心したが、俺はひとり、王都の方向を見る。


「……もっとも、死んだほうがましという状況もあるのだが」


 無論、姫様には伝えず、心の中に留めるが。


 俺はシスレイア姫の笑顔をなによりも稀少だと思っている。彼女の愁眉を見たくないのだ。


 だから不逞で悪辣な策略家、という一面を彼女にはあまり見せたくなかった。

 そのことを知悉しているのだろう。


 クロエはうやうやしく俺に頭を下げると、「お疲れ様でございます」と言った。



 木にくくりつけていた馬のところまで戻ると、王都へと帰る。

 王都に到着すると、それぞれの家に戻り、翌日、職場に出勤する。

 上司はいつもの憎まれ口を叩く。


「武官兼務とはいえ、いいご身分だな。好きなときに出勤し、働きもせずに本を読む」


「自分でも最高の上司に恵まれたと思っています」


 上司もどっちのことだ? などとは言わず、図書館の奥で事務処理を始める。

 俺はカウンターに座ると、いつものように読みかけの本を読む。

 時計を見ると、定時に帰る。

 仕事がしたくなかったのではなく、今日は大切な用事があるのだ。

 今日はヴィクトール少尉の軍法会議の日なのだ。





 軍法会議は俺の想定通りになった。


 ヴィクトールが出廷すると、事実を歪曲し、ヴィクトールを殺人鬼にしようとする検察。


 それを弁護するのは連隊長に買収されたやる気のない弁護士。

 このままでは確実にヴィクトールは死刑だろう。

 それはよくなかったので、途中、俺がしゃしゃり出る。


 俺はヴィクトールが殺した同僚が、民間人の女性を暴行したクズであることを証明し、ヴィクトールが戦場で多くの命を救った英雄である旨を話した。


 検察は最初、余裕綽々であったが、俺がヴィクトールを擁護する証人を喚び、幾人もの人間が彼の人間性を称賛し始めると状況は変わる。


 彼が戦場で多くの味方を救った英雄であると判明すると、裁判官の顔色が変わったのだ。


 軍法会議は普通の裁判とは違う。軍人が軍人を裁くためのものだから、軍人に同情的に行われる。


 戦場の英雄を裁きたいものなどいないのだ。


 これだけ多くの者がかばうということは、実際、多くの人間を救った国家的な英雄だと判断される。


 それでも検察官は「被告は意味もなく同僚を殺害した殺人鬼だ」と主張するが、それも目撃者であるジェイスが名乗り出ると虚しい言葉にしかならなかった。


 ジェイスはヴィクトールが殺害した同僚がどれほどの悪だったか語る。


 婚約者の前で女性を辱め、女性の指を切り落として指輪を奪った旨が説明され、それが証明されると、連隊長に買収されていた検察官も弁護士もさすがに言葉を失った。


「……これ以上は協力できない」


 と裁判長を見る。結審してくれという意味だが、判決は当然のようにヴィクトールの無罪だった。


 逆にヴィクトールが斬り殺した同僚の罪が追及され、被害者女性とその家族に多額の慰謝料が振り込まれることとなった。


 その判決を聞いた連隊長は怒りで顔を真っ赤に染め上げると、俺のことを睨み付け、大股で法廷から出ていった。


 ヴィクトールはその日のうちに釈放されたが、なにが起こったか分からず、俺のほうをきょとんと見つめていた。



 こうしてヴィクトールを無罪にしたが、俺はヴィクトールに接触することなく、職場で仕事をしていた。


 いつものようにカウンターで本を読む。


 小一時間ほど、カウンターに誰も来訪することはなかったので、時間を持て余す。

 その間、思考を整理する。


「裁判によってヴィクトールは無実にした。だがまだすべては解決していない」


 裁判で恥をかかされた連隊長、彼はあらゆる手段を駆使し、報復してくるだろう。

 豪胆なヴィクトールはともかく、気弱なジェイスはこちらで救ってやりたかった。


 ちなみに暗殺という手段は使わない。姫様が悲しむし、連隊長の後ろには大貴族がいる。彼らとことを構えるのは『まだ』早すぎた。


 連隊長には、政治的に死んでもらうのが一番だった。


 そのためにはスキャンダルを「見つける」か「でっち上げて」それを世間に公表するのが一番かと思われた。


 というわけで諜報員として優秀なメイドのクロエに動いてもらっている。


 メイド仕事の傍ら、連隊長のことを調べてもらっているのだが、一週間後には「でっち上げは不要」であると悟る。


「横領、人身売買、殺人、不倫、犯罪のオンパレードだな」


 連隊長殿は軍の物資の横領、犯罪者集団との密接な関係など、余罪が多数あった。今まで逮捕を免れていたのは、有力貴族の一族だからに過ぎないようだ。


 ただ有力貴族もこのような小悪党と結託していると思われると名声を落とすことだろう。つまりきっかけさえあればこのような小物はいつでも見放されるということだ。


 例えば横領や犯罪者集団との関係が露見すればどうしようもないはず。

 そう思った俺は、連隊長の女性関係を調べ上げるようにクロエに命じる。


「愛人の髪の色、目の色、愛用している下着のブランド、すべて調べ上げろ。できれば証拠写真もほしい」


「それは可能ですが、軍法会議に提出しても彼が恥をかくだけでは?」


「それはそうだが、この連隊長の奥さんは有力貴族の出でな。しかも気位が高い。彼女の家に行って、不倫相手の痴態を見せたらどうなると思う?」


 その悪巧みを聞いたクロエはにやりと笑う。


「面白いことになるでしょう。こちらが提出した横領や殺人の証拠を補強してくれるかも」


「というわけだ。連隊長殿がハッスルしている写真をお願いする」


「御意です」


 と消えるクロエ。彼女は連隊長殿の痴態写真を数日で用意してくれた。その他の証拠もである。


 俺はそれを持って連隊長殿の家に向かうと、気位の高い奥さんに見せた。


 面会を求めたときは優雅な顔をした貴婦人が、一瞬にして鬼のようになると、俺は彼女をともなって軍事法廷へと向かった。


 今度は連隊長殿を起訴するのである。あまたの証拠と、奥さんという動かぬ証人を持って。


 一連の俺の策略を見て、クロエは評する。


「レオン様の知謀は神算鬼謀、その知力、3個騎士団に勝る」

 と。


 大げさであるが、誇大広告ではなかった。


 連隊長は軍籍を奪われると、そのまま地方へ左遷となり、そこで名誉の戦死を遂げた。


 自殺を強いられたのである。

 こうして二度とヴィクトールとジェイスに手を出す愚かものはいなくなった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字とは少し違うので、此方にて御報告します。 ・連隊長は軍籍を奪われると、そのまま地方へ左遷となり、そこで名誉の戦死を遂げた。 軍籍を奪われたら、左遷も戦死も有りません。 「貴族籍…
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