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ドラゴンスレイヤー

 シスレイアたちを先行させると、その後ろをひたすら走る。

 ドラゴンは俺を食らおうと執拗に追いかけてくる。

 一度、食われ掛けそうになり、ローブの一部を切り裂かれる。


「……まったく、一張羅になにしやがる」


 そうぼやくとシスレイアはこちらに振り向き言う。


「ご安心を、レオン様。破れた衣服はわたくしが縫って差し上げます」


「お姫様は裁縫も得意なのか?」


「得意と言うほどではありませんが、王都の下町に住んでいたので、女子ができることは一通り習得しました」


「なるほど、いつか手料理も食べてみたいな」


「ドラゴンのステーキはいかがでしょうか」


 冗談めかして言うシスレイア。俺も冗談で返す。


「やめておこう。ドラゴンはまずいらしい」


「肉食ですしね」


「さらにあいつはゴブリンを食べたしな。間接的にゴブリンを食べたくない」


「分かります」


「それにこれから大岩でぺしゃんこにするしな。ステーキにする部位がなくなる」


「それではハンバーグにしてしまいましょうか」


 そう戯けるシスレイアの背中を押す。


「よし、崖が見えてきた。クロエも待機しているな」


「この距離から見えるのですか!?」


「魔法使いの面目躍如だよ。目に魔力を込めれば、鷹のようになれる」


「素晴らしいです」


 と言うとシスレイアは走る速度を速める。ジェイスはそれについていくのがやっとのようだ。


 これはシスレイアを健脚だと褒めるべきか、ジェイスを情けないとなじるべきか、判断に迷うところだが、判定を下す時間はない。


 彼らが安全地帯に行けるように、右手に氷の槍を作り出す。

 後方に振り向くと、それをドラゴンの巨体に投げつける。

 ぶすりと刺さるが、竜はたじろぐことはなかった。


「……怒りで痛みも忘れているか」


 凶戦士(バーサーカー)ってやつだな。


 心の中でそう続けるが、悲観してはいない。この状態の火竜を『無傷』で倒せるとは思っていない。


 それに俺がこれから行なう作戦には都合がよかった。

 怒りで周りが見えなくなっているほうがいい。

 そう思った俺は崖の下まで走ると、大声で叫んだ。


「クロエ! 今だ! 大岩を落としてくれ」


 御意!


 という返答がない。どうやらクロエはこの期に及んで迷っているようだ。というか、今さら気がついたようだ。


 今、大岩を落とせば俺もぺしゃんこになってしまうことを。

 まったく、意外と賢しい娘である。

 面倒なので俺は叫ぶ!



「クロエ! 躊躇するな! 俺を誰だと思っている? 君の大切なおひいさまの軍師だぞ! 逃げ道くらい確保している」



 その声に触発されたのか、ぱらり、と小さな石が落ちてくる。クロエが上で岩を押しているようだ。


 これならばすぐに岩は落ちてくるだろう。

 そう思ったが、俺はようやく周囲を見渡す。


「……さて、ああは言ったものの、どこに逃げるか」


 逃げ道はあると言っておきながら、この崖は極端に狭く、大岩を確実に避けられる場所はなかった。


 どうするべきか、迷っていると怒り狂ったドラゴンが大口を開け、こちらに迫ってくる。

 それを冷静に、他人事のように見つめると、俺は「ぽん」と手を叩く。


「なんだ、逃げ道は目の前にあるじゃん」


 それに気がついた俺は、ドラゴンの大口の中に飛び込んだ。

 俺はドラゴンの歯を避けると、そのまま喉の奥に進んだ。



 大岩を落としたクロエ。



 怪力を駆使し、なんとか落とした大岩であるが、今のクロエは気が気ではなかった。



 最初、ドラゴンを大岩で圧殺するというのは最良の作戦かと思ったが、途中で気がついてしまったのだ。



 ドラゴンはそれで殺せるとしても、囮となった人物はどうなる? と――。


 ドラゴンを引きつけたまま、一緒に圧殺されてしまうのではないか、そう思ったのだ。



 その想像は間違っていなかった。

 実際、竜とレオン様が崖の下に現れると気がつく。

 どこにも逃げるスペースがない、と。

 竜の動きが意外と俊敏である、と。

 これは囮ごと押しつぶさなければ戦果を得られない。

 そう思った瞬間、クロエは迷いに迷ったが、それでも大岩を崖下に落とした。

 レオン様が大声で叫んだからである。



「自分を信じろ!」

 と――。



 その言葉は確信に満ちており、人を信頼させるなにかがあった。

 だから躊躇をやめ、大岩を落としたのだが、その結果はどうなったろうか。

 クロエは慌てふためいているシスレイアを連れ、崖下に降りる。



 そこには頭を潰された竜がいた。凶暴な竜が死体となって横たわっていたのである。



 さすがは天才軍師様、と感じいったが、問題は彼の生存だった。



 辺り一面、真っ赤に染まっている。この竜は赤い血を流すようだ。これではレオン様の無事を確認できない。



 と不吉なことを想像していると、おひいさまが布きれを見つけ、軽く悲鳴を上げる。



「ま、まさか……」



 わなわなと震えるおひいさま。彼女が見つけたのはレオンのローブの一部だった。



「まさかレオン様が死んでしまったというの? わたくしの軍師様が、わたくしの司書様がこの世界の住人ではなくなってしまったというの?」



 悲嘆に暮れるおひいさま。その瞳には涙があふれていたが、クロエには掛ける言葉がなかった。


 その姿があまりにも悲しみに満ちていたということもあるが、それ以上にクロエはレオンの生存を信じていたからだ。


 クロエは努めて冷静な声で言った。


「お嬢様、ご安心ください。レオン様がこのような場所でなくなるはずがありません」


 クロエがそう言うと、それを証明するかのように奇跡が起こる。

 死んだかと思われたドラゴンの身体が動き出す。頭を潰されたドラゴンが震える。



 周囲は一瞬、警戒したが、すぐに安堵する。ドラゴンが生き返ったわけではないと悟ったからだ。



 ドラゴンの腹から青白い閃光が漏れ出る。まるで溶接しているかのように丸い線ができあがると、そこがぱかっと開く。



 無論、そこから出てきたのはこの世界に調和をもたらす予定の軍師様だ。

 クロエが知る限り最強の魔術師様だ。

 その名をレオンという。

 彼は小旅行でも行ってきたかのように気軽な声で言った。



「ただいま、シスレイア姫にクロエ」



 その笑顔は自然体でとてもさりげなかった。

 他人の美醜に興味がないクロエですら、一瞬だけ虜になった。



 そんなレオンに抱きつく、おひいさま。はしたない行為であるが、とがめることはできなかった。



 クロエは世間一般から美男美女と称されるであろうふたりの姿をしばし呆然と見ていた。

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